父と息子
いつもより私は早く起き、健一にメールを送った 。
「高木と話をしてみる」と勢いでメールを送ってみたが、 送った後で話なんてできるのだろうかと不安になった。
健一 からの返信メールはすぐ届いた 。
「高木君と話す気になったんだ 。頑張れ!でも、無理はしないで」
無理はしないで……か。
そうか。
ダメならダメで良いんだ。
全てがうまくいけば ……そんな良いことはない。
残念ながら うまくいかない時の方が多い。
縁側に出て 、青空を見上げる。
空は青く 、今日も暑い。
セミが元気に 泣いている 。
無理しないで ……。
健一らしい 優しい言葉だ。
健一が、言葉を喋ることができたら一緒に行ってくれただろうか。
そんなこと思いながら、私は家を出た。
省吾と高木の担任の前田と電話をした時、 高木の家がどの辺りにあるか、 前田から聞いていた 。
ちゃんと、高木の家にたどり着けるかわからない 。
たどり着けたとしても 、果たして 高木は私に会ってくれるのか、それすらわからない。
いろんな思いを巡らしていると、目の前を歩く 若い男性に気がついた。
どこかで見たような……。
健一の父親に連れて行ってもらった店で仕事をしていた 、ウエイターの正人だった。
私が声をかけるより先に正人との方から、声をかけてきた。
「おはよう!」
「おはよう……正人君だよね?買い物?」
正人が持っていた、コンビニの袋を見て私は言った。
「これ? 朝ご飯」
「朝ご飯、まだ なんだ」
「急いでいる?よかったら、店によっていかない ?コーヒー ご馳走するよ」
正人がどんな人間なのか、好奇心が湧いた。
私は、正人の誘いに乗った。
健一の父親と一緒に行った時 店内は仄暗かったけど、今は明るい陽射しが入り同じ店とは思えなかった。
私は 正人に言われるまま 、カウンター席に座った。
正人がコーヒーを入れている間 、私はタバコを三本 灰にした。
やがて 、コーヒーの香りが 店内を包み込んだ。
「お待たせしました」
コーヒーが入った可愛いカップを、正人は私の目の前に置いた。
カウンターの中で 正人は 座り、 コンビニで買ったサンドイッチを食べ出した。
私は 、正人が入れてくれたコーヒーをゆっくり飲みながら聞いた。
「あのさ……」
「ん、何?」
「正人 君のお母さんって、どんな人?」
最後の一口のサンドイッチを口の中に入れ た正人は、サンドイッチをコーヒーで流し込んでから、 にっこりして 私の問いに答えた。
「知らない」
「し、知らない……?」
「だって、 顔を見たことがないから」
「見たことが……ない……?」
私は、とまどってしまった 。見たことがないって、どういうこと?
しかし 正人は 、そんな私にお構いなしにコーヒーを飲みながら 明るく 言った。
「愛人二号の息子で〜す」
「あ……愛人二号?」
「僕の父さんは、若い頃つきあっていた女性と一緒になったんだ。 でも、父さんは結婚していながら二人の女性と同時につきあったんだ」
「すごい!」
「すぐに本妻と 愛人二人に、バレちゃった。本妻とは 離婚。 愛人 二人も父さんから離れちゃった 。何年後かに愛人二号が突然父さんのとこにやってきて、赤ん坊だけを置いて逃げちゃった」
「その赤ん坊が、正人君」
「ご名答 !その人にしてみれば 、僕は邪魔だったみたい。 父さんは僕を引き取り 、以来 父一人子一人の生活。 父さんは、自分のようにならないように、正しい人になるように、そんな思いを込めて 正人って名前をつけたんだって 。父さんの期待に、応えていないけど」
そう言った正人は、タバコを吸い出した。
健一の父親が、「本人から直接聞け」と言った言葉の意味、 これでわかったよ。
こんなこと 他人の口から言えるわけがない。
「今の話 、お父さんから聞いたの?」
「うん 。聞いた時は驚いたけど、 父さんには感謝しているんだ」
タバコを吸い終えた正人は、話を続けた。
「高校を中退しても、父さんは怒らなかった。高校を中退した俺は、店を手伝うようになった。店で仕事をする父さんの後ろ姿を見ていたら、この店は俺が継がなきゃって思うようになって、調理師の免許を取った」
「そっか 。正人君が作ったナポリタン 美味しかった 。このコーヒーも」
「ありがとう 。調理師の免許の学費は、父さんが出してくれた 。今、少しずつ父さんにお金を返しているよ」
「良い親子関係 だね」
そう言った 私は、コーヒーを飲みほした。




