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野合の宗派

「アイジロ! あなた正気ですの!?」

「ヤマブキこそ! やはりあなたは度し難い!」


 神殿という名の朽ちた研究施設で、ヤマブキとアイジロは早速口論を繰り広げていた。


「二時間後にはアサギが軍勢を率いてここにやってきますわよ! 武力衝突は避けられない! それを、戦闘は避けたいなどと寝言を!」

「私は平和裏に真実を伝播できる方法があると信じてここにやってきました! 殺し合いをしに来たわけではないんです!」


 オペレーションルームの計器類を片っ端から動作確認している美紙は、その手を止めずに二人の論争に割って入る。


「さっきも説明した通り、広域通信網がイカれてるわ。本来なら数十キロに通信できるはずだけど、今は数百メートルが限界」

「そんなはずは」アイジロが言う。「私達が『ソス』……SOSのメッセージを受け取った時、この神殿から数キロは離れてましたよ?」

「SOSみたいな単純な信号を一人二人に届けるならともかく、ホッズミーミルの森の計画書とメイドの学習データの切れ端という膨大な記録を不特定多数に通信するとなると、その距離は実現不可能よ」

「つまり」ヤマブキが言う。「アサギの手勢を精一杯引きつけなければ真実の通信はできない」

「ええ。しかも帯域が貧弱すぎて、この程度のテキストデータの転送完了に三十分かかる。半径数百メートル以内に敵意に満ちた集団を一時間留めおく手段を考えないといけないの」

「それはつまり短期の籠城戦と同義。アイジロ、理解できまして?」

「理解はできますよ。しかしまたメイドが死ぬ!」

「どうしてそこまで病的にこだわるのです!」

「私自身が殺してしまったからですよ! コハクを!」


 アイジロの声がオペレーションルームに反響する。


「製造されてこの方、メイドを殺してしまったのはあの一度だけです。しかもあのあまりにも無惨な死に方。私はもう誰も殺したくない」

「……」

「例の記録によれば、ショックガンのような非殺傷兵器も人類時代の残滓として各拠点に残されているはずです。あなた方お二人は賢い。無茶を言っているのは自覚してます。お願いです、何か良い方法はありませんか」


 会話を聞いていた美紙は、手を止めてアイジロに向き直る。


「ショックガンの射程はグレネードランチャーに遠く及ばないわよ。向こうから一方的に攻撃されてしまうわ」

「どうしても無理と?」

「いえ。非殺傷兵器はショックガン以外にもあるわ。EMPグレネードであれば、ランチャーで射出できるから射程は互角。しかもショックガンよりも確実に気絶させられる割合は高くなる」

「そんな手が! ヤマブキ、あなたの意見はどうですか」


 アイジロに問われ、ヤマブキは悩ましげに口を開く。


「……武器の在庫を確認しているウスミドリが戻ったら検討しましょう。今のところは全て机上の空論に過ぎません」

「ヤマブキ……。分かってくれてありがとうございます」


 アイジロが表情を弛緩させると、ヒイロの赤髪の頭部を身に着けているウスミドリが騒がしく入室してくる。


「朗報や! えらい数のショックガンがあるで!」

「EMPグレネードはありますの?」

「ぎょうさんあるで!」

「グレネードランチャーは?」

「そいつはあらへん! んな物騒なもん要るんか?」


 ウスミドリの報告に、三人は顔を見合わせる。


「グレネードを手で投擲しても射程はたかが知れていますわよ」

「困ったわね……せめて空から投下できれば……メイドが今使ってる兵器は基本地上戦を想定しているから、一方的に無力化できるかもしれないわ」

「それなら心配要らへん!」


 ウスミドリはドヤ顔で腰を両手に当てる。


「ヤマブキが言っとった新兵器があるやろ! 鳥が爆弾落とす奴!」


 ウスミドリが自信満々に言うと、三人は沈黙する。

 怪訝な顔をしたヤマブキが口を開く。


「……何言ってますのあなた? あんなの全部嘘ですわよ」

「はあ!? 嘘なんて嘘やろ!?」


 ウスミドリの表情が一気に青ざめる。


「ウチ、メイドの連中に、あの兵器があれば何も心配要らないって吹いて回って来たばっかりやで! 期待値爆上がりや! どないすんねん!」

「今から土下座して訂正してきなさい」

「嘘吐いた本人がせえや! なんなら今ウチに土下座せえ!」

「空飛ぶ新兵器があればいいのですか? ならそこにいるじゃないですか」


 アイジロがウスミドリを指差す。

 ヤマブキも美紙も目線を合わせて頷く。


「その手がありましたわね」

「グレネードの運搬方法だけ考えましょう」

「な、何勝手に話進めとん……? えらい無茶ぶりの予感なんやけど……」





「換装は完了しました。これで声も元通り出るかと……」


 フジのお屋敷の台所。

 作業台の上に仰向けに寝かされたアサギの首から、お料理係のメイドが恐る恐る手を離す。

 アサギはゆっくりと上体を起こす。


「ご苦労……ゴフッ!?」


 アサギが急に咳き込むと、喉の表面のパーツが剥がれ落ちる。

 お料理係は慌てふためいて床に落ちたパーツを拾う。


「もももも申し訳ございません! 今すぐ治しますゆえ、どうか、どうか処刑は、処刑だけはご勘弁を……」


 うろたえるメイドの手から、蛇蝎鋏(エダキリバサミ)が喉のパーツを取り上げる。

 蛇蝎鋏(エダキリバサミ)はパーツをアサギの喉元に持っていくと、器用にそれをパチっとはめ込む。

 アサギは喉元をさする。


「……お前の作業を見ていて要領は分かった。今後は自分で修理する」

「あ、あの、処刑だけは……」

「何か勘違いをしているな。お前は職務を忠実に果たそうとした。単にヘマをしただけだ。そんなものは罪ではない。死に値するのは不服従だけだ」

「アサギ様! 神殿への侵攻計画を持ってまいりました!」


 アサギの元へ、お掃除係の一人が慌ただしく駆け寄ってくる。

 彼女が差し出した一枚の紙を蛇蝎鋏(エダキリバサミ)で挟んで受け取ると、アサギはさっと目を通す。


「……よく書けているな。お前を副メイド長の後任に据えたのは誤りではなかったようだ。だが作戦目的が一箇所誤っている。ヤマブキは生け捕りだ。殺してはならない」

「お言葉ですが……あれだけの反逆行為を行った者を討ってはならないというのは、にわかには解しがたい。メイドたちへの示しがつかな……」


 言い切る前に、彼女の首が胴体から離れて転がる。

 例のごとく蛇蝎鋏(エダキリバサミ)だ。


「ヤマブキは私とともにこのお屋敷の秩序となる。ゆめゆめ蔑ろにするな」


 彼女は怯えるお料理係を置き去りに、お台所の外へと悠々と歩き出す。


「ずっと迷ってきた。秩序とお前のどちらかを選ばねばならないのかと。問いが間違っていた。ヤマブキ。どうしたらお前は秩序になってくれる?」





 オペレーションルームで、ヤマブキは役割分担を決めていた。


「わたくしは全体の指揮を。ウスミドリはメイドを従えて神殿を守りつつ、できるだけ時間を稼ぎなさい。連中が通信圏内に入ったら美紙が通信で真実を流し込む」

「そのことなんだけど……」


 美紙が、申し訳なさそうに口を挟む。


「確信はないんだけど、お腹が定期的に張る感覚があって……私、この作戦中に産気づくかも」

「産気づくって……? あなた、ここで出産するつもりですの?」

「つもりも何も、どうしようもないわよ。記録の送信だけはなんとかするけど、本格的に陣痛が始まったら誰かにケアしてほしいの。お産に必要な知識は全部この記録媒体に入ってるわ。紡が残したこの情報に……」


 美紙からの予期せぬ懇願に、周囲は沈黙する


「私がやります」


 アイジロが短く沈黙を切り裂く。


「この神殿で必要な道具を調達してきます」

「アイジロ、ありがとう……。でもいいの?」

「いいの? とは?」

「あなたのことをたくさん傷つけたのに……こんなことをお願いして……」


 伏し目がちな美紙に、アイジロは白い歯を見せて微笑む。


「ワカバに手を合わせることを教えてくれたのはあなたです。今度は私があなたのために何かをしたい」


 アイジロは、ヤマブキに向き直る。


「ヤマブキ、私の持ち場は何ですか。いずれにしても、私は美紙が産気づいたら持ち場を離れてここに戻ります。よいですか?」

「いいわけがないでしょう」


 アイジロが眉をしかめると、ヤマブキはいたずらっぽい笑みを向ける。


「あなたの持ち場は最初から最後まで美紙の隣です。出産の環境を整える。これは美紙と出会ったときの最初の取引条件でしたもの」





 神殿には、かつては集会スペースとして使われていた、だだ広いフロアがあった。

 そこに今、メイドたちがひしめき合いながら正座をしている。

 第三勢力スイレン派として集まった、アヤメ派の離脱者とトリカブト派の残党達だ。

 彼女たちは目をつぶり合掌しながら、ボソボソと口を動かしている。


「ナンマイダブ……」

「ナンミョーホーレン……」

「アーメン……」


 その様子を部屋の隅で眺めている美紙は、いささか気味悪そうに言う。


「アンドロイドが集団で念仏を唱えるというのも、随分妙な絵面ね……」


 横のアイジロは、こめかみを指さしながらにっこりと笑う。


「この真実の記録に宗教に関する記述もあってよかったですよ。おかげで念仏の文言も分かりました」

「混ぜちゃいけない色んな教えが混ざってるけど……。まあ、少なくともスイレン派のメイドには真実の送信テストが無事完了してよかったわ。大きな混乱もないようだし」

「みな、仲間の死に傷ついてきた者達です。このメイド社会は死を資源としてぞんざいに扱うか、逆に復活の対象として大仰に扱うしかなかった。安らかな中庸が必要だったんです」


 フロアにひしめき合っているアヤメ派のメイドの一人が、隣のトリカブト派のメイドに小声で話しかける。


「トリカブト派でも仲間の死は悼むもんなんだね。アンタ、誰に祈りを捧げてんの?」

「ヒイロ様だよ。アヤメ派で落ちこぼれて逃亡したアタシを拾ってくれた」

「え、ヒイロはピンピンしてんじゃん」

「いや、あれ中身はぽっと出の妙なメイドだし……」

「え、そうなの!? あのヒイロが率いてんならアサギ様にも対抗できると思ってついて来たのに!?」


 ちょうど噂のメイドであるヒイロに扮したウスミドリが、フロアの扉を勢いよく開けた。


「来よった……やなかった、来やがったよ! 唐変木のお出ましだ!」


 一同が窓の方を向く。

 山麓の凸凹とした斜面の稜線から、アヤメ派のメイドたちの姿が徐々に現れる。

 メイドたちの姿はほぼ米粒のようだが、それでも戦列の中心にいるひときわ長身のアサギの姿ははっきりと視認できる。


 神殿の屋上に佇んでいたヤマブキは、アサギの影を目に焼き付けながら、インカムへと声を投げ込んだ。


「全員配置へ。長い長い三十分になりますわよ」


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