CTO
美紙とヤマブキを乗せたスクーターが、お屋敷に到着する。
アイジロが人型に変形すると、ヤマブキがアイジロの肩に手を置いて語りかける。
「わたくしはご奉仕係のメイド長のウグイスに話をつけてきます。メイドたちを混乱させてはなりませんから、ここで大人しく待機なさい。特に、この方が神ということは今のところは絶対の秘密です」
「ええ、お気をつけて」
ヤマブキは振り返ると、美紙に耳打ちをする。
「アイジロはいつどう暴走するかわかりませんわ。神としてちゃんと信者の管理をしておきなさい」
「え、ええ……」
二人に言いつけたヤマブキは、お屋敷の雑踏に足を踏み入れていく。
そこに、ヤマブキと入れ替わりに一人のメイドが現れる。
「アイジロ、どうだった。神殿は。そして何者? その方は」
唐突に二人に話しかけてきたのは、深い紺色の癖っ毛を持つコンネズだった。
アイジロの神殿探索に同行を申し出たが、アサギに却下されたお掃除係の副メイド長だ。
彼女の視線は常に他者を突き刺すように険しい。
「コンネズ! このお方は神殿に顕現された神ですよ!」
「ちょっと、アイジロ……!?」
「神……!」
コンネズは目を見開くと、美紙を頭頂からつま先まで眺める。
「違う、想像してたのと……。殆ど同じ形、我らと。神、この方が……」
咀嚼しきれぬ様子のコンネズを見て、美紙の額に冷や汗が滲む。
「こ、この姿はね、高次元から顕現するためにあえて……」
「ビックリですよね!」アイジロが生き生きとした声で言う。「私も最初は混乱してメイドの姿をした低級生命体かと思いました! でも見たんです! いにしえの神官を一瞬とは言え復活させたのを!」
「復活……」
コンネズは噛みしめるように言うと、その場に跪いて深く頭を下げる。
「万死に値する、不遜な疑い。こんな私でも賜われましょうか、御慈悲を」
「え、ええ……そんな深刻にならないで……。まあよくあるミスよね」
美紙が慌てて取り繕うと、コンネズはパッと顔を上げる。
「なんという寛大さ……。神の慈雨、これこそ」
コンネズはスッと立ち上がると、立礼する。
「この瞬間も願っている、同胞は。復活を、奇跡を、必ずや」
彼女は軍人らしくキビキビとその場を後にする。
美紙は彼女の張り詰めた空気から解放されて肩を撫で下ろす。
「ヤマブキとアイジロだけかと思ったけど、どのメイドも一癖あるわね……」
美紙はお屋敷を見回す。
彼女たちがお屋敷と呼ぶその軍事拠点には、資材や武器を運ぶ者、壊れた兵舎を修復している者、分厚い書類を片手に議論している者など、さまざまなメイドで溢れている。
「ねえアイジロ。ここはもとは富士市の国道沿いだから、ウチの会社……じゃなかった、古代の神々が自動工場作ってるはずよ。まだ残ってる?」
「自動工場?」
「あなた達を生み落とした場所って言えば分かる?」
「ああ、お台所のことですね! ええ、毎日お料理係が勤めてますよ」
「色々と言葉の定義がおかしいけど……。まあ自動工場さえ動いているなら、色々とやりようはあるわね……」
その瞬間、遠くない地点から爆発音が聞こえる。
美紙が驚いてその方向を向くと、建物の屋上から煙が上がっている。
「今の、何!?」
「ああ、お台所でまた爆発があったみたいですね」
「なんでそんな平然としてるの!?」
「よくあることですから。そのうち直りますよ」
「まともに整備された工場がちょくちょく爆発するわけないでしょ!? 今すぐ案内しなさい!」
美紙に凄まれると、アイジロは困惑する。
「でもヤマブキがここを動くなと……」
「さっき自分で言いつけ破っておいて、なんでいきなり従順なのよ! もういいわ! あの煙を目指していけば……」
「わ、わかりました! どうか私にお乗りください!」
慌ててスクーターに変形したアイジロに、美紙は怒り心頭で跨った。
「あの自動工場を設計したのは私よ! いい加減なメンテは許さない!」
一方ご奉仕係の執務室には、ウグイスの喧しい声が響いていた。
「お料理係に頭見てもらったほうがいいんじゃないの!? あの俗物の権化のヤマブキちゃんが、神の再臨だなんて!」
「わたくしからのプレゼントだけでお屋敷から一歩も出ずして資源回収ランキングに名を連ねているあなたにだけは、俗物と言われたくないですわ」
ヤマブキが吐き捨てるように言うと、別のメイドが執務室に入室してくる。
長身に青緑のポニーテール、アサギだった。
「ウグイス、緊急事態だ。お台所が先ほど爆発して……」
「そんなの日常茶飯事じゃん! あと三日もすれば復旧するっしょ?」
「いやそれが、鎮火も終わって混乱がほぼ収拾した。ラインの一部に至っては稼働を再開している」
「ええ!? うちのお料理係にそんな優秀な奴いた!?」
「腹の大きな妙なメイドが流れるように指示を出していてな……。あんな奴は私も見たことがない」
それを聞くと、ヤマブキは額に手を当ててため息を付く。
「我慢できないのは美紙、あなたの方だったなんて……」
お台所に駆けつけたヤマブキ達が見たのは、陣頭指揮に立つ美紙の姿だった。
「あなた、このディスプレイ一度も触ったことがないって本当!? いったいどうやってラインの速度を調節するのよ! あ、ちょっと、プラスチックごと溶鉱炉に投げ込まないで! 不純物で強度が下がる!」
鬼神のごとき形相で矢継ぎ早に指示を出す美紙。
メイドたちは慌てふためきながら右往左往している。
その傍らでは、アイジロが讃美歌を高らかに歌い上げている。
ウグイスは、現出したカオスをげっそりした表情で眺める。
「えー……。お料理係のメイド長を交代した覚えはないんだけど……」
「ウグイス様! たいへんです!」
メイドの一人が、グレネードが大量に格納された小型コンテナを両手に、ウグイスに話しかける。
「生産ラインが異次元のスピードです! この量がものの数分で……」
「ええ!? 今月のノルマ達成なんていつ以来!?」
仰天するウグイス。
一方ヤマブキは、美紙に近づくと小耳で囁く。
「ちょっと美紙……! 大人しくしていろと言ったでしょう……!」
「ご、ごめんなさい……。でもこれでも私、アヤメコーポレーションのCTOだったのよ。黙って見てられないわ。せめて爆発の再発防止だけでも……」
美紙が言いかけると、またもドーンと爆発音がする。
「可燃性ガスの配管は修理したわよ!? なんでまた!」
「この音はお台所からじゃない。防壁の方だ」
アサギがキッと睨んだ方向には、お屋敷の東方にそびえ立つ崖があった。
その崖の上に、獣皮のマフラーを身にまとったメイドたちが並んでいる。
「トリカブト派ヒイロ族の族長、ヒイロ様登場〜! 年中物資不足のお前たちに、貴重な資源を運んできてやったよ〜!」
ヒイロは手にしていたグレネードランチャーを発砲する。
崖下の防壁に着弾し、防壁に大きな穴が開く。
近くのメイドたちは逃げ惑う。
それを見てヒイロは満足そうに笑う。
「よーし駆け下りるぞ! 連中は浮足立ってる!」
「おー!」
ヒイロに続いて、トリカブト派のメイドたちは崖にも近い急な斜面を駆け下りていく。
一方のアサギは、緊迫した面持ちで直ちに号令を触れ回る。
「お掃除係は直ちに現場へ急行しろ! 一班から三班までは長距離武器をメインに! 四班は懐に入りこまれたときのためにアサルトライフルを持参しろ! 五班は別の方角からの奇襲を見張れ! あれは陽動かもしれん!」
アサギの命令一下、周囲のお掃除係は武器庫から武器を調達し、崖の方角に向かっていく。
そしてヒイロの姿を認めたアイジロも、いきり立つ。
「ヒイロ! ワカバの仇!」
アイジロはバギーに変形すると、お掃除係に混じってトリカブト派の方へと走行する。
斜面を駆け下りるヒイロは、斜面の半分ほどまで来ていた。
「いつも通りの生産サイクルなら連中の武器庫は今頃カラカラだ! 兵数は多いが見掛け倒し! 恐れず突進だよ!」
「おす! ってぎゃー!!」
元気よく返事した手下の一人が、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。
それを皮切りに、彼女たちの行く手に次々に爆炎が上がる。
ヒイロは斜面に生えた木の枝を掴むと急停止する。
「止まれ止まれ! 何かおかしい! グレネードをこんな惜しげなく撃てるはずがない!」
「アヤメ派のお台所はもう目の前ですぜ!? 今行かずにどうすんのさ!」
「敵の弾薬が尽きかけてる前提の作戦だ! あのお屋敷で何か起きてる! 撤退! 撤退!」
ヒイロはUターンせんと後ろを振り向こうとする。
その瞬間、木陰から爆音を上げてバギーが突っ込んでくる。
アイジロだ。
バギーは人型に変形すると、高速回転する車輪の手の平をヒイロにパンチのように繰り出す。
「ちい!」
ヒイロは咄嗟に素手でパンチを受け止める。
摩擦で鮮烈な火花が散る。
「痛ってえな、この!」
ヒイロは足でアイジロを蹴飛ばす。
アイジロは受け身も取れずに斜面をゴロゴロと転がり落ちていく。
「ボウズで帰るのも癪だ……おい、それよこしな」
ヒイロは手下から分捕ったスナイパーライフルの銃口をお屋敷の中央に向ける。
「アサギ! 今日もテメーの首を穫れなかった! せめて負け惜しみくらいさせろ!」
ヒイロが引き金を引く。
銃声と同時にアサギが半身になると、アサギの背後の壁に銃痕が刻まれる。
アサギが眉間に皺を寄せながら呟く。
「あの一帯は警備を強化したはずだぞ。あとで哨戒記録を確認せねば……」
「また来てやるよ! 自由! 平等! アナーキー!」
スローガンを唱えながらヒイロ達が脱兎のごとく去った後、ヒイロに蹴飛ばされて転がっていたアイジロは、悔しそうに立ち上がる。
「まさか素手で……。一対一ではとても敵いませんね」
その時、お屋敷の一角から歓声が湧く。
アヤメ派のお掃除係達だった。
「お買い物係があのヒイロに一矢報いたぞ! 私達の誰一人として指一本触れなかったのに!」
「あれ、昨日の説教で演説してたアイジロじゃない!? 只者じゃないと思ってたけど、まさかヒイロを退けるなんて!」
「こんなに思いっきりグレネード撃ちまくったのなんて初めてだよ! これだけの物量があれば、トリカブト派なんて怖くないね!」
「神の奇跡だ!」
熱狂に沸き立つメイドたちを見て、ウグイスはヤマブキに呟く。
「ヤマブキちゃん、もしかして神っているのかな……」
「ええ、今目の前に」
「さっきの提案、もう一度聞かせてもらえる?」
「もちろん。まずは人事から……」
そこから少し離れた場所で、アサギは浮かない顔をしている。
「弾薬の生産は三等メイドのお料理係の仕事……。なぜ神自らそんなことをする必要がある?」




