向
「ところで、私いつも思ってたんだけど。お姉ちゃん、仕事しているの?」
おせんべいをかじりながら聞く夏に、向が答えた。
「していますよ」
「向さん知ってるの?」
「そう言えば、向さんいつも一緒にいるわね」
夏の母親も、興味深々に言った。
「ねぇ!お姉ちゃん、なんの仕事をしているの?」
食いつくように言う夏に、とまどいながら向が答えると、夏と夏の母親は声を上げた。
「翻訳家ぁ~?」
「はい。翻訳の仕事をしています」
「お姉ちゃんが……。そう言えば、よくパソコン打っていたっけ」
「仕事をしているんですよ」
「あの、向さんとあの子の関係って、いったい?」
夏の母親の言葉に、向は慌てて言った。
「あっ、申し遅れました。私、編集の仕事をしておりまして、先生の作品を取り扱っております」
夏が声を上げた。
「向さん、編集者だったのぉ?だから、お姉ちゃんのこと、先生って呼んでいたんだ!」
「はい。四六時中、見ていないと。先生、すぐ何処かへ行ってしまうものですから」
夏と夏の母親は、声を上げて笑った。
笑いが収まると、夏の母親が聞いた。
「向さん。結婚とか、されてるの?」
「いやぁ~恥ずかしい話しで、バツ一なんですよ。仕事に没頭しすぎて、気が付いたら女房子供とも、逃げられてしまいました」
「お子さんが、いらしたんですか!」
「別れてから、一度も会ってません。大きくなっているんでしょうね」
「すみません。こんな話しを、聞いてしまって」
夏の母親が向に詫びると、向は明るく言った。
「そんな、気にしないでください!先生や皆さんと一緒にいると、楽しいんですよ。だから、つい先生のお世話までしてしまうんです」
「わかりますよ、その気持ち。それにしても、知らなかったわ。翻訳の仕事をしていたなんて。それで、一軒家に、一人で住んでるわけね」
「ああ、あの家は先生が親しくしていた、老夫婦が住んでいた家なんです」
「その老夫婦は、どうされたんですか?」
「老人ホームに入るから、家を処分したいと。で、先生がその家を買い取って、現在暮らしている、と言うわけです」
部屋の中に、ため息が漏れた。
「お姉ちゃん、明日帰ってくるんだよね」
夏が、ぽつりとつぶやいた。




