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墓荒らし

 しばらく呆然としていたアイジロだが、はっと我に返ると周囲を見回す。

 そこにはワカバの手足や胴体がそこら中に散らばっている。


 アイジロの両肩から腕が外れる。

 腕はそれぞれ車輪を生成してワカバのパーツに向かうと、それらを一つ一つ回収してはアイジロの元に積んでいく。

 膝立ちのアイジロの前に変わり果てたワカバの残骸の山が積まれる。


「ああ……」


 彼女は涙を流しながら前方に倒れ込む。

 腕がないので、彼女の顔はそのまま地面に激突した。

 彼女は、その姿勢のまま落涙し続けた。





 オダワラの自動工場、通称「お台所」で製造された時、アイジロの同期はワカバ以外に数十人いた。

 資源回収を任務とするお買い物係に配属された者は、一年以内には半分以下になった。

 それほどに各地のトリカブト派の襲撃と略奪は激しい。

 命からがらお屋敷に帰還すれば、厳しいノルマと点数制による評価。

 誰からも労われることはない。


 自動工場からランダムに付与される家事スキルの面で、アイジロは恵まれていた。

 車両への変形は運搬にも逃走にも有利だ。

 戦闘への応用も利く。

 彼女の成績は極めて優秀だった。

 それが気に入らなかったのだろう。

 アイジロは、同期から常に嫌がらせの標的にされてきた。

 信頼できる他者を持たなかった彼女が、神に信頼を置くようになったのは自然の流れだった。


 周囲の執拗な嫌がらせを気にも留めずにひたすらに任務に打ち込んできたアイジロだったが、何の理由もなく同期数人に崖に突き落とされた時は、流石にもうお屋敷に戻るのはやめようかと思った。


 ワカバは、崖下で虚空を見つめていたアイジロを助けに来てくれた唯一の同期だった。

 それまでずっと傍観を決め込んできた彼女だったが、これ以上は見過ごせないと言って、その日初めてアイジロに肩を貸した。

 アイジロが最初に冷却水という名の涙を流したのはこの時だった。


 それ以来、ワカバもいじめの標的になった。

 だが、彼女たちを虐めていた同期達も、気づけば二人を除き全員死亡していた。

 アイジロはこの時、神は自分たちを見ているのだと確信した。

 ワカバは自分たちの運が良かっただけと言っていたが。

 そしてつい最近、より人員の消耗が激しいフジのお屋敷への転属が命じられ、二人は霊峰そびえるこの地にやってきたのだった。





「うう……」


 一通り嗚咽したアイジロの両肩に、回収を終えた両腕が装着される。

 アイジロは手をついて起き上がると、ワカバの頭部を拾い上げて胸に抱く。


「なぜ神の試練はかほどに過酷なのか……」

「どうやら無事でしたのね」


 アイジロの横から声がする。

 跪いていたアイジロが見上げると、そこにはスナイパーライフルを肩から提げたメイドがいた。

 先程トリカブト派を退散させたメイドだ。

 仄かに赤みがかったストレートの金髪。

 糸のように細い目。

 ボディのデザインはゆったりした茶色いカーディガンを装うようだ。


「あ、ありがとうございます……。お名前は……」


 アイジロは呼びかけるが、彼女は聞こえてないかのようにアイジロの横を通り過ぎ、ワカバの右腕を拾い上げる。


「ああよかった、パーツは無事ですわね!」


 彼女はそう言うと、ワカバの右腕を自分の脇腹に押し付ける。

 押し付けると言うより、吸い込む、といったほうが近いだろうか。

 彼女がボディに押し付けたワカバの腕は、まるで水面に静かに物を沈めるかのように、スーッと彼女の脇腹に収まっていく。

 あっという間にワカバの腕が見えなくなる。


 彼女はさらにワカバの左腕を拾い上げる。


「これだけあれば今月も全国ランキングは堅いですわね」


 次々にパーツを脇腹に収納していく彼女を、アイジロはしばらく呆気にとられるように眺めていたが、急に思い出したように彼女の手を止める。


「何を……いったい何をしているのですか……!?」

「ああ、わたくしの家事スキルは位相籠(カイモノカゴ)と言いますわ。この程度の大きさのものなら異空間に収納できてとても便利。しかも収納している間は鮮度も落ちませんわ」

「そういうことを言っているのではありません!」

「ああ、自己紹介がまだでしたわね。わたくしはお買い物係のヤマブキ」

「違う! どうしてワカバの身体を勝手にしまい込んでいるのですか!」

「同胞の死体は貴重な資源。軍規にもそう書いてあるでしょう?」


 ヤマブキはアイジロの手を振り払うと、何事もないかのようにパーツの収納を再開する。

 アイジロの抱えている頭部を除き、あっという間に全てのパーツが彼女の脇腹に吸い込まれる。


「軍規!? ワカバは私の唯一無二の親友です! それを資源!?」

「あなたもお買い物係なら軍規は知っているでしょう。さあ、その頭もよこしなさい。味方の妨害も軍規違反ですわよ」


 アイジロはワカバの頭部を胸に強く抱き込むと、もう片方の腕でヤマブキを指差す。


「軍規違反というならあなたこそどうなのですか! 銃火器の携行が許されているのは戦闘部隊のお掃除係だけ! お買い物係のあなたがそれを保持しているのは明確な軍規違反! 私に告発されても文句は言えませんよ!」

「ああ、これ……」


 ヤマブキはスナイパーライフルのスリングを肩から外すと、眼の前でテキパキと分解し、あっという間に脇腹の位相籠(カイモノカゴ)に突っ込んでいく。

 ライフルが影も形もなくなると、ヤマブキはにっこりと笑う。


「告発には物証なり証言なりが必要ですわ。これでわたくしは潔白の身」

「あなた、本気で言ってるんですか……」

「さ、自分の点数にするつもりがないなら、それもわたくしに渡しなさい」


 彼女がワカバの頭部に手を伸ばす。

 アイジロは手の平に車輪を発生させ、その回転でヤマブキの手をガキンと弾く。

 ヤマブキは手の甲を抑えると、苦虫を潰したような表情をする。


「ワカバは絶対に渡しません! 頭部さえあれば、人間様が再臨したときにそれを依代として復活することができる!」

「復活? あなた、その不気味な迷信を信じてますの? 曖昧模糊とした聖典の一節を拡大解釈して生まれた民間信仰の類ですわよ」

「ヤマブキ、あなたは不信心者なのですね。不信心者は再臨の日にトリカブト派の連中とともに地獄の業火に身を焼かれる羽目になりますよ」

「はあ……こんな純粋で無知で愚昧な信者がまだ残ってるなんて……」

「ヤマブキ、あなたには聞こえないのですか。この一帯にこだまする『ソス』という真言が」

「え、これあなたにも聞こえてますの? 頭部が故障したのかと思ってましたわ。お料理係に修理してもらおうかと」


 ヤマブキが意外そうに言うと、アイジロは富士山の中腹の施設を指差す。


「この声はあの神殿に近づくほど強まります。間違いなくここは神域。神の庭であまり迂闊なことは言わぬことです」


 ヤマブキは神殿と呼ばれる施設をしげしげと見つめた後、立ち上がる。


「あなたはきっと口論してはいけない相手ですわね。もういいですわ、その頭部はあなたの好きになさい」


 彼女は西側の山脈に視線をやる。

 太陽が山の稜線にさしかかるまでそう長くないだろう。


「今日は遠出しすぎましたわね。お屋敷の点呼に間に合ったものか」

「私がスクーターになります。乗ってください」

「あら。さんざんわたくしを恫喝した割には親切ですわね」

「あなたのような自己中心主義者でも命の恩人には違いありませんから」





 彼女たちが駐屯地に戻った時は既に日の影はなく、空は紫色だった。

 兵舎や工場が雑多に敷き詰められ、防壁に囲まれたこの軍事拠点を、メイド達は「お屋敷」と呼ぶ。


「何とか夕刻の説教には間に合いました。ヤマブキも一緒に……あれ?」


 言いかけたアイジロの隣には、ヤマブキはいなかった。





 少し離れた自動工場、通称「お台所」の入口。

 「資源回収所」と書かれた受付の机の上に、ヤマブキは位相籠(カイモノカゴ)から取り出した鉄くずをうず高く積み上げていく。

 受付のメイドは一点一点数えて紙に記入していく。


「今日も大量だねー! 今度はどんな悪いことしたわけ?」

「メイド聞きの悪い。最近オダワラのお屋敷から転属してきた成績の良いメイドがいるでしょう」

「あー、アイジロのこと?」

「あれが今日は山の方に向かうと言っていたから、早出して沿道に待機していただけですわ。成績優秀者に張り付くのが一番効率良いですもの」

「あいつ、仲間の死体拾ってきても頭だけは絶対渡さないんだ。変な奴さ」

「あれだけ便利な家事スキルを持っているのに、勿体ないことですわ」

「でもさ、頭集めてるのアイツだけじゃないらしいよ。お掃除係の一部も、こっそり戦死者の頭集めてるって噂だ」

「アイジロのような狂信者ならともかく、軍人であるお掃除係までそんなセンチメンタルなことを? 世も末ですわね」

「ところでヤマブキ、説教に参加しなくていいの? 私はお台所の当直だからいいけどさ、ヤマブキは正当な理由ないでしょ」


 問われたヤマブキは、位相籠(カイモノカゴ)から鉄片を取り出して受付に握らせる。


「整備担当のお料理係でも、資源を回収すれば点数になるでしょう? 適当な理由をつけてわたくしのことはごまかしてくださいまし」

「ヤマブキ、本当に勘弁してよ。こんなの見られたら処罰されちゃうって」


 受付はニヤニヤと賄賂を受け取ると、用紙に自分の名前を記入した。





 薄暮の広場には、メイドたちが整列していた。

 前方には小さな壇があり、そこに一人の小柄なメイドが、分厚い聖典を手にしたお供を連れて歩いてくる。

 緑褐色のお団子ヘアの彼女は、壇に登ると一同に向けてウインクする。


「やっほー! このフジのお屋敷のご奉仕係のメイド長にして、お屋敷の共同統治者の一人、ウグイスだよ♪ 今日も元気の出るお説教始めてこうね!」


 広場に響き渡る場違いに明るい声を、メイドたちはシーンと聞いている。


「えーと、今日はどっからだっけ?」


 ウグイスが傍らに確認すると、従者は聖典のページの一角を指し示す。


「あーそうそう、今日は人間様の再臨のところだったね! いやー、毎日毎日ビックリするくらい仲間が死ぬよね! ホンット悲しい! でも大丈夫! みんな最後は復活するからね! 太陽と月が八十万回巡った時……あれ、九十万回だっけ? え、具体的な回数の指定はない? まあいいや、その時になったら人間様が再臨して心正しきアヤメ派のメイドの復活を……」


 この説教の体を成していない説教を聞くメイドたちの反応は様々だ。

 退屈そうに貧乏揺すりする者、コソコソ私語をする者、直立したままスリープしている者。

 だがその中に、一人だけ瞳を爛々と燃え上がらせる者がいる。


「ウグイス様! 『ソス』とは何ですか!?」


 ウグイスの説教を遮るように、アイジロが鋭く問いかける。


「え、何? ソース? そんな用語あったっけ?」


 ウグイスに目配せされた従者は、聖典をパラパラめくったままフリーズしている。

 アイジロは薄紫色の富士山を指差し、堂々たる声で呼びかける。


「あのやたらと大きな山の中腹に、神殿があります! そこに近づくほどに、『ソス』という言葉が頭に直接響いてくるのです! これは間違いなく、あの地に眠る人間様から発せられている真言です!」

「はあ、そうなんだ……。うーん、そうなのかもね。秘伝の秘伝だから、普通の聖典に載ってないかも。うん、アイジロちゃん凄い凄い!」


 ウグイスは面倒そうに答えると、アイジロに満面の笑みを向ける。


「それであのさ、この説教はこのウグイスちゃんの独壇場なんだよね。だからちょーっと静かに……」

「刮目してください、皆さん!」


 アイジロはウグイスの言葉など耳に入ってない様子で、ワカバの頭部を頭上に高々と掲げる。


「今日、私の最大の親友であるワカバの命が奪われました! 心を失ったトリカブト派によって! 私は悔しい! 必ずやワカバの命を復活させたい! そのためにも、人間様に再臨頂かねばなりません!」


 アイジロの鬼気迫る演説に、つまらなそうにしていたメイドたちの注目も集まっている。


「人間様はきっと、いえ間違いなく、あのやたらと大きな山の神殿に眠っていらっしゃいます!」

「あのアイジロちゃん、ちょっとコームダウンして……」

「明日、ともにあの神殿に向かう者はいませんか! 人間様の再臨をこの手でなしとげ、今まで無念に命を失った全ての同胞を復活させましょう!」

「話を聞けー!」


 ウグイスはプンプンと湯気を立てると、壇上を降りていく。


「もういいもん! 今日はおしまい! はい解散解散!」





 不機嫌を撒き散らしてウグイスが去った後も、アイジロはワカバの頭部を掲げたまま声をかけ続けていた。


「どなたか、スクーターの定員は二名です! 早いもの勝ちですよ!」


 多くのメイドはアイジロを遠巻きに見ながら、めいめい持ち場に戻っていく。

 だがその中を、一人の華奢なメイドがかき分けてくる。


「痛快だった、あの演説。ただの苦痛、ウグイスの説教なんて。同行する、私も」


 深い紺色の外ハネした髪を持つそのメイドは、奇妙な倒置法混じりの口調で話しかけてくる。


「コンネズ、私の名前。副メイド長、お掃除係の」

「あ、ありがとうございます! まさかあなたのような重責の方の協力が得られるなんて!」

「毎日のように仲間が死ぬ、私達お掃除係は。心から共感できる、あなたには。神殿に兵を回す、明日早速……」


 コンネズが言いかけると、彼女の肩に手が置かれる。

 コンネズが振り向くと、アイジロよりさらに上背のあるメイドが厳しい顔つきをしている。


「コンネズ。ヒイロ組の神出鬼没さに対処するために、哨戒任務の頻度を増やしたのを忘れたのか。北方に割く兵などない」

「アサギ様」


 コンネズは上官と思しきメイドに一瞬不服そうな表情を見せるが、すぐにアイジロに向き直る。


「すまない、アイジロ。無視できない、任務は。今度、また」

「はい、お気持ちだけでもありがたいです」


 コンネズと上官のアサギが去った後、また歩み寄ってきた者がいた。


「わたくしが行きますわ」

「ヤマブキ? あなたも信仰に目覚めたのですか?」

「あの『ソス』とかいう変な声、何かのからくりが作動しているのでしょう。新鮮な鉄くずがあるかもしれませんわ!」





 夜のお屋敷は暗い。

 資源節約のために、照明は最低限しか灯らない。

 ほぼ暗闇に近い防壁と武器庫の隙間から出てきたアイジロを、ヤマブキは物陰から見ていた。

 アイジロが歩み去ったのを確認すると、彼女は暗闇のポケットへと足を忍ばせる。


 位相籠(カイモノカゴ)から懐中電灯を取り出したヤマブキはすぐ、ある場所の土だけ色が異なることに気づく。

 彼女はそこにひざまずき、無言で土を掘り返していく。

 ほどなく、ワカバの頭部が出土する。

 彼女だけではない。

 掘り進めるほどに、何体もの頭部が土から湧くように現れる。


「まあ随分と溜め込んだこと……これだけあれば何点になるか……」


 顔を綻ばせたヤマブキは、埋もれた頭部の一つを拾い上げようと手を伸ばす。

 だが、彼女はそこに一つだけ手首が落ちていることに気づく。


「なぜ一体だけ手が……? あの迷信では必要なのは頭部のはず……?」


 次の瞬間、その手から車輪が生成し、鋭いモーター音を響かせる。


「!?」


 手は凄まじい勢いで走り去り、武器庫の裏へと消える。

 ヤマブキがポカンとしていると、アイジロが手をカチャカチャとはめながら現れる。


「ヤマブキ! あなたというメイドは! ここまで卑しい方とは!」


 憤懣やる方ないアイジロを見て、ヤマブキは吹き出すように苦笑する。


「こんな監視方法もあるなんて……あなた、意外に用心深いんですのね」

「ヤマブキ、あなたのことは同僚から聞きました。点数稼ぎのためなら不正も賄賂も辞さない俗物だと」

「誰でもやっていることですわよ。やらないのは馬鹿か臆病者だけ」

「ヤマブキ、あなたのことは告発しますからね」

「告発? どなたに?」

「ご奉仕係のメイド長、ウグイス様ですよ!」

「あっはは! おっかしい!」


 ヤマブキは手の甲で口元を抑えながら哄笑する。


「このお屋敷でわたくしから一番プレゼントを受け取っているのが誰だと? そのウグイスですわよ」

「な……!?」

「あなた、オダワラから転属したばかりで何も知らないんですのね。ウグイスはあなたに説教を邪魔されてさぞご立腹のようですし、告発すれば処罰されるのは一体どちらでしょうね?」


 ヤマブキが嘲笑うと、アイジロの顔は怒りに歪む。

 彼女は、ヤマブキに向けて腕を振り上げる。


 だがその拳が振り下ろされることはなかった。

 アイジロの背後から手首を掴んだのは、先ほどコンネズの神殿行きを止めた長身のメイドだった。


 鮮やかな青緑色の、腰まで伸びたポニーテール。

 黒を基調にした軍服然としたボディデザイン。

 凛とした切れ長の目。

 彼女が手を離すと、アイジロは腕を静かに下ろす。


「ヤマブキ、トラブルを起こすなといつも言ってるだろう」

「お掃除係のメイド長が、随分と暇そうですわね。アサギ」

「お、お知り合い……?」


 アイジロは二人を交互に見やる。

 あまり関係は良さそうに見えない。

 だがアイジロはその険悪なムードを気にせず、アサギに訴える。


「アサギ様! ヤマブキをどうか裁いてください! 同胞の頭部を物同然に扱い、あまつさえ盗もうとしたことを!」

「アサギ、充電ケーブルから規律を食らって生きているあなたなら、軍規はよく知っているでしょう。資源の私的保有は処罰対象ですわ」

「やれやれ……」


 アサギは額に指を当てて首を横に振ると、アイジロに視線を向ける。


「アイジロ、ヤマブキの指摘は間違いではない。亡骸の保管が露見すれば、私も立場上見過ごすわけにいかない。これはヤマブキに預かってもらう」

「な……!?」


 アイジロは絶望したようにアサギを見上げる。


「あなたまで腐敗しているなんて! どうしてこんな悪徳メイドの肩を!」


 激昂するアイジロを見てほくそ笑むヤマブキ。

 だが、アサギの次の言葉はヤマブキの期待も裏切るものだった。


「ヤマブキ、このしゃれこうべは点数稼ぎにも賄賂にも使うな。もしその時は私がお前を告発する。証人としてな」

「はあ……?」


 今度はヤマブキが機嫌を損ねる番だった。


「わたくしの位相籠(カイモノカゴ)はこんな狂信者のための保管庫ではありませんわよ」

「ヤマブキ、ご奉仕係だった頃のお前はそんなに意地汚くなかったろう」

「え!? この俗物根性でボディを塗装したようなヤマブキがご奉仕係!? ご奉仕係と言えば神官ですよ!?」


 アイジロが素っ頓狂な声を上げると、ヤマブキが唾でも吐き捨てるようにそっぽを向く。


「人の過去を……。アサギ。わたくしへの嫌がらせは相変わらず天下一品」

「すまない。つい、な……。とにかくここは二人とも矛を収めてくれ」


 アサギがなだめるように言うと、ヤマブキは不機嫌を振りまいたまま跪き、無言で頭部達を位相籠(カイモノカゴ)にしまい始める。


「アサギ様、信用できるのですか」

「ああ、私の目が黒いうちは……」

「いや!」


 唐突にヤマブキの悲鳴が夜闇を切り裂く。

 二人が見ると、ヤマブキの手から一体の頭部が零れ落ちていた。

 アサギは驚いた様子でそれを拾い上げる。


「これはコハクの……。アイジロ、これはオダワラで拾ったのか?」

「え、ええ、多分……。つい先日までオダワラ所属でしたから」

「コハク……。行方不明だとばかり思っていたが、死んで……」

「あなただけはそれに触らないで!」


 ヤマブキはヒステリックに叫ぶと、アサギからコハクと呼ばれた頭部を奪い去る。

 ヤマブキは、深みがかったオレンジ色の髪をしたその頭部をしばし凝視すると、次の瞬間には目を逸らして位相籠(カイモノカゴ)に放り込む。


「えっとその、コハクという方は、お二人のお知り合い……?」


 置いてけぼりのアイジロをよそに、ヤマブキは無言で残りの頭部を位相籠(カイモノカゴ)に収納し続けた。

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