静寂の中で
私の家に省吾が初めて高木を連れて来て以来、省吾と高木は二人でよく遊びに来るようになった。
ある日の午前中、高木は初めて独りでやって来た。
「ひとり?珍しいじゃん」
「此処で、勉強やっても良い?」
「良いよ。私は、二階にいるから」
高木を下の部屋に残し、私は階段を上がった。
午前中二階の部屋で過ごした私は、階段を降りて下の部屋に行った。
高木は畳の上で、仰向けになって大の字になって眠っていた。
「勉強していないじゃん」
そうつぶやきながら、私はテーブルの上に広げてあったノートをゆっくり眺めた。
ノートには読みやすい字で、英単語がびっしり綴られてあった。どう見ても、中学生レベルの内容だ。
午前中、ちゃんと勉強していたことがよくわかる。
私はそっと部屋を出て、台所に向かった。
昼ご飯の素麺が出来上がり、寝ていた高木を私は起こした。
「あぁ、よく寝た!」
高木は、気持ちよさそうに伸びをした。
「おお~素麺だぁ!」
「たくさん茹でたから、いっぱい食べて」
テーブルの前に座った高木は箸を持つと、ガンガン食べ出した。
「昨日は、遅くまで起きていたの?」
私の問いに、高木は食べるのをやめずに答えた。
「一時頃まで、起きていたかな?」
「勉強していたの?」
「うん。いつも、こんな感じだよ」
しばらく会話は途切れたが、突然高木は健一の名前を出した。
「省吾から聞いたよ。障害をもった彼氏とつきあっているって」
「うん、そうだよ」
「省吾が、結婚しないのかな?って、言っていたよ」
「そう」
「結婚しないの?」
「そう、簡単にできないよ」
「なんで?」
「なんでって……」
「省吾、心配していたよ」
私は、箸を置いてから言った。
「結婚は、したいよ」
「じゃあ、すれば良いじゃん。意地になってないで、素直になって」
「あんたに、そんなこと言われるとは思わなかった」
「あ~食ったぁ!ごちそうさ~ん!」
「素麺の在庫処分ができて、助かった」
「俺、残飯処理係かよ?」
高木の言葉に、私は笑った。
「その……省吾のことなんだけど……」
珍しく、高木は歯切れを悪くして言った。
「省吾が、どうかした?」
「最近、様子がおかしかったんだ。話しかけても、いつも上の空で」
「省吾が?」
「うん。何かあったのか?って、省吾を問いただしたんだ」
「それで?」
「母親が送って来た手紙を、省吾の奴偶然見つけたんだ。それで、母親が何処に住んでいるかわかったんだ」
「お母さんの居場所を知って、それで?」
「省吾、お母さんに会いたいって」
「お母さんのこと、省吾は覚えているの?」
「省吾が幼稚園くらいの時に、出て行ってそれっきりだって」
「そうなんだ」
「遠いんだよな」
「ふ~ん」
私と高木は、黙り込んだ。
風鈴の音とセミの鳴き声が、やけに大きく聞こえる。
「……まさか、私が省吾を母親の所へ連れて行けと?」
「お願いします!」
「ちょ……ちょっと!」
「俺がこんなことを言うのは、図々しいってわかっている。でも、省吾の力になりたいんだ!」
真剣な高木に、私は深くため息をついた。
高木が帰った後、私は向に会いに繁華街に出かけた。
バスに乗って商店街を抜け、繫華街に向かう。
目的の停留所を降り、ビル街を歩く。
私が住んでいる町より都心の方が、暑く感じられる。
向が務めるオフィスに入ると、向はすぐ私の側に駆け寄り、仕切りがある小さな応接室に私を案内した。
私は、テーブルを挟んだソファーに腰掛けた。
一時間ほど向と話をした後、私は本題に入った。
黙ったまま私の話を聞いた向は、腕組みをして小さく息をついた。
「また、やっかいなことに巻き込まれましたね」
「うん」
「で、どうするんです?もちろん、行くんでしょ?」
「一日じゃ、行けない場所なんだよね」
「そんなの、どうにでもなりますよ。何を、迷っているんですか?」
「あのさぁ、省吾が今更母親と会ってどうすんだろ」
「そんなことは、省吾君が決めることです。先生は、省吾君を無事に連れて行けば良いんです」
「そうなんだけど」
離れ離れになった母親を省吾に会わせることが省吾にとって良いことなのか、私にはわからなくなっていた。
向は手際よく省吾の母親が住んでいる場所を調べ、電車の手配までしてくれた。
「友達の家に泊まることをお父さんに言うように、省吾君にメールで伝えました」
「本当に、明日行くんだ」
「人ごとみたいに、言わないでください」




