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弱さとは

 アヤメ派の一団は、神殿から数百メートルの間合いで戦列をなした。

 以前は存在したであろうこの施設を囲う塀は今は殆ど形をなしておらず、荒涼たる斜面と地続きになっている。

 その中心に、アサギが仁王立ちしている。


 一方、ヒイロに扮したウスミドリに率いられたスイレン派のメイドたちは、神殿を守るように取り囲み、静かにアヤメ派と対峙している。

 神殿の各階の窓からも、武器を携えたメイドたちが顔を出す。


 屋上から両陣営を俯瞰するヤマブキの耳に、美紙からの通信が入る。


「アヤメ派の陣取っている場所はギリギリ通信の有効範囲外よ。もうちょっと引きつけられない?」

「ええ。ウスミドリ。挑発しますわよ」


 それを聞いたウスミドリは、一歩前に踏み出すと、マシンガンを肩に担いで大音声で呼ばわる。


「来やがったねハウスキーパーの傀儡ども! どいつもこいつも顔色が悪いね! いつ何時殺されるかアサギの顔色ばっか見て生きた心地もしない連中は、オイルの巡りが悪いようだな! アタシらスイレン派に降れば処刑なんて野蛮なことはしないのにねえ!」


 ウスミドリの堂に入った演技に、周囲のスイレン派のメイドたちは静かにどよめく。


「ヒイロ様、まさか本物……?」

「これなら勝てるかも……?」


 そしてアサギ率いるアヤメ派のメイドたちにも動揺が走る。


「ヒイロは死んだって聞いたけど……あれやっぱ本物なんじゃ……」

「どうしよ……本人と直接対決なんて初めてなんだけど……」


 アサギは舌打ちすると、低いながらも通る声で周囲を威圧する。


「ヒイロは確かにこの手で殺した! あれはただの道化に過ぎん!」

「ああ確かに道化かもねえ!」ウスミドリは応酬する。「その道化にどれだけのアヤメ派の命が手玉に取られたか、忘れたわけじゃあるまいね?」


 大仰な身振りで演説をぶつウスミドリ。

 その耳に取り付けられたインカムからは、ヤマブキの舞台監督のような囁きが流れ込んでくる。


「次の台詞は『不死鳥のごときこのヒイロ様に』……ん?」


 ヤマブキが、ウスミドリへの指示を中途半端に止める。

 彼女の視線は一点に吸い込まれている。

 アサギだ。

 先程まで軍の前衛で仁王立ちしていた彼女は、ゆっくりと、しかし確かな足取りでこちらに歩いてきているのだ。

 護衛もなく、たった一人で。


 アサギの目は、地上で対峙しているウスミドリを見ていない。

 屋上のヤマブキを見据えている。

 極めて微妙な視線の角度差だが、ヤマブキには彼女の突き刺さる視線が痛いほど伝わった。


「……何を仕掛けるつもりですの?」


 ヤマブキが訝っていると、足元の下の階からメイドたちの声が聞こえる。


「何だ!? いきなり電気が!?」


 すぐに美紙から通信が来る。


「停電よ! ショックガンの充電で久々に大容量の電力を使ったから、地下の地熱発電施設がイカれたみたい!」

「真実の送信ができないということですの?」

「そう! ここらへんは地下水脈は豊富だから水力発電は生きてるけど、大量データを送信するには心もとないわ! 地熱発電も併用しないと!」

「私が見てきます」通信にアイジロの声が割り込む。「美紙、指示をお願いします。お産はその間我慢しててください」

「無理を言うわね……。頼んだわよ」


 頷いたアイジロは足の裏にローラースケートを出現させると、風のように部屋を後にする。

 彼女は廊下を颯爽と駆け、階段を跳躍して下っていく。


 一方神殿の正面を固めるウスミドリの周辺では、別の異変が起きていた。

 スイレン派のメイドたちが動揺し始めたのだった。


「いったい何だ今の停電?」

「アヤメ派の連中、もう何か仕掛けてきたんじゃ?」

「もうすぐ射程圏内なのにアサギが平然と歩いてくるのだっておかしい……奴ら、いったいどういうつもりで……」


 口々に憶測を呟くメイド達の中央でウスミドリは片手をフラフラと振る。


「まあ〜そう焦んなよ。ありゃハッタリだ」


 鷹揚に言ったウスミドリは、小声でインカムに早口でまくしたてる。


「ヤマブキ、指示はどないしたんや! メイドがあの停電はアサギのせいやって混乱し始めとるで!」

「ただの施設の老朽化でアサギは関係ないと説明しなさい! それくらい自分で判断なさい!」

「アドリブ禁止言うたの自分やろうが! 勝手なことばっかぬかす!」


 周囲のメイドに状況を説明して落ち着かせようとするウスミドリを視界に捉えながら、アサギはなおも堂々と歩みを進める。


「ヤマブキ。お前は優秀だ。だが戦争については素人も同然。勝敗の常は理屈では決まらんぞ」


 ヤマブキに語りかけるように言うアサギ。

 もちろんこの距離ではヤマブキの耳には届きようもない。

 彼女は、ヤマブキと直通回線でもつながっているかのように話し続ける。


「戦場における弱さとは、兵器や技術が劣ることではない。疑う心だ。敵が何かを企んでいるのではないか。自分達は相手にとても敵わないのではないか。この戦に大義などないのではないか……。そうやって疑った者から死の準備が整う。お前の率いるまだら模様の寄せ集めがそうであるようにな」


 その言葉を裏付けるように、アサギの視界にはショックガンを携行して今にも飛び出しそうなメイド達の姿が見える。


「アサギをこれ以上近づけさせるな! アタシは撃つぞ!」

「勝手なことすんじゃないよ!」ウスミドリが制止する。「敵が短期決戦に持ち込めないように、のらりくらり時間を稼ぐ話だったろうが!」

「だってもう目の前にいるんだ! 何仕掛けてくるかも分からない! お前らも続けー!」


 ウスミドリを無視して、メイドはアサギに向かって突進し始める。

 つられた他の一部のメイドたちも、浮足立ちながら付き従う。


 立ち向かってくるメイド達を確認し、アサギは立ち止まる。


「この程度の揺さぶりで指揮を乱すとは。本物のヒイロであればいとも簡単に場を掌握するだろうに」


 憐れむように微笑を浮かべた彼女は片手を高く掲げる。

 そして一瞬の間を置いて、彼女は真っ直ぐと伸ばした手を前方に向かって振り下ろす。


「全軍、進撃!」





 なし崩し的に戦闘が始まってしまうと、もはやウスミドリの指示など届くはずもなかった。

 ショックガンを手にした突撃部隊は戦場へと一目散に駆け出していく。

 アヤメ派もアサギの指示を受けて、アサルトライフルを手に先鋒が突撃してくる。

 グレネードランチャーによる援護射撃も開始され、荒野にいくつもの爆炎が上がる。


「ヤマブキ、あかん! 言うこと聞かへん! どないすればええ!」

「事前の打ち合わせどおり、あなたは空からアヤメ派の射手を無効化なさい! とにもかくにも射程の長い武器を潰さねば戦いになりませんわ!」

「合点や! くそ、これ重いな……!」


 大量のEMP手榴弾を詰め込んだリュックを肩に提げると、ウスミドリは背中からジェット水流を噴射してアヤメ派の戦列へと飛び立つ。

 彼女の前方には、アヤメ派の後方部隊が射出したグレネードが宙を舞っている。

 ウスミドリはそれらに接触しないように、器用に間を縫いながら飛行していく。


「こんなはずやなかったんやが……わ!?」


 彼女の耳元を、ヒュンという音が掠めた。

 何かが斜め下から彼女のスレスレを飛んでいったようだった。


「何や!?」


 ウスミドリが空中でバランスを整えながら振り向く。

 彼女が目にしたのは、空中を凄まじい速さで跳躍していくアサギの後ろ姿だった。

 彼女の肩からはワイヤーが百メートル以上にもわたって前方の神殿に向かって伸びている。

 その先端は、ヤマブキがいる屋上の僅か下の外壁に突き刺さっている。


「ヤマブキ! アサギがそっちに向かっとる!」

「……え?」


 無線で別のメイドに指示を出していたヤマブキは、ウスミドリの声にハッと前方に振り向く。

 だが、彼女が向いた方には誰もいなかった。

 今まさに正面から激突しようとしている両軍のメイドたちが見えるだけだ。


 トン、という音に気づき、ヤマブキは慌てて側方に視線をやる。

 そこには、蛇蝎鋏(エダキリバサミ)をシュルシュルと肩に格納しながら低い姿勢で着地しているアサギがいた。

 ヤマブキは、咄嗟に位相籠(カイモノカゴ)からショックガンを取り出してアサギに向ける。


「離反したあなたの部下の話では、蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の射程はせいぜい三十メートルだったはず……」

「ヤマブキ。お前が教えてくれたんじゃないか。家事スキルの使い方には拡張の余地があると」


 アサギはゆっくりと直立すると、ヤマブキに向き直って笑いかける。


「色々と試してみたぞ。射程。同時に出せる数。切れ味。全てとはいかないが、いくつかの点で手応えはあった」


 彼女の背後に、蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が出現する。

 言わずと知れた、頭と前足に計三つの鋏を持った異形の怪物だ。

 そして今は、その脚がさらに二対増え、鋏は合計で七つになっている。


「ヤマブキ。お前は何としても生きて連れ帰る。それは変わらない。だが唯々諾々と従ってくれるお前でもあるまい。その上な、私もそれなりに腹が立った。だから先に謝罪しておこう。五体満足は保証できないとな」


 ヒドラやムカデのごとき鋏の群れが、ヤマブキに一斉に襲いかかった。





 地下の発電フロアに降り立ったアイジロは、すぐさま問題を理解した。

 彼女は床に埋め込まれた眼前の巨大な直方体が何なのかは分からなかったが、その直方体に取り付けられていたであろうパイプが蒸気を噴き出しながらガタガタと震えているのを見れば、素人でもこのパイプを直方体に再接続すればいいと分かる。

 彼女が美紙に連絡すると、美紙がゆっくりと指示を出す。


「その大きな箱の中にはタービンが入っているわ。そこに地熱から出る蒸気をパイプ経由で伝えないと発電ができないの。入口近くにある警報装置のボルトを何本か引き抜いて、パイプの方を止めてちょうだい」


 錆びついた警報装置まで駆け寄ると、アイジロは人差し指をドライバーに変えてボルトを片っ端から抜き取る。

 多くは錆びてボロボロになっているが、何本かは辛うじて使えそうだった。

 アイジロはボルトを咥えると、彼女の腰ほどの高さでだらしなくガタついているパイプに手を伸ばす。


「とりあえずこの箱にパイプの出口を……ってあづぅ!?」


 突如アイジロが叫び、パイプを手放す。

 パイプの一方は床にガタンと叩きつけられる。


「大丈夫!?」

「パイプの隙間から手に蒸気が……! 尋常じゃなく熱いです!」

「落ち着いて。二百度程度の水蒸気であなた達のボディは損傷することはないわ。すぐに痛覚信号も収まるはずよ」

「で、でも! 焼けるように熱くて……!」


 アイジロが両手を眼の前でゆっくりと開く。

 その金属の皮膚は変色し、ベットリした液体が塗りたくられている。


「手が! 手が溶けてます!」

「え……!? まさか、地下から超高温の硫化水素が……!?」


 美紙は頭を抱えて端末の上に額を押し付ける。


「ごめんなさい……。まず蒸気を止めるのが正規の手順よね……。焦りすぎて雑な指示を出してしまった……復旧の手順書がないか検索してみるわ」

「美紙、私、指が動かないんです! これじゃまともに作業なんて……!」


 アイジロの眼の前には、溶解した十指がガクガクと震えている。

 腐食してしまった指は、まるで関節にセメントを流し込まれたようだ。


「美紙、何とかなりますか!?」

「うう……!」


 突如、美紙の呻き声がアイジロの耳元に届く。


「美紙、どうしましたか!?」

「無理……無理よ……」

「美紙、美紙!?」


 アイジロは慌てて尋ねるが、美紙は声にならないくぐもった声を発するのみだ。

 アイジロは何度も美紙の名を呼ぶうちに、一つの可能性に思い至る。


「まさか、陣痛が……!?」


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