夜更かし
その夜、向は夏の家を訪ねていた。
夏の母親が言った。
「向さん久しぶりね」
「ご無沙汰してます。おせんべいを、もってきました」
向は、テーブルの上に置いた。
「おいしそう~」
言いながら、夏は椅子に座った。
向もテーブルを挟んで、夏の目の前に座った。 夏の母親は、三人分のお茶を用意して、夏の隣に座った。
「いただきます!」
さっそく夏は、向が持ってきたおせんべいに手を出した。
「お姉ちゃん。いつ、帰ってくるの?」
「先ほど、電話がありまして。今夜一泊して、明日帰るそうです」
「あの子、何処かに行ってるの?」
夏の母親は、娘の夏に聞いた。
「省吾君と、ちょっと旅行」
夏は詳しいことは言わず、曖昧に答えた。
省吾は、ホテルのロビーのソファーに座っていた。
高い天井に、眩しいほどのシャンデリア。
最初に泊まった民宿とは、天と地の違いだ。
「おまたせ!」
私は受付を済ませ、省吾のところに行った。
「ねぇ、本当に良いの?こんな高そうなホテル」
「いいの、いいの!どこもいっぱいなんだし、せっかくだから、旅行気分を味わおうよ」
ホテルのボーイがやってきて荷物を持ち、部屋に案内された。
部屋は、六階の部屋だった。ドアを開け、部屋に入ると大きなベッドが二つあった。
広い窓から、夜景と海が見える。
私は、歓声をあげた。
「凄い!凄い!ふかふかのベッド。わ~夜景が綺麗~」
「それでは、ごゆっくり」
ボーイが荷物を置いて、部屋を出て行った。
「お世話に、なりました!」
慌ててお礼を言った省吾は、振り向きざま私に文句を言った。
「も~はずかしいなぁ!」
「ん?何が?」
私が満面の笑みで言うと、省吾はあきらめた表情をして言った。
「お風呂に入ってくるよ」
身体を洗った後、湯船にのんびり浸かった省吾は思わずクスッと笑った。
そうか、僕を元気付けるためにこんな立派なホテルを選んだり、わざとあんなばかなことしたんだ。
省吾と入れ違いに、私は風呂に入った。
風呂から出てしばらくすると、ボーイが部屋に入って来て、窓際のテーブルの上には料理が並んだ。
料理を見つめている省吾に私は言った。
「省吾がお風呂に入っている間に、ルームサービスを頼んだんだ」
「こんなに、ぜいたくしちゃって良いの?」
「せっかくの旅行だよ。楽しく過ごしたいじゃん。向に言ったら、うらやましがるよ」
省吾は大きく頷き、テーブルに着いた。
私もテーブルにつき、目の前の料理の話をしながら省吾と楽しく食事をした。
その頃夏と、向と、夏の母親は三人でおせんべいをかじりながら、雑談をしていた。
「お姉ちゃんと、省吾君今日は、どんなとこに泊まってるの?」
夏が向に聞く。
「海の見えるホテルだとか、言っていましたよ」
「いいなぁ~私も泊まってみたい」
夏は、羨ましそうに言った。
「私、前から思っていたんだけど。お姉ちゃんの両親とか、お姉ちゃんの子供の頃の話とか、全然知らないんだよね」
「夏さんも?実は、私も知らないんですよ」
「向さんも、知らないの?お母さん、知ってる?」
「あの子の母親は、私の姉だから。手紙のやりとりをして、だいたいのことは知ってるわ」
「知りたい!」
「教えてください!」
夏と向が重なり合うように言うと、逆に夏の母親が聞いてきた。
「あの子、健一さんと結婚する気はないのかしら?」
「はい。結婚する気はないと言っていました」
向は、静かに言った。
「そう……あんな家庭で育っていなかったら、今頃健一さんと結婚をしていたと思うわ」
夏の母親の言葉に、夏と向は顔を見合わせた。
食事を終えた私は、パソコンのキーを叩き、省吾は布団の中に入っていた。
退屈そうな省吾に気付き、私はパソコンの電源を落とした
「眠れない?」
そう省吾に聞くと、省吾は布団から起き出しベッドに腰掛け私に言った。
「前から思っていたんだ。僕、おばさんのこと何も知らないなって。おばさんの両親はどんな人?どんな子供時代を過ごしていた?健一さんとは、どんなふうに知り合ったの?おばさんのこと、もっと知りたい」
私が黙ったままタバコを吸い出したせいか、省吾は慌てて言った。
「ごめんなさい!言いたくないなら、無理に言わなくてもいいんだ」
「知りたい?」
「う……うん!」
たばこを吸い終え、省吾の方を向いた私は、ニヤリと笑った。
「夜更かし、しよっか」
省吾は、笑顔で大きく頷いた。




