いつもと同じ笑顔
源さんが夏に告白をしてから、数日が経っていた。
夏と源さんがつきあうことに、二人の両親は快く承諾し、特に源さんの両親は「早く孫が見たい」と言っていた。
私は昼間繁華街に出かけ、出かけついでに、遅い夕飯をコーヒーショップで済ませた。
店を出て夜の街を歩いていると、高木を見かけた。
私は携帯を出して、時間を確認した。
携帯の画面には、九時三十分と記されていた。
高木は時間を持て余すように、歩道の隅にたたずんでいた。
私は、高木に声をかけた。
「こんばんは」
高木は黙ったまま顔を上げ、すぐ視線をそらした。
私は、高木の隣に立った。
高木は、バックを手にしていた。
「塾の帰り?」
「そうだけど……おばさん何?」
高木におばさんと言われ、カチンときたけどグッと我慢をした。
「何か用?こっちは、用なんかないんだけど」
「省吾から聞いたよ。省吾が、私たちと親しんでいるのが気に入らないんだよね。だから、省吾を目の敵にしているんだよね」
高木は、無反応だった。
そればかりか、軽くチッと舌打ちをした。
その態度が、私は許せなかった。
高木の前に立ち、強く高木の両肩を掴んだ。
「省吾は、自ら私たちの中に飛び込んだ。そんな省吾を、私たちは受け止めた。それだけだ!私たちと親しくしているのが気に入らないからって、それだけの理由で省吾を殴ったりして、甘えるのもいい加減にしろ!」
私は掴んでいた高木の両肩を思い切り突き放し、高木から離れた。
翌日の昼間、郊外にあるファミレスに、前田に電話で呼び出された。
前田は私を呼び出したわけを話してくれなかった。
オーダーした料理を黙々と食べていた。
前田が切り出したのは、食事が終わって食後のコーヒーを飲んでいる時だった。
「今朝学校に、高木の母親から電話がありました」
「何か、あったのですか?」
「昨夜、高木と会っていましたか?」
前田の言葉に、昨夜繁華街で高木と会ったことを私は思い出した。
「高木と会っていたんですね」
「偶然高木を見かけて、高木と話しをしたけど、それが何か?」
「高木の家の近所に住んでいる方が、あなたと高木が言い合っているのを目撃してして、高木の家母親に教えたそうです」
それで高木の母親は、学校に電話をかけたのか。
おしゃべりで、おせっかいな人がいるものだ。
そう言う人間は、スピーカーのようにあちこちで喋りまくっているのだろう。
私は、ため息をついて腕を組んだ。
「学校に電話をするなんて、過保護すぎじゃないですか?」
「あなたは、高木の胸ぐらを掴んでみぞおちを数回蹴り上げたと、高木の母親は言いました」
「高木の肩を掴んだけど、みぞおちを蹴ったり、そんなことしていません!」
「わかっています。あなたが、そんなことをするはずがありません」
私は、高木の母親に恐怖を感じた。
これ以上、高木の母親と関わりたくない!
「高木に、言いたいことは言いました。もう、私ができることは何もありません」
「あなたに頼ってばかりですみません。全く、教師のくせに何もできない」
「そんな……先生が一生懸命だってこと、私は知っています!」
「ありがとうございます」
私は黙ったまま、首を横に振った。
何気なく店内を見回すと、店内の柱時計は午後一時半を指していた。
「まだ、勤務中なんじゃ。時間大丈夫ですか?」
「早退しましたから、大丈夫です。あの……」
「はい?」
「予定がないなら、この後もつきあってくれませんか?」
ネオンがきらめく夜の繁華を、私はひとりとぼとぼ歩いていた。
やがて、健一がいる花屋に着いた。
私は、そっと店内を眺めた。 店内は健一と健一の父親の二人だけで、客はいなかった。
しばらくすると、私に気がついた健一が私の方へ駆け寄って来て、いつもと同じ笑顔で私を迎えてくれた。
(どうしたの?早く入りなよ)
私は健一の腕を掴み、店の裏口に回った。
裏口は街灯がなく、ひっそりとしていた。
とまどう健一を、私はきつく抱きしめた。
健一は、私をそっと包み込んでくれた。
私は、健一のエプロンに付いている名札に気がついた。
私は、健一の胸に顔を埋めたのだった。




