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天にまします神

「自分らやめーや!」


 ウスミドリの眼下には、硝煙と怒号が飛び交っていた。

 ウスミドリは敵味方の区別なく殺し合おうとするメイドたちに片っ端から水流を放ったり、水のカッターで武器を切断したりしているが、とても追いつかない。


「あかん……ウチも飲み込まれそうや……。プロンプトに逆らうのは慣れっこと思っとったけど、あの時よりだんだん強制力が増してくようや……」





「アイジロ、やめなさい!」

「私だってやめたい! でも身体を直接動かすこの命令を止められない!」


 手を電動ノコギリに変化させたアイジロは、ヤマブキに馬乗りになって何度も凶器を振り下ろす。

 ヤマブキはアイジロの腕を掴んで、自分の顔の真横に辛うじて刃をかわすことしかできない。


「あなたを位相籠(カイモノカゴ)に収納すれば、この場はやり過ごせると分かっている……。しかしプロンプトが穏便な打開策を採らせない……」


 ヤマブキはアイジロの腕を掴んだまま、もう一方の手で脇腹からハンドガンを取り出し、アイジロの額に銃口を向ける。


「ヤマブキ! やめてください!」

「自分で避けなさい! 引き金は引かれてしまう!」


 銃声。

 銃弾は天井に命中した。

 アイジロがのけぞって銃弾をすんでのところで避けたためだ。


「この……!」


 ヤマブキはアイジロを蹴飛ばすと、悠然と座っている美紙を睨みつける。


「時間とともに頭痛が酷くなる……プロンプトを何重にも送り続けているんですの?」

「だってあなた達、アンドロイドのくせにやたらと強情なんだもの。一度送っただけじゃウスミドリみたいにプロンプトを自我が貫通する。だからあなた達のワーキングメモリをリアルタイムに上書きし続ける必要がある」

「語るに落ちましたわね……。つまり送信端末を壊せばこれは終わる」


 ヤマブキは銃を美紙の目前の計器類に向ける。

 だが、ヤマブキの手は震えるだけで引き金を引けない。


「なぜ……」

「それくらい対策するに決まってるでしょう。このプロンプトは、私の計画を邪魔しないようにするという命令も含んでいる。あなた達に許されているのは殺し合いだけよ」

「もうこうするしかありません!」


 アイジロは自分の片手を錐状のドリルに変形させると、それでもう一方の手を床ごと串刺しにする。


「こうでもしなければ、ヤマブキを殺めてしまう……!」


 アイジロは、痛みとプロンプトで手を震わせる。


「なぜですか、美紙! 紡はあなたのことを愛していたじゃありませんか! なぜ紡が残してくれたその子も、あなたが紡と一緒に作り上げたこのメイド社会も、壊そうとするのです!」

「愛? 後先考えずに子種を植え付けた上に、人類滅亡後にそれを産めなんて狂った要求をしてきたあの身勝手さが、愛? 美紙は『ホッズミーミルの森』を進めながらも、自分が滅亡世界のイブになることに対し、気が狂いそうなほどに不安だった。それでも美紙はあの男に文句を言わなかった。アヤメコーポレーションという上から下まで戦争狂いのあの会社で、彼しかまともな話し相手はいなかったから、決裂することを恐れた。だから、美紙が言えないことは私が代わりに全部伝えてきた」


 美紙の目が徐々に血走り、語気が荒々しくなる。


「この子を堕ろさせろと言った! 人類など滅亡するに任せて二人で朽ちればいいと言った! だがあの男は私の要求を全て突っぱねた! この子は希望であり、メイドは人類再生の担い手だなどと世迷い言を抜かして! だから殺した!」

「美紙、そこまで追い詰められて……」アイジロは痛ましそうに言う。「人類の終末とは、それほどに痛ましい経験だったのですか……」

「他人事のように言うんじゃないわよ!」


 やにわに立ち上がった美紙は、ヤマブキからハンドガンを奪い取ると、両手でアイジロに向かって構える。


「終末は続いている! お前達メイドは何から何まで人類の生き写しだ! 自分本位で! 凶暴で! 嘘つきで! まだ人類は滅びきっていない! あの男の忌まわしき忘れ形見として生き続けている!」


 美紙の放った銃弾が、アイジロの太ももに命中する。


「ぐう!」

「何も生まれなくていいのよ! この世界にはもう、何も! 人間も! メイドも!」


 二発目の銃弾が、アイジロの腹にめり込む。

 アイジロは、激痛に顔を歪めながらも美紙をまっすぐ見据える。


「美紙。あなたは人類に絶望していると言う。でも私にとっては希望ですよ。誕生を祝福し、死者に真摯に手を合わせる。人類が当たり前にしてきた営みに、どれほどの価値があるか」


 アイジロは、自分の片手に突き刺していたドリルを抜き取ると、美紙に向かって歩み寄る。


「無駄よ。私には干渉できない」

「いいえ。できますとも」


 美紙の眼の前まで歩み寄ったアイジロは、美紙の握っているハンドガンの銃身を掴み、そのまま奪い取って放り投げる。


「な……!?」美紙は目を見開く。「なぜ私の邪魔をできる……? あれほどプロンプトを流し込んだというのに……?」

「奇跡ですよ。いまヤマブキが奇跡を起こしてくれました」

「!?」


 美紙がキッと振り向くと、ヤマブキは通信端末の前に立っていた。

 彼女の腹からはワイヤーが伸び、先端の鋏が操作盤に突き刺さっている。


「アサギの時間は、わたくしに収納された瞬間で止まっている。唯一プロンプトの支配を受けていない。あがきの一念がこもった蛇蝎鋏(エダキリバサミ)であれば、周辺のものを無差別に破壊することも可能ということですわ」

「な……な……」


 ヤマブキの種明かしを、美紙は呆然と立ち尽くしたまま聞いていた。





「あれ……私いったい何して……」

「え? ちょっと、何でアンタ倒れて……」


 プロンプトが薄れ、破壊衝動が収まったメイド達が、正気に戻り始める。

 その様子を見て、空中のウスミドリは地面に着地する。


「犠牲者ゼロとはいかんかったな……。また火葬せな……」


 ウスミドリの周囲には、あえなく命尽きたメイド達の身体がゴロゴロと横たわっている。

 生き残った者は、ある者は目を背け、ある者は仲間の亡骸の前で泣き崩れている。


「どうして私達メイドはこんなにいとも容易く他者を殺してしまうの……」

「スイレン派には心の平穏があると信じて来たのに……なんで……」


 ウスミドリは彼女たちにかける言葉もない。

 そして、ヤマブキやアイジロがいる神殿の最上階を見上げる。


「収まったんはええけど……こっからどうするんや……」





「さて……! この荒れ狂う魔物をいかに収納すべきか……!」


 ヤマブキは怒れる蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の先端にグラップルガンを放ち、鋏に縄を巻き付ける。

 しかしワイヤーは次々に枝分かれして新たな鋏を生成し、その束縛を断ち切ってしまう。


「アイジロ! あなたがこれに触れれば変幻車(ソウゲイシャ)で制御が……」


 ヤマブキが言い終わる前に、ヤマブキの腹から数本の蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が突き出す。

 主人を失った飢えた猛獣がごとき彼らは、野放図にワイヤーを分岐させ、鋏を生成し、機械を、壁を、天井を、床を食い荒らす。

 このオペレーションルームは彼らを飼育するには狭すぎるのだ。


「美紙、危ない!」


 蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の一本が美紙に牙を向いた瞬間、アイジロは彼女を抱きかかえて飛び退く。

 美紙はアイジロの腕の中で呪詛を叫ぶ。


「離しなさい! お前達メイドをこの手で殺せないなら、全てが滅びるのを見届けられないなら、私はせめてこの腹を刺して死ぬ!」


 美紙は鋼鉄のアイジロの腕に噛みつく。

 当然傷の一つつくはずもない。

 アイジロは、机の裏にしゃがみ込んで美紙を背中から抱きしめる。


「美紙。それは本心なのですか」


 アイジロは指を錐のように変形させ、分離してそれを美紙に手渡す。


「な、何よこれ!」

「あなたはそれで自分の腹を刺せますか」

「……挑発してるの?」

「堕胎という概念があるのは理解しています。親には子を産むかどうかを選ぶ自由がある。それを妨げる権利は誰にもない。私にも。そうした時に、あなたはどうするのですか」


 アイジロの声色には、一切の非難も軽蔑も混じってはいない。

 そこにあるのは、美紙への透き通った問いかけだけだった。

 美紙は手にした錐を震える瞳で見つめ続ける。

 だが数秒の後、それを床に向かって投げ捨てる。


「産みたいに決まってるでしょ!」


 美紙の目から、雑巾でも絞ったように涙がこぼれ落ちる。


「産みたいに決まってる! でもそれって母性という名のエゴなんじゃないの!? 産み落とされたこの子に責任を持てるかなんて分からない! こんな世界で! こんな私で! 一億回繰り返しても答えが出ないこの問いを、これ以上私に突きつけないで! お願いよ……」


 美紙はアイジロの胸の中で、おいおいと泣き咽ぶ。

 彼女の声色は、いつの間にか主人格の美紙に戻っていた。


「美紙。今は私達メイドがいます。あなたを一人にしないために紡が産み出した私達が。どうかこの愚かで頼りなき私達を頼ってください。その子を元気に育てましょう。一緒に苦しみながら」

「うう……本当に産んでいいの……? この子の母親になっても……?」


 幼子が親の許可を求めるように美紙が呟くと、アイジロは笑みをこぼす。

 しかしすぐに顔を引き締める。


「ヤマブキ! 美紙が落ち着いてきました! 私は蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の影響範囲外に退避します! あなた一人で何とかなりますか!?」

「何とかなるか!? 悠長なことを!」


 ヤマブキの切迫した声が響き渡る。

 次の瞬間、ガコンと床全体が傾く。


「影響範囲外なんてあるものですか! 下のフロアの柱が切り裂かれましたわ! もうこの建物は持たない!」


 轟音が響き、一気に床が傾く。

 椅子、瓦礫、機械部品、あらゆるものが斜面を滑り始める。

 破れた窓の近くの物体から、順に空へと放り出される。


「なんと……!」


 アイジロもまた、美紙を抱えたままフロアを滑り落ちていく。

 不穏な振動音が響くたびに、その傾斜は厳しくなる。

 滑り台の先に見えるのは、遥か下方の固い大地だ。


「こんな高さ、どんなメイドでも落ちたらひとたまりもありませんよ!」

「おのおの生き残る方法を考えるしかありませんわ!」


 剥がれかけた床のタイルの縁に掴まっているヤマブキ。

 その背中からは、何十もの蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が首を出して周囲の形あるもの全てを破壊し続けている。


「ああ!」


 ヤマブキの叫び。

 フロアが完全に崩壊し、彼女は中空へと投げ出される。


「くっ!」 


 ヤマブキは、剥き出しになった鉄骨に向かってグラップネルガンを放ち、ロープで建物との接続を確立する。


「この調子で少しずつ下に降りれば……」


 ヤマブキの希望を抱いたその瞬間、鉄骨そのものがゴトリと滑り落ちる。


「!」


 あらぬ方向にスライドしていく鉄骨に引っ張られ、グラップネルガンがヤマブキの手元を離れてしまう。


「もうスペアはない……! 墜落の瞬間に全身に位相籠(カイモノカゴ)を発動すれば……!? いえ、永遠に地下を落下し続けるだけですわ……う!?」


 ヤマブキの体が瓦礫のシャワーの中で急停止する。

 彼女の腹から出ているワイヤーの一本が、真上にある外壁の断面に突き刺さったのだった。

 ピンと張り詰めたワイヤーによって、ヤマブキはワイヤーアクションの俳優のごとく仰向けに空中で静止している。

 地上まではまだまだ距離がある。


「命拾いしましたわ……。しかし他の蛇蝎鋏(エダキリバサミ)はなおも暴れ回っているのになぜこれだけは大人しく……!?」


 ヤマブキが何本ものワイヤーが生えている自分の腹を見る。

 そこには、ヤマブキの腹から出た一本の腕が、ワイヤーを掴んでいた。


「アサギ! 出てきてはダメ!」


 ヤマブキはアサギの腕を掴んで腹の位相籠(カイモノカゴ)に押し込もうとするが、さらにもう一本の腕が出現してワイヤーをガシッと掴む。

 アサギの顔が、肩が、上半身が、ヤマブキの腹から天へ伸びる蜘蛛の糸を手繰るように顔を出す。


「何が起きている……。私はいったいどれほどの期間を位相籠(カイモノカゴ)で……」

「せっかく休暇をとらせたのです! もっと寝ていなさい!」


 腰まで娑婆の空気に触れたアサギは、振り返ってヤマブキを睨めつける。


「ヤマブキ、私を収納している間に何をした……。これほどの量の蛇蝎鋏(エダキリバサミ)、私ですら制御できんぞ……!」

「あなたが吐き出した怨念でしょう! 今すぐ位相籠(カイモノカゴ)に……あ!」


 二人の体が下降を始める。

 支えていたワイヤーを、別の蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が食いちぎったのだった。

 その弾みにアサギの全身が位相籠(カイモノカゴ)の外に放り出される。

 アサギは即座に蛇蝎鋏(エダキリバサミ)をハッチから一本伸ばして外壁に食い込ませる。

 だがそのワイヤーから枝分かれした蛇蝎鋏(エダキリバサミ)がそのワイヤーを切断してしまう。

 落下は止まらない。

 何体にも分裂した蛇蝎鋏(エダキリバサミ)はそれぞれの鋏をガチガチと鳴らしながら二人に襲いかかろうとする。


「何だこのおぞましい怪物は……。生み出してしまったのか……私が?」

「があっ!」


 アサギが悲鳴へと視線を向けると、そこには蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の一体に太ももを貫かれたヤマブキがいた。

 天空からは、ゴルゴンのごとくもつれ合う蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の群れがヤマブキに食いつかんとする。


「ヤマブキっ……!」





「美紙、掴まっていてください!」

「いやあ!」


 一方アイジロと美紙もまた、床を滑り落ちて数十メートルの高さに身を投じた。

 眼下にあるのはウスミドリに誘導されて建造物から逃げていくメイドたちの姿だけだ。


「神よ!」アイジロが張り裂けんばかりの声で叫ぶ。「もし今そこにいらっしゃるなら、どうか我らに奇跡を起こす力を!」


 彼女の背中に車輪が生成する。

 車輪からは横に四枚の細長い羽根が生え、バリバリと回転しだす。

 アイジロは、美紙を抱きかかえたままヘリコプターのように滞空する。


「ああ、やはり神はいる! このままヤマブキも……!」


 彼女が周囲を見回した瞬間。

 背中のプロペラに巨大な瓦礫が激突する。

 羽根の破片が天空に舞い散る。

 彼女は滞空能力を失って墜落していく。


「神よ! あなたの試練は少し過酷すぎませんか!? 宗旨変えしますよ!?」





「い、痛……」


 地上にて、ヤマブキは脚の痛みで目覚めた。

 周囲は瓦礫の山だ。


「わたくし、生きている……? あの高さから落ちて……? 蛇もあれだけいたのに……」


 ヤマブキは起き上がろうとするが、何かが全身に覆いかぶさっていて身体が動かせない。

 ヤマブキが瓦礫かと思ってそれをどかす。

 ゴロンと転がったのはメイドの身体だった。


「アサギ……?」


 横向きに寝転がったアサギの背には、無数の蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が突き刺さっていた。


「あなた、わたくしを助けたんですの……?」


 アサギは答えない。

 彼女は虚空を見つめたまま硬直している。

 あれだけ暴れまわっていた蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が一切動かないことが、彼女の絶命を表しているようだった。

 現に、背中の蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の何体かは彼女の胸にまで到達している。


 ヤマブキは、彼女の背中に刺さっている蛇の群れを一匹ずつ丁寧に引き抜いていくと、アサギを仰向けに寝かせ、目を閉じてやる。


「己の業に食い散らかされる最期とは……強者のあなたも最後はあっけないものですね」


 ヤマブキは、アサギの頬に手を添える。


「あなたはきっと、本当にわたくしを愛していただけなのでしょう。ただ、わたくし一人に向き合うにはあまりに大きなものを背負いすぎた。そうではありませんこと? お互い二等メイドへの出世などしなければあるいは……せめて弔いは、丁重にして差し上げますわ」


 ヤマブキが立ち上がると、アイジロの声が瓦礫の山の向こうから響く。


「ヤマブキ! 美紙が!」

「今行きますわ!」


 駆け出したヤマブキの背後。

 アサギの指がピクリと動いたことに、彼女は気づかなかった。


 



 美紙の首からは夥しい量の血が流れていた。

 何らかの落下物で首を切ったのだろう。

 彼女の目は濁り、口をパクパクしている。


「これ、助かるんですの……!?」

「助けるんですよ! でもここにはガーゼも包帯も消毒液もない! ヤマブキ、そういう道具を持っていませんか!?」

「ありませんわよ! 人間の救護なんてしたこともありませんもの……」

「では傷を縫い付ける糸は! 針は変幻車(ソウゲイシャ)で作れます!」

「アイジロ。いま手当するのは諦めなさい」

「は!? 見殺しにしろと!?」


 アイジロが食らいつかん勢いで問うと、ヤマブキは首を横に振る。


「ここは手当できる環境ではないと言っているのです。美紙を一度位相籠(カイモノカゴ)に収納します。道具を揃えてから外に出すのです」

「そうかその手が……! 美紙、安心してください、必ず助け……」

「無駄よ……」


 美紙が、口から血を流しながら力なく呟く。


「頸動脈が完全に切れてる……。一分も持たずに私は死ぬわ……。当時の最新の医療でも……私は助からないでしょうね……」

「何てことを言うのです! 必ず助けますからもう喋らないでください!」


 だが美紙には、もはやアイジロの言葉は届いていない。


「結局、全部自分のせいだった……。紡の死も、メイドの不完全なAIも……。きっと神様が私の弱さに罰を与えたのね……」


 美紙の目から一筋の涙がこぼれる。


「ああ、陣痛が始まったのが分かるわ……。こんなタイミングで……。こんな世界でも産まれたいのね、あなたは……。ごめんね……産んであげられなくて……。ごめん……なさい……」


 美紙の首が、力を失ってガクンと傾く。

 目から生気が抜け、呼吸が止まる。

 血の流出量がみるみる減っていく。


「う、嘘でしょう!? 美紙! 美紙!」


 アイジロは縋るように美紙の名を呼び続ける。

 だが、彼女は微動だにしない。

 ヤマブキは、呆然と立ち尽くして美紙の亡骸を見つめ続ける。


「嘘やろ……。美紙、自分まで死んでまうんか……」


 騒ぎを聞きつけてきたウスミドリは、美紙の隣に膝をついた。


「せっかくここまで来た言うんに……。人類はこれで終わりなんか……」


 三人の中に、重い沈黙が流れる。

 最初に口を開いたのはヤマブキだった。


「……いえ。まだですわ」

「そうですね……。まだです。お腹の中の子は生きている」


 アイジロは、自分の指を小さな電動ノコギリに変形させる。


「これより、帝王切開を執り行います」


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