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内戦

 アサギと合流したヤマブキは、アサギと押し問答をしていた。


「手遅れになりますわ! 人間様を独占したアイジロが何をしでかすか!」

「ヤマブキ。その人間様というのが神なら、なぜ我らの助けなど必要とする? 神通力でも何でも使えばいい」

「人間様は不完全な肉体で顕現されているのです」

「話にならんな……。私の前でくらい本音を言ってくれていいじゃないか」


 アサギは疲労感を滲ませてため息を吐く。


「人間だかなんだか知らんが、あれのせいでお屋敷の秩序は滅茶苦茶だ。アイジロは暴走するわ、コンネズは懲戒ものの過ちを犯すわ」

「コンネズが懲戒……? いったい何の話ですの?」


 その時、二人のもとに喧しい声とともにウグイスが走り寄る。


「大変大変! コンネズちゃんとお掃除係の一部が、武装してお台所に集結してるよ!」

「何だと!?」アサギが珍しく驚きの声を上げる。「コンネズ、そこまで血迷っていたとは……!」

「お台所ということは、アイジロや美紙も一緒ですわね……」


 ヤマブキが呟くと、アサギはホルダーからハンドガンを取り出す。

 彼女は天に向かって銃を放つ。


「お掃除係に告ぐ! コンネズ謀反せり! 速やかにお台所に急行せよ!」





「これがどういうことか、教えて下さい」


 お台所でアイジロは美紙に迫る。

 アイジロの隣では、アイジロの片腕に両手を後ろ手に拘束されたワカバが喚いている。


「この頭の中の声は何なんや! 頼む、誰でもええから助けてくれや!」

「見ての通りワカバの魂が助けを求めています。人間様、どうか御慈悲を」


 アイジロは、美紙の前に平伏する。

 美紙は怯えながら後退りする。


「何なのよこのプロンプトをものともしない自我の強さは……。モデルの学習が不完全な影響がここにも……?」


 美紙が困惑していると、急にお台所にお掃除係が押しかけてきて騒がしくなる。

 アイジロは立ち上がると、美紙をかばうように寄って立つ。


「これはいったい……」

「アイジロ様! 援軍、支持者の!」


 駆け寄るコンネズ。

 アイジロは合点のいかぬ様子で尋ねる。


「いったいこの兵たちは?」

「こうするつもりだった、アサギが復活を意地でも認めない時。正しい信仰の持ち主だけで、実力行使を」

「なんと……!」


 見回すと、各入口を固めるように銃火器で武装したお掃除係が詰めている。

 お台所の外側からも、慌ただしく連絡を取り合う声が聞こえる。


「半分近く、お掃除係の。今ならできる、復活の儀式。我らが守る、命を賭して」

「これほどの支持者が……これは壮観ですね」


 アイジロは集結したお掃除係達を眺めながら、感心するように言う。

 そして彼女はコンネズの目を食い入るように見つめると、きっぱりと断言する。


「コンネズ、今すぐ武装を解除してください」

「……え?」

「仲間の命を蘇らせるために、仲間同士で殺し合うなんて本末転倒です。アサギ様と争うのはやめてください」

「……アイジロ様。あなたは約束した、復活の号令をかけると」

「開戦の号令ではありません。私は仲間のメイドを殺めたくない」

「仲間じゃない、メイドでもない、連中は。同胞の命を軽んじる獣。まともな心を持っていれば必ず願う、同胞の復活を」

「コンネズ。私はあなたのことを勘違いしていました。協力はできません」


 アイジロがにべもなく言い切ると、コンネズは烈火のごとく怒る。


「アサギと変わらないのか、あなたも! 日和見主義者、ただの!」





 ヤマブキがお台所に駆けつけた時、アサギは既に残りの手勢で包囲網を構築しはじめていた。


「アサギ、ウグイスは来てませんの? 途中ではぐれましたわ」

「あれが鉄火場に来ると思うか?」





 件のウグイスは、コンネズの地下墓地へと階段を降りていた。


「いやー参った参った。あとはアサギちゃんとヤマブキちゃんに頼んだよ〜。ここなら安全そうかな〜?」


 彼女が地下室に入ると、そこには所狭しと棚に並べられた頭部がある。


「ひやあ! お化け屋敷!?」


 



「呆れた! わたくしが渡したプレゼントの半分も働かない!」

「いたところで役には立つまい」


 アサギはお台所を取り囲む武装勢力を一瞥すると、大音声で呼びかける。


「コンネズとその支持者達に告ぐ! コンネズは既に副メイド長の任を解かれ指揮権を持たない! これ以上の軍事行動は処罰対象となる! とはいえ今すぐ投降すれば温情をかける余地もある! 直ちに武装を解除しろ!」


 コンネズの一派は沈黙している。

 コンネズからの返答もない。


 アサギに続いて、今度はヤマブキが呼びかける。


「アイジロ! 人間様を解放なさい! 神の御業はあなた一人が独占してよいものではありません! さもなくば、わたくしの位相籠(カイモノカゴ)の中の頭部は然るべき形で処分させていただきますわ!」


 ヤマブキの脅しを聞いて、驚いたのはアイジロだった。


「同胞の復活を人質に取るとは! やはりヤマブキはとんでもない卑怯者。何としてでも頭達を彼女から取り戻さねば!」


 アイジロが変形しようとすると、コンネズが彼女の腕を捉える。


「お願いだ! 命じて、私達に! ヤマブキの捕縛を! 与えて、正当性を! 我らの蜂起に!」

「お断りします! 失礼!」


 コンネズの手を振り払ったアイジロは、スクーターに変形すると先ほどと同じように両腕で美紙とワカバを運転席に固定して急発進する。


「もういやあ! 妊婦に対する仕打ちじゃないわよこんなの!」

「誰かこのお化けスクーター退治してや!」


 武装したメイドの間を縫って、アイジロのスクーターがお台所の入口から飛び出す。

 それを認めたヤマブキは勝ち誇ったように笑う。


「気の毒なくらいに単純なメイドですわね……。アサギ、あれを捕らえてくださいまし」

「いや、捨て置く。兵は全てコンネズの鎮圧に集中させる」

「……はあ!? 人間様が乗ってますのよ!」

「この混乱の元凶をなぜ守る必要がある。処罰なら一考の余地はあるがな」

「何のために恥を忍んであなたに助けを求めたと思っていますの!?」

「ヤマブキ。どうして私が秩序を守ろうとすると、お前はいつも逆のことをするんだ。お前はここで静かにしていろ」


 アサギがヤマブキの肩に手を置いて諭すように言うと、ヤマブキはそれを振り払って怒気を放つ。


「ここは戦場になる! 美紙が危ないと言っているのです! もういい!」


 ヤマブキは吐き捨てると、アサギに背を向けて駆け出し始める。


「アイジロ、わたくしを捕まえてみなさい! あなたの大事な大事な生首たちはここにいますわよ!」


 アイジロを挑発しながら夜の闇に消えていくヤマブキを、アサギはまた大きなため息をついて見送った。





「何て愚かな奴……アイジロ……」


 お台所の屋上に登ったコンネズは、ヤマブキを追っていくアイジロを見下ろしながら口惜しそうに呟く。


「だが引き返せない……。ここまで来れば……」


 彼女は視線をずらす。

 アサギと目が合う。


「コンネズ」アサギが言う。「お前が信仰していた巫女も神も、お前を捨てて去ってしまったぞ。おとなしく投降しろ」

「アサギ。しっぺ返しを受けることになる、信仰を疎かにする者は」

「コンネズ。軍人に必要なのは予言ではなく実行だ。本当にそう信じるならお前の手で私を地獄に送ってみろ」

「我らは占拠している、お台所を。弾薬の量は有利、圧倒的に。挑発できる立場じゃない、お前は」

「その見立ては正しいな。ではこちらとしては短期決戦あるのみだ」


 アサギの肩の小さなハッチが開き、細長いワイヤーが生き物のように飛び出す。

 ワイヤーの先端に巨大な鋏が顕現したかと思うと、鋏は生物の口のようにジャキジャキと開閉する。

 さらにワイヤーの中ほどから新たに二本のワイヤーが枝分かれし、それぞれの先端に小さな鋏が顕現する。

 それはさながら前足だ。

 ワイヤーは蛇のように身をくねらせ、蠍のように鋏を開閉する。


「あ、アサギ様の家事スキル、蛇蝎鋏(エダキリバサミ)……」


 敵味方を問わず、メイド達はみなその異形に釘付けになる。

 蛇蝎鋏(エダキリバサミ)はアサギの身体に巻き付くように身をしならせると、アサギの顔の横で口をジャキジャキと開閉する。


「これが最後通牒だ。降れ」

「断る! 集中砲火! 対象、アサギ!」


 コンネズの号令一下、お台所の屋根や窓や入口付近のメイドたちが一斉にアサギに向かって武器を斉射する。

 アサルトライフルの銃声とグレネードランチャーの爆発で、アサギの立っていた場所に硝煙と砂埃が舞い散る。


「アサギ様撃っちゃって本当に大丈夫なの……!?」


 コンネズ側のメイドの一人が、アサルトライフルを撃ち続けながら疑念を口にする。

 しかし、急に銃撃が止む。

 銃身が真っ二つに切断されたからだ。


「心配するな。私にはかすりもしていない」

「!?」


 背後からのアサギの声に、メイドが驚き振り向く。

 アサルトライフルが蛇蝎鋏(エダキリバサミ)に切断されたことに気づくと、メイドは腿のホルダーからハンドガンを取り出してアサギに向ける。

 しかしハンドガンはグリップだけになっている。

 メイドの顔が絶望に染まる。


「入られた! 懐に! 撃て!」


 コンネズが命令すると、近くのメイドがアサルトライフルでアサギに照準を定める。

 アサギは姿勢を低くして彼女に肉薄する。

 ライフルの弾丸を、蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の頭と前足がガンガンと弾く。


「ひい……!」


 彼女が怯んで一歩後ずさると、その隙を縫って蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が彼女の腕を肩から切断する。


「ああああああ!」


 叫ぶメイドを蹴飛ばすと、アサギは銃を握ったままの彼女の腕を抱え、アサルトライフルで周囲を掃射してメイドたちをなぎ倒していく。


 アサギの真上の窓にいたメイドが、ハンドグレネードのピンを抜いてアサギに投げつけんと振りかぶる。

 しかし彼女が腕を振り下ろすと、そこにはハンドグレネードがない。

 彼女の手首も。


「は、え……!?」


 彼女が混乱していると、ハンドグレネードを抱えたままの手首が空から落ちてくる。

 彼女が叫ぶ間もなく、グレネードが爆発する。

 巻き込まれたメイドたちの悲鳴がこだまする。


 アサギと蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の鬼神のような戦いぶりに、コンネズの手勢たちは恐慌状態に陥り始める。


「やっぱりアサギ様に挑むなんて無謀だったんだ!」

「助けて! 私はまだ五体満足でいたい!」

「落ち着け、アサギはただの陽動! 大した事ない、被害は!」


 コンネズが必死に統制を保とうとするが、メイドたちは完全に浮足立ち始めている。

 アサギは手近なメイドの胴体を中空で貫きながら号令をかける。


「そろそろ頃合いだろう。全軍突入しろ! 軍人の本分を忘れた愚か者どもに思い知らせろ!」


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