武器庫
ヤマブキは、夜半の薄明かりの中お屋敷の敷地を駆けていた。
彼女は特段足が速いわけではないので、アイジロのスクーターはヤマブキとの距離をみるみる詰めていく。
「神を乗せているのです! 安全運転なさい!」
右折したヤマブキは武器庫の二つの棟の間の細い路地に入る。
アイジロも進入しようとするが、路地は瓦礫で埋め尽くされており、タイヤが乗り上げてしまう。
「この方向は防壁? 迂回せねば……!」
アイジロは、路地に入るのを諦めてヤマブキの視界から去っていく。
「ここまで来れば美紙が巻き込まれることも……」
そう呟いた瞬間、近くで銃声が響く。
「お願い! もう許して! 二度と反抗なんてしないから!」
命乞いしながら逃げ惑うメイドの声を聞き、ヤマブキは苦笑する。
「アサギ、さすがに仕事の早いこと。しかし残党狩りが始まるとこのあたりも危険ですわ。残るは防壁の外……」
ヤマブキが路地を抜けた先の防壁に目を向けた瞬間。
バリンとガラスが破れる音がして、急にヤマブキの視界が乱れる。
路地に面した武器庫の窓を割り、アイジロがヤマブキを武器庫に引きずり込んでいた。
「屋内を走行してきたんですの!?」
驚く間もなく、ヤマブキは武器庫の床に仰向けに打ち付けられる。
「ぐ!」
「ヤマブキ。仲間の頭を返してもらいます」
ヤマブキを見下ろすアイジロ。
ヤマブキがちらと横に視線を向けると、美紙とワカバが武器庫の一角で寄り添うように立っているのが見える。
ヤマブキはいささか安堵したように息を吐くと、アイジロに向き直る。
「アサギとの約束を忘れましたの? これはわたくしが預かると決めたでしょう」
「ヤマブキの一存で処分してはならないとも決めた。先に約束を破ったのはあなただ」
アイジロは位相籠に手を突っ込むと、即座に内容物を取り出す。
しかし手に握られていたのは、ピンの抜かれた手榴弾だった。
「!?」
アイジロの手から手榴弾がこぼれ落ちる。
彼女は慌てて後退りする。
起き上がったヤマブキが、素早く手榴弾を掴んで位相籠にしまう。
「位相籠は何かを取り出したいという最も近くの思念を検知する。必ずしも手を突っ込んだ者の思念ではないのです。取り出したいものがあるならわたくしの合意を得ることです」
「なるほど……。ではあなたを気絶させるか不意をつけばよいのですね」
その時、美紙の声が武器庫内にこだまする。
「何なのよこの杜撰な保管方法は! 弾頭に信管がつけっぱなしじゃない! 衝撃与えたら爆発するわよ!」
「聞きました? アイジロ。手荒な真似はしない方がよさそうですわよ」
ヤマブキは位相籠からハンドガンを取り出すと、銃口をアイジロに向ける。
美紙が弾薬箱の蓋を握ったまま顔を引き攣らせる。
「ヤマブキ! やめて! こんな低品質な弾頭、何の拍子で爆発するか!」
「アイジロ。ご奉仕係解任の辞令ですわ。受け取りなさい!」
ヤマブキは引き金を引く。
アイジロは横に飛び退いて弾を避ける。
アイジロの背後の棚に、粘性のピンク色の液体が付着する。
「トリモチ弾……。それなら火薬箱を貫通することはないか……」
ほっと肩を撫で下ろした美紙。
一方ヤマブキは周囲を見回す。
武器庫には火薬箱を積んだ棚が所狭しと並んでおり、アイジロはどこかに隠れたようだ。
ヤマブキは銃を構えたまま美紙に近づくと、小声で囁く。
「美紙。この武器庫の裏に防壁があります。スイッチを押せば抜け穴が開きますから、そこから外に退避なさい。わたくしはアイジロを確保します」
「わ、分かったわ」
「ちょい待ってや。ウチはどないすればええんや? わけわからん」
「あなたは美紙を護衛なさい」
ヤマブキは、位相籠から彼女に新しいハンドガンを渡す。
「アイジロを捕らえるのに協力してくれたら、その頭の中の声を消して差し上げますわよ」
「ほんまか!?」
「さあ、頼みましたわよ! ウスミドリ!」
「……わ、わかったで!」
ウスミドリ(ここからはそう呼ぼう)が返事すると、アイジロの叫びが聞こえる。
「ワカバ! ヤマブキの言うことを聞いてはダメです!」
「そこですのね!」
ヤマブキは棚の横に回り込むと、隠れていたアイジロに向かってトリモチ弾を発射する。
アイジロは足の裏に車輪を発生させ、ローラースケートでスライドするように逃げ去り、またどこか別の棚の裏に隠れる。
「屋内でも機動力があるのは厄介ですわね……」
銃を構えたまま棚の間を進むヤマブキ。
ゴトゴトという音が左側の棚からして彼女がそちらを向く。
棚が傾き、ヤマブキに向かって倒れてくる。
傾いた火薬箱が棚板からズルズルとスライドする。
「アイジロ、あなた話聞いてましたの!? 爆発しますわよ!?」
ヤマブキの声をかき消すように、火薬箱からこぼれ出た弾頭が次々にヤマブキに降り注ぐ。
ガンガンと床への落下音が断続的に響く。
ヤマブキに覆いかぶさるように倒れた棚の上に、アイジロが立っている。
「これくらいじゃ爆発しませんよ。私は不発弾の回収も何度もやりましたから。安全なところから人の手柄を横取りしてばかりいたあなたには分からないでしょうね」
アイジロが立つ倒れた棚の下から、辛うじて手が出ているのが見える。
棚から降りたアイジロは、棚を持ち上げてひっくり返す。
だがそこにあったのは、弾頭と肘から先の腕だけだった。
よく見れば、それはヤマブキの腕ではない。
「な!」
「それはあなたへのプレゼントですわ!」
アイジロの背後からヤマブキがトリモチ弾を放つ。
アイジロは咄嗟に弾頭を拾ってガードする。
弾頭にトリモチ弾がベチャッと付着する。
アイジロは弾頭をヤマブキに向かって投げつける。
ヤマブキが火薬箱の蓋を盾にして弾頭を防ぐ。
「確かにそう簡単には爆発しないようですわね」
「この手のが爆発するのは決まって不用意に銃火器を使った時ですよ」
アイジロが言った瞬間、近くの窓が割れる。
一人のメイドがガラスを割って転がり込んで来たのだった。
「あそこに逃げたぞ!」
「撃ち込め!」
武器庫の外から、彼女を追ってきたであろうメイド達の声が聞こえる。
ヤマブキとアイジロは顔面蒼白になる。
「おやめなさい!」
「やめてください!」
武器庫が盛大に爆発したのを、美紙とウスミドリは防壁の抜け穴をくぐろうとしている最中に目撃した。
「だから言ったのに……! これじゃ二人ともとても……!」
「あかんなこら……」
二人が呆然と炎を見上げる。
だが炎の中から、バギーが爆音を上げて疾走して脱出してくる。
「アイジロ! ヤマブキは!?」
バギーの後方に、鉤爪付きのロープをアイジロのバンパーに巻き付けてアイジロに引きずられるヤマブキの姿もある。
「アイジロ、安全運転なさい! 瓦礫が当たって痛くて仕方ありませんわ!」
「ヤマブキ、あなたもしぶといですね! ただ無事なのは何よりです!」
アイジロが急カーブすると、ロープの先のヤマブキは遠心力で振り回され、近くの兵舎の壁に身体を打ち付けられる。
「ぐう……」
ぐったりしたヤマブキに、アイジロは人型に変形して歩み寄る。
「今度こそ頭を返してもらいますよ」
お台所では、戦況はコンネズにとって芳しくなかった。
アサギの手勢の一部は既にお台所に侵入しており、コンネズの手勢の多くが追い散らされてしまっている。
硝煙、銃声、悲鳴の充満する中、コンネズは陣頭指揮するアサギに怒りを向ける。
「アサギ!」
お台所の屋根の上から飛び降りた彼女に、アサギは不敵な笑みを向ける。
「粘りが足りんぞ。コンネズ。一騎打ちに持ち込むのは最後の手段だ」
「二度と聞かない、お前の御託」
構えを取ったコンネズの右手に、彼女の身長よりも長い棒が顕現する。
彼女はそれを棒術のように振り回すと、アサギにその先端を向ける。
「果てろ、貫かれて。群生桿に」
「そうか。私が死んだら復活させてくれるか?」
「お前は地獄だ! 永遠に!」
コンネズは群生桿をアサギに向かって突き出す。
アサギが半身になって避けると、蛇蝎鋏のワイヤーが群生桿に巻き付いて動きを封じる。
蛇蝎鋏の鋭い前足が、コンネズに向かって伸びる。
その瞬間、アサギの足元の地面が僅かに盛り上がる。
「なんだ……!?」
アサギが咄嗟に飛び退くと、土から何本もの群生桿が現れて天を突き刺す。
コンネズは手に持った群生桿を振り回すと、まとわりついた蛇蝎鋏を振りほどく。
アサギが呆れたように笑う。
「雨後の竹の子か。こんな奥の手を持っていたとは」
「ずっと身体が拒否していた、お前にこれを見せるのを。今なら理由が分かる。直感していたんだ、いずれお前とは敵対すると」
「つまり今までの任務は手を抜いていたと。ますます許しおけんな」
「神だけだ、メイドを許す権利を持つのは。軍規でもお前でもない!」
アサギ目掛け、前方の地面から複数の群生桿が斜めに突き刺してくる。
「ふー……」
アサギは避ける素振りも見せず、それらを全て蛇蝎鋏でスパスパと切断してしまう。
「藁の束か? こんなか細い技なら永遠に見せないほうがよかったな」
アサギは首を傾けてギロリとコンネズを睨めつける。
「なあコンネズ。副官に大事な資質は何だと思う? それは組織運営の才能だ。私はな、お前の武術の才に期待したことなど一度もありはしないんだよ」
「あーあーあー。昼みたいに明るくなってんじゃん」
お屋敷から少しく離れた荒野の岩陰。
炎が巻き上がるお屋敷を遠目に窺っていたヒイロは、開いた口が塞がらないといった様子でポカンとしている。
「ナメクジレベルの生産スピードがまともになった理由を知りたくて偵察に来てみたら……え、何? これ新しい儀式? ファイヤーダンス?」
「ヒイロ様、様子を見てきやした! どうにもアヤメ派の内部で内戦が起きているようです!」
「えー……。アタシの許可もなく、何勝手に自滅してるわけ……? こんなことなら堂々と全員連れてくるんだったよ……」




