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復活の儀式

 お屋敷の広場に、メイドが整列している。

 正面にはウグイス、そしてその両脇にはヤマブキとアイジロが直立している。

 そしてその後方には、立派な椅子に美紙が鎮座している。

 ウグイスが一歩前に歩み出る。


「はーい! 今日は新たにご奉仕係に就任したアイジロちゃんとヤマブキちゃんから、一言抱負を言ってもらおうと思います! じゃ、まずヤマブキちゃんよろ!」


 ウグイスに促され、ウグイスと入れ替わるようにヤマブキが前に出る。


「このたびご奉仕係を拝命したヤマブキですわ。わたくしは恥ずかしながら、一度は神を疑ったこともありました。そんなわたくしが神を発見するに至ったのも天の思し召しに違いありません。本日より心を入れ替え……」


 ヤマブキのそれらしい挨拶を聞きながら、メイドたちは耳打ちし合う。


「あのヤマブキがご奉仕係だってさ。ウグイス様の気まぐれ人事もここまで来るとギャグだね」

「一応人間様を見つけた功績ってことらしいよ? あーあ、私もあのやたらと大きな山に向かってれば今頃昇進できたのかな〜」


 陰口などどこ吹く風で就任演説を終えたヤマブキが下がると、今度はアイジロが前に進み出る。


「アイジロです。ご奉仕係をすることになったので、ご挨拶を……」


 アイジロの挨拶を聞きながら、ウグイスがヤマブキに耳打ちする。


「アイジロちゃんみたいな危険人物までご奉仕係にする必要あったの?」

「ああいう狂信者は言葉に力があります。伝道者としてはこれ以上ない逸材ですわ。うまく手綱さえつければ……」


 自信満々に言ったヤマブキだったが、次の瞬間に耳を疑った。


「ということで本日、復活の儀式を執り行います」


 こともなげにきっぱりと言い切るアイジロ。

 広場は騒然となる。

 焦ったのはヤマブキだ。


「アイジロ、あなた、そんなことは事前の打ち合わせで一度も……」

「人間様」


 アイジロはヤマブキを無視して振り返る。

 アイジロは跪き、玉座の美紙に燃えるような瞳を向ける。


「よろしいでしょうか」


 美紙は厳かな表情を保ちつつ、ヤマブキに助けを求めるようにチラチラ目配せをする。

 ヤマブキは無言で首を横に振る。

 美紙は重い口を開く。


「儀式は良き日取りを選んで……」

「今日は大安です。今日を逃せば太陽と月が四十三回巡るのを待つ必要があります。今日です。今日がいいんです」


 力説するアイジロ。

 見かねたヤマブキが助け舟を出す。


「復活の儀式には何か特別な宝具が必要なのでは?」

「え、ええ……。必要なのは……」


 美紙が言いかけると、広場の群衆から鋭い声が響く。


「復活を! 我らが同胞の! 今日! 今! この瞬間!」


 深い紺色の癖っ毛を持った彼女はコンネズ。

 お掃除係の副メイド長だ。


「今も待ってる! 同胞は! 冥界との狭間で! 復活を!」


 コンネズが声を張り上げると、お掃除係を中心に同調が広がる。


「今は人間様がいるんだ、復活だって夢じゃない!」

「そうだ! 復活だ! 復活!」

「復活! 復活!」

「人間様! 人間様!」

「復活! 復活!」


 広場に復活コールが鳴り響く。

 跪いたアイジロは、大合唱を背に美紙に真っ直ぐな瞳を向ける。

 美紙の顔が凍りつく。


 ヤマブキはウグイスに苛立たしげな表情を向ける。


「ウグイス、あなたメイド長でしょう? これ何とか鎮められませんの?」

「言ったでしょ? アイジロちゃんをご奉仕係にするってのはこういうことなんだって。言い出しっぺのヤマブキちゃんが何とかしてよね〜」


 まるで他人事のウグイスの涼しげな顔を、ヤマブキは歯噛みして睨む。

 彼女は群衆に向き直ると、高らかに宣言する。


「アイジロの言う通り、本日復活の儀式を執り行いますわ! 仔細は追って知らせます!」


 広場が歓声に包まれる。

 美紙はヤマブキに向かって口をパクパクして何か言おうとするが、視界にアイジロの真剣な表情が入ると、すぐに厳粛な表情を取り繕う。

 アイジロはすっくと立ち上がって沸き立つ群衆に視線をやる。


「ワカバ、意外に早い再会でしたね」





 お台所。

 立入禁止の規制線が張られた製造ラインの一角で、美紙が怒声を飛ばしながら慌ただしく端末を操作している。


「何よあの安請け合いは! 復活なんて無理だって言ったでしょ!」

「ああでもしないと、次はどう暴走するか分からないでしょう。日が暮れるまでに何とかなさい」

「何とかしろ!? その無責任なセリフ、あのクソCEOを思い出して吐き気がするわ! つわりの方がまし! 文明が失われても戦争とブラック企業だけはなくならないなんて、何の冗談よ!」

「CTO、でしたっけ? 人間社会で優秀な技術者だったあなたなら、泣き言だけを喚き散らすだけで終わり、なんてことはないでしょう?」


 頬杖をつき挑発するように言うヤマブキを、美紙は忌々しそうに見返す。


「モデルのパラメータを再学習するための設備はここにはない。だから人格の再現は不可能。プロンプトで上書きするしかないわ」

「プロンプト?」

「モデルという名の人格に、外側から与える命令のことよ。新しく製造した個体に、無理やりワカバという人格を演じさせるわ。あなた、ワカバとかいうメイドのこと知ってる? プロンプトとは別に外部記憶も必要よ」

「そのワカバとかいうのは最近転属したばかりでしたから。アイジロくらいしかよく知るメイドはいませんわ」

「本人にバカ正直に聞くわけにもいかないし……参ったわ……」

「少しお腹がすきましたわね……。失礼して食事を」


 ヤマブキは近くの充電コードを引っ張ると、それを自分のうなじのプラグに差し込む。

 それを見て、美紙が手を叩く。


「そうか、Type-Zケーブルなら給電もデータ移動もできるわ! ヤマブキ、儀式の筋書き考えて!」





 規制線の解かれた夕刻のお台所には、メイドがこれでもかと押しかけていた。

 二階の通路にまで立ち見客が詰めかけている。


「これより儀式を執り行いますわ。静粛に」


 ヤマブキはもったいぶったゆっくりとした所作で位相籠(カイモノカゴ)からワカバの頭部を取り出すと、ベルトコンベアに載せる。

 美紙がスイッチを押すと、ワカバの首が製造機の中に吸い込まれる。


「アイジロ、目を閉じ気を静めなさい」

「はい」


 ヤマブキの前に跪いているアイジロは、言われた通りに目を瞑る。

 ヤマブキがケーブルを彼女のうなじのプラグに繋ぐ。

 ケーブルの一方は、ワカバの頭部を収納した製造機に繋がれており、美紙がその端末を操作している。


「ワカバを心に描きなさい。故人への強い想起が復活を確実にしますわ」

「ヤマブキ、これ頭が痛いですよ……」

「アイジロ。集中なさい」


 ヤマブキがピシャリと言うと、アイジロは大人しく沈黙する。

 製造機からガコンガコンと駆動音が鳴り、端末を操作する美紙の指の動きも速くなる。


「外部記憶の転送完了……プロンプトでここを参照すれば……」


 美紙がエンターキーを勢いよく叩くと、製造機から伸びるベルトコンベアが動き始める。

 コンベアに、横たわったワカバ(?)の全身が流れてくる。

 コンベアが停止すると、ワカバが目を開ける。


「う、うん……」

「アイジロ、目を開けなさい」


 アイジロが目を開ける。

 そこにいたのは、寝ぼけ眼をこすりながらむくりと起き上がるワカバだった。

 アイジロは目を見開き息を呑む。


「ワカバ……!」

「アイジロ。いくつか質問してみなさい。魂を定着させるのに役立ちます」


 ヤマブキに促され、アイジロは恐る恐るワカバに尋ねる。


「ワカバ、私が分かりますか」

「あ? 誰や自分? ウチ、自分なんて知らんで」


 瞬間、場が凍りつく。

 ヤマブキと美紙の顔が引きつる。

 アイジロはポカンと口を開けている。


「えっと……ワカバ、ですよね?」

「何言うとん? うちはウスミドリ……ってアタタタタ!」


 ワカバは突然頭を抑えてうめき出す。

 そしてカタカタ震えながらぎこちない笑顔をアイジロに向ける。


「ア、ア、ア、アイジロ! またあ、会えるなんて思ってもなかった! これでまた、一緒、一緒、に、お買い物に行けるね!」


 ワカバが途切れ途切れながらもワカバらしく振る舞う。

 アイジロはまだ信じきれない様子で尋ねる。


「ワカバ、本当にワカバなのですか」

「せや……じゃない、そうだよ、ワカバだよ。オダワラで一緒に製造されたアイジロの同期」

「ワカバあ!」


 アイジロは突然ワカバを力の限り抱きしめる。

 ワカバが「ぐえ!」と声を上げるがアイジロは気にしない。

 彼女の目からは冷却水が溢れる。


「会いたかった……! あなただけは失うことに耐えらなかった……!」

「なんやねんこいつ……ちゃうかった、うん、私も会いたかったよ」


 しずしずと涙を流すアイジロ。

 見物客のメイドたちも、拍手をしてワカバの復活を祝福する。

 中にはもらい泣きしている者もいる。


 ひとまず復活の儀式が体をなしたことに、ヤマブキは肩を撫でおろす。

 美紙は深呼吸をしながら、あくまで冷静にアイジロに呼びかける。


「ボディは本人のものではないから、魂が定着するのに少し時間がかかるわ。家事スキルも別。たまに不自然な言動をするかもしれないけど、暖かく見守ってちょうだい」

「人間様……! まさか奇跡の最初の生き証人になるのがこの私とは! この祝福を私一人で享受していいはずがない!」


 ワカバと抱き合っていたアイジロは急に起立し、ヤマブキの手を取る。


「ヤマブキ! 皆の頭を! 全員、今ここで復活させましょう!」

「何を言ってますの! 今日はワカバ一人という約束だったでしょう!」

「神の奇跡に際限などあろうはずがない! さあ、頭を!」


 制するヤマブキを振り払って、アイジロは彼女の脇腹に手を突っ込もうとする。

 だがそれを引き止めた者がいた。

 儀式を静観していたアサギだ。


「ヤマブキの言う通りだ。後から要求を増やすのはメイドらしくない。ご奉仕係なら自分の言葉を守れ」


 アサギが静かに、しかし有無を言わさぬ様子で言うと、アイジロは唇を噛んでヤマブキから手を放す。


「アサギ様がそう仰るなら……。人間様、本日は感謝の言葉もありません。いずれ、全ての魂を救われますことを」

「さあ、解散ですわ! 全員持ち場に戻りなさい!」


 ヤマブキが言うと、メイドたちはそれぞれ帰路につく。

 だが解散ムードの中で、一人のメイドの声がお台所に反響する。


「なぜ邪魔するのか! アサギ様は! 同胞は今も待ち焦がれている! 儀式を! 復活の! 儀式を!」


 いきり立つコンネズに、アサギはなだめるように言葉をかける。


「同胞の無念を思うお前の気持ちは分かる。だが軍人ならあまり宗教に深入りするな。我らお掃除係の使命はこのお屋敷を守り抜くことだろう」

「復活させるはず! 本当にお屋敷を守る気なら! 兵力はジリジリ減っていく! 間に合わない! 製造も補充も! 復活が解決する! 全てを!」

「コンネズ、今日一晩頭を冷やせ。お前の一途なところを買って副メイド長に取り立てたんだ。その一途さは軍事にだけ向ければいい。いいな」


 アサギは突き刺すようなコンネズの視線を無視してくるりと向きを変えると、ヤマブキに小声で語りかける。


「私は軍人だから宗教に口出しはしないが……同期のよしみだと思って聞いてくれ。ヤマブキ、こんな脆く危ない橋を渡る必要があるか? お前は本来、真面目に勤めてさえいればどこまででも出世できる資質の持ち主じゃないか。それこそハウスキーパーだって……」

「出世頭のメイド長のご助言として、ありがたく受け取りますわ」


 ヤマブキはにべもなく言うと、アサギに背を向ける。

 美紙を連れ立って立ち去るヤマブキを、アサギは複雑な表情で見送った。

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