冷えた家庭
老舗の呉服屋の長女として生まれた私は、両親の他に父親の母も一緒に暮らしていた。
店は両親が営んでいたが、実際の店の権力は祖母が握っていた。
祖母は昔の人間らしく、何かと口やかましい人だった。
とくに母に対しては、眼の敵をするように冷たかった。
体の弱かった母が、やっとの思いで産んだ子供が女だったので、祖母は「跡継ぎを生めないような女は、嫁の資格なし」と言い放ち、母ばかりか私にも冷たかった。
私は、小さい頃から保育園に預けられていた。
小学校に入学した私は、学校が終わると近くにあった空き地でよく遊んだ。
家では、絶えず祖母の愚痴や罵声が嫌でも聞こえるから、家に帰りたくなかった。
小学三年生になると、私は夕飯を作るようになった。
たいした物は作れなかったが、少しでも母の役に立ちたかった。
しかし、祖母が私の作った料理に箸を付けることはなかった。
父は、自分の母親の目を気にして、褒めたりしなかった。
母だけだった「いつも、ありがとう」夜寝る時そっと、そう言ってくれたのは。
その言葉が、嬉しかった。
私が小学五年の時。
ちょうど今の省吾の年の時に母は、私にこんな話をしてくれた。
「お母さんの両親は、お母さんが小さい頃死んじゃったけど、お母さんにはたったひとりの妹がいるの。妹とずっと、手紙のやりとりをしていて、その妹は豆腐屋をやっている男の人と結婚して、妹には赤ちゃんが出来たの」
「男の子?女の子?」
「女の子よ。夏って名前よ。とても明るくて、元気の良い女の子よ。お母さんの妹の子共だから、あなたにとっては、従妹になるわね」
「へ~会ってみたいなぁ」
「そうね。お母さんも会ってみたいわ。いつか、四人で会いたい。お母さんのささやかな夢ね」
しかし、そんなささやかな夢も叶うことなく、私が中学三年の時、母はこの世を去ってしまった。
突然倒れ、病院に運び込まれたが、そのまま息を引き取った。
「ごめんね。……ありがとう。大好きよ」
とぎれとぎれに言い残した、母から私への最後の言葉だった。
「で、お母さんお葬式に出たの?」
夏が聞いてきた。
「ええ。そこで、初めて中学生のあの子を見たんだけど。母親が亡くなったせいもあって、一言も喋らなかったわ」
母親が死に、高校生になった私は、家族から孤立していた。 誰とも、口を聞かなくなっていた。
そんな私を、よく祖母は「可愛げのない孫」と、罵った。
高校一年の夏休み。
いつものように母の遺影に花を活け、手を合わせた。「いってきます」私は、部活に出かけた。
部活を終え、昼過ぎに家に戻った私は、なんとなく違和感を感じた。
何気なく、仏壇の方を見る。
「……嘘」
私は、呆然となった。
朝、活けたはずの花がないのだ。
部屋の中を見回すと、ゴミ箱の中に花が無造作に捨てられていた。
そればかりか、造花が飾られてあったのだ。
「ひどい……」
呆然と立ち尽くしている私の背後から、祖母の声が聞こえた。
「ああ、変えといたよ。花代だってばかになりゃ、しないんだから!」
そう言い残し、祖母は店の方へ行ってしまった。
私は、造花をつかむとまっ二つに折り曲げ、祖母の部屋のゴミ箱にぶち込んだ。
家にいるのは嫌だったが、当時学生だった私は、家を飛び出すことなんてできなかった。
いつか、この家を出よう。
そう決心した私は、家庭教師と、ファミレスのバイトに明け暮れた。
高校を卒業と同時に家を飛び出し、二度と家に帰ることはなかった。
夏と向は、黙りこんでいた。しばらくして、夏は母親に聞いた。
「それで、お姉ちゃんとは、いつ再会出来たの?」
「あの子が家を出て、二年位たった冬の夜だったかしら……」
冬の夜。店を閉めようと夏の母親は、シャッターを下ろそうとした時だった。
誰かしら?
コートを着た女性が、自分の方を見ていた。
その女性は暗い感じで、目だけ異様に鋭く光っていた。
気味が悪い。
そう思いながらも、その女性を見ていると、はっとなった!
「あなた!あなた!」
店にいた夏の父親を呼び、店の前に立っている女性のことを話した。
夏の母親と父親は外に飛び出し、女性の目の前に立った。
「私の姉さんの……そうなのね!ごめんね。今ままで、つらかったでしょ。本当にごめんなさい!」
そう言って、夏の母親は女性を強く抱きしめた。
「それが、お姉ちゃんだったのね」
夏の母親はそっと頷いた。
「後で、お父さんが言っていたわ。抱きしめられながらも、あの子の目はどこを見ているのか、わからなかったそうよ」
「家を出た後も、つらい思いをしたんでしょうね」
向が、ぽつりと言った。夏がふと思いついたように、母親に聞いた。
「お姉ちゃん、家を出た後すぐ此処に来れば良かったのに!なんで、二年も経ってから来たんだろ?」
「直接、本人に聞いたわ。家を出て、いろんな仕事をして。その日、一日一日生きるのが、やっとの生活をしていたと、言っていたわ。二年経って、ようやく落ち着いて。それで、此処へ来る気になったんだって」
「私、お姉ちゃんにもっと早く会いたかった」
涙ぐみながら夏が言うと隣では、ハンカチを顔に当てた向が号泣していてた。
「そうね。姉は、体が弱かったから、離婚して女手一つであの子を育てる自信がなかったし。私も豆腐屋に嫁いだから、あの子を引き取るわけにもいかなかったし。あの子には、うんと幸せになってほしいわ」




