好奇心
正人の店を後にした私は、 高木の家に行く前に健一に会うことにした 。
何だか健一に会いたくなってしまった。
店の中を覗くと 健一 は、ほうきで床を掃いていた。
健一の父親の姿はなく 、健一 ひとりだった。
私はそっと 店の中に入り、 健一 の背中を思いっきり 両手で叩いた 。
健一は嬉しくなるくらいの、予想以上のリアクションをしてくれた 。
(びっくりした……なんだよ)
健一は、包み込むようにそっと私を抱きしめた 。
(会いたくなっちゃった)
健一は 、満面の笑みを浮かべながら言った 。
(高木君のところには、もう行ったの ?)
私は黙ったまま、首を横に振った 。
(気が進まないなら、無理しなくていいんだよ)
( 私が何もできないことは、わかっている。 でもね、好奇心には勝てないな )
健一は、笑いながら私の頭を撫でた。
「あ〜 入って良いかなぁ。 見せつけるのは、その辺にしてくれませんかねぇ」
健一の父親が、店の奥からやってきた。
私は、ゆっくり 健一 から離れて言った。
「あっ、おじさん 。この前は、ごちそうさまでした」
「良い店だっただろ?」
「うん。料理も美味しかったし、 マスター も正人君も良い人たちだし。 あっ、さっき 正人 君に会って、 コーヒーを ごちそうになったよ」
「そうか 。じゃあ、 正人のこと……」
「聞いた。正人君凄いね」
「マスターは……正人の父親は、女にだらしない男だったけど、正人のことに関しては真剣だ」
「そのこと、正人君もわかっているよ」
そう言った私は、健一を見上げた。
(ね っ、今度 三人で正人君の店に行こう 。健は正人君の店に、行ったことがないんでしょ)
健一は、黙ったまま うなづいた。
「おまえ……俺の財布をあてにしているな」
私 と健一はみつめあい、 笑顔で大きくうなづいた。
その家は静かな住宅街にあり、空を突き抜けそうな大きな家だった。
どの家よりひときわ目立っていて、私は思わず見入ってしまった。
……此処が高木の家。
高木って良いとこのお坊ちゃんだったんだ。
高木と会ったって、何を話して良いかわからない。
だいたい高木が、私と会ってくれるかそれすらわからない。 今日は立派な家を見た!それで充分。
私は、そう納得した。
「どなたですか?」
背後で声がして、私は飛び上がりそうになった。
恐る恐る振り返ると、神経質そうなやせ細った婦人がいた。
「何か、用ですの?」
「えっと……高木君に、会えるかな〜と……」
「息子に?あなた息子と何か関係があるの?」
婦人は、高木の母親だった。高木の母親にヒステリックに叫ばれ戸惑っていると、一台の車が家の前に止まり、車から前田が出てきた。
「いらっしゃいませ、お待ちしていましたわ」
「こんにちは、お邪魔します」
高木の母親と前田のやりとりを見ていたら、前田は私に気づき「あっ」と、小さく声を上げた。
「先生、お知り合いですの?」
「ええ、まぁ」
「あの……お取り込み中のようなので、私は失礼します」
そう言った私に、高木の母親が言った。
「あなた、息子に会いに来たのよね」
「いや……会いにきたってほどでも」
「いいわ。今日は先生も来てくれたことだし、じっくり話しを聞きましょう。さぁ、どうぞ」
高木の母親は、強引に私を家の中に押し込んだ。
私と前田は、リビングに通された。
リビングは明るく広かったが、そんなことを楽しむ余裕なんてない。
前田と並んでソファーに座った私は、小さな声で前田に聞いた。
「先生、今日ここには?」
「家庭訪問です。もう一度、高木君のお母さんとちゃんと話そうと思って。今日なら会えると言っていたので。あなたは?」
「高木と、話しをしようかなと思って。でも、会わずに帰ろうとしたら」
「そう言うことでしたか。気を使わせて、すみません」
「ちょっとした好奇心から、出かけただけです」
そう言った後に前田の母親が現れて、テーブルを挟んだ私と前田の目の前のソファーに座った。
「先生、今日はどう言ったお話でしょうか?」
「高木君の、いじめについてです」
「それは、学校に呼び出された時にも聞きましたわ。この際はっきり申し上げておきますが、息子がいじめをした証拠はあるのかしら」
「証拠?」
「誰かと、間違えているのじゃありませんか?」
高木の母親の言葉に、思わず私は割って入った。
「高木君が公園で、同じクラスの男の子を殴っているところを、私は見ました。それだけでは、ありません。塾の帰り道、同じ子を高木君は殴りました。いつにも増して酷く殴られ、殴られた子は電話で私に助けを求めました」
睨みつけるように、私を見ていた高木の母親は、少しだけ肩の力を抜いてフッと笑った。
「それが本当の話だとしても、息子を殴ったと言う映像があるのかしら?」
「映像?高木君が殴っているとこ、私は見たんですよ!」
「口なら、なんとでも言えるわ。公園で殴ったのは、単なる子供のケンカでしょ。塾の帰りに殴った?あなた、それを目撃したの?」
「いえ……」
「何処かの酔っぱらいか不良が、殴ったんじゃないの?なんでも息子のせいにするのは、やめて頂きたいわ」
呆れた私は、高木の母親に当てつけるように、わざと大きなため息をついた。
「高木君は?」
「部屋で、勉強をしているわ」
「高木君と、話がしたいんですけど」
「息子の勉強の邪魔ををしないでください!あなた一体なんなの?」
「高木君から、いじめをうけている子の友人です」
「そう。それで、息子を悪者にしているのね。そのお友達に言ってちょうだい。被害妄想は、やめてください!って」
その時、それまで黙っていた前田が口を開いた。
「そんな言い方は、失礼じゃないですか?彼女は、高木君を心配して来てくれたんですよ」
「息子を心配?だったら、今後一切関わらないで下さい。偽善者ぶって、いい迷惑だわ!」
「偽善者……」
「先生。子供たちを心配するのは、よくわかります。でも、息子はしっかりしているので、問題ありませんわ。お暑い中、ご足労ありがとうございます」
高木の母親はにこやかに言いながらも、目は「早く帰れ!」と、言っていた。




