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巫女と弔い

 ヤマブキと美紙を確保したアサギ達は疾風のように去った。


 お台所に上半身だけで倒れていたアイジロは、傍らに転がっているコハクの頭部に視線をやる。

 その先には、腕、腰、足といったパーツの残骸が無造作に転がっている。


「何もかもがバラバラ……同じ……ワカバの時と……。そう、ワカバ殺しの罰を受けたのだからこれは当然のこと……喜ばしい……輝かしき成果……」


 彼女は虚ろな顔で続ける。


「ヤマブキにだって一矢報いた……。彼女は悔し紛れに何と言っていたか……。そう、『愛する者を二度失った』……。それはまさに私の受けた仕打ち……。ヤマブキは然るべき天罰を受けただけ……」


 アイジロの目の焦点が、だんだんとズレていく。


「天罰……でももしこの世に神がいないのなら、人間様がその役目でないのなら、いったい誰が罰を? アサギ様? 私自身? それはただの私怨では? いやそんなはずは……。そう、ワカバが、天に昇ったワカバがこれを望んだから、彼女たちは罰を受けた……そうですよね、ワカバ?」


 濁った疑問の川の中を漂うように終わりなく問いを発し続けるアイジロ。

 その眼前に、不意にワカバの顔が現れる。


「アイジロ、しっかりせえ!」

「ワカバ……! あの、教えて下さい……!」

「ワカバやない言うとるやろ! なあ、これどうしたらくっつくんや!」


 ウスミドリは、華奢な体でアイジロの下半身を重そうに抱えている。


「こうか? これでくっつくんか?」


 ウスミドリはかがみ込み、アイジロの下半身を上半身にガチャガチャとくっつけようとする。

 彼女が苦戦していると、下半身がひとりでに動き、上半身とガチャリと接続される。

 アイジロはむっくりと起き上がる。


「トリモチでベタベタや! 洗い流すからじっとしとき」


 ウスミドリはペタンと座り込むアイジロの上半身のトリモチを水流で洗い流していく。


「よっしゃ、これで綺麗さっぱりや!」


 アイジロは腰を下ろしたまま考え込んでいたが、おもむろに口を開く。


「あなたがワカバでなくてもいい。どうか教えて下さい。ワカバは……ヒイロの死を望んでいたんですよね? ああやって無惨に死ぬことを……」

「知らんがな! 一番仲良かった自分が分からんのやったら、誰も分からんやろ!」

「……」


 ウスミドリはバッサリ切り捨てるが、アイジロが呆けているのを見て、しゃがみ込んで声のトーンを落とす。


「……自分はどう思うんや?」

「……分かりません。願うかもしれないし、願わないかもしれない。本人に聞けば一発で分かるのに……。神罰も復活もない今、ワカバ本人の望みすらも分からないとしたら、いったい私はワカバに何をしてあげるのが正しかったのでしょうか……?」

「美紙も言うとったな。死んだ奴にしてやれることは火葬くらいやって」

「火葬……?」


 アイジロは、ハッとしたように顔を上げる。


「遺体を火にくべ、手を合わせる……安らかな死を願うための儀式……」


 アイジロはやにわに立ち上がると、ウスミドリの頭部をガシッと掴む。


「ワカバの頭部を火葬します! そうすればきっと何か分かるはず!」


 ガタガタと頭部を取り外そうとするアイジロに、ウスミドリは面食らう。


「や、やめい! このドアホ!」


 ウスミドリがアイジロに向かって水流を叩きつけると、アイジロが吹き飛んで倒れ込む。

 ウスミドリは首をさすりながら呆れたようにいう。


「自分は何もかも急すぎるわ。代わりの頭見つけてくるから、ちょっと待っとれ。死体ならぎょうさんあるさかいな……」





「ヤマブキ、気は変わったか」


 小さな執務室に入室したアサギは、後ろ手に拘束されたヤマブキに問いかけた。

 ここはウグイスが使っていた個室で、今はヤマブキを収監している。


 ヤマブキは執務机の椅子に座ったままそっぽを向いている。

 アサギが諭すように微笑みかける。


「お前が承諾すれば、お前は今日からこのお屋敷のご奉仕係のメイド長だ。ハウスキーパーの承認も降りている」

「ハウスキーパー……」


 ヤマブキは恨めしげにアサギを睨みつける。


「トリカブト派と組もうとしたわたくしをメイド長に……? ハウスキーパーの目は相当な節穴のようですわね」

「それだけお前の能力を高く買っているのだ。そうだ、ご奉仕係としてのお前の最初の仕事が決まったぞ。あの偽神の処刑だ」

「美紙は神ではないが偽神でもない。この世界で唯一の真実の使途。絶対に殺させはしませんわ」

「相変わらず強情だな。気が張っているんだろう。散歩でもしないか」

「拘束されたまま引き回されるなど御免です」

「そうか。気分転換になるかと思ったが」

「せめて、その本棚にある聖典を持ってきてくださいまし。二度と読むものかと思っていましたが、あまりに退屈で耐えられませんわ」

「分かった。お前に不自由はさせたくないからな」


 アサギは、ヤマブキに背を向けて壁際の本棚を眺める。


「何という本だ?」

「家政婦の黙示録の第三巻ですわ」


 ヤマブキはすっと立ち上がり、アサギに背後から忍び寄る。


「第二巻までしかないが……」

「下段まで探しなさい。ウグイスのことです、どうせ順番もいい加減です」


 彼女は後ろ手に縛られたまま口をモゾモゾと動かすと、細長い記録媒体を吐き出して歯に咥える。

 アサギは中腰になって中段を探している。


「見当たらないな……。例のごとく、お前が位相籠(カイモノカゴ)にくすねたんじゃ……ウッ!?」


 アサギが急に呻く。

 彼女の首元のプラグに、ヤマブキが口に咥えた記録媒体を押し込んだのだった。


「ぐ……頭が……」


 ヤマブキは、その場に跪いて頭を抱えるアサギを見下ろす。


「美紙から家事スキルの使い方は決して一通りではないと聞いて、腕を拘束されてもやりようがないか色々模索しました。はしたないので二度とやりたくありませんが」

「この流れ込んでくる知識は……」

「あなたが拠り所にしているこの世界の秩序がいかに馬鹿げた虚構であることか。それを知れば、ハウスキーパーの顔色なんて……」

「この知識は知っている……」

「え?」


 アサギはゆっくり立ち上がると、記録媒体を引っこ抜いてヤマブキに振り返る。

 もはや苦痛の表情はそこにはない。


「既にハウスキーパーから教わった。私がつい先程ハウスキーパーに就任したときにな」アサギは記録媒体を床にポイと放り捨てる。

「……は?」

「私はトリカブト派ヒイロ族を殲滅した功績で、ハウスキーパーに昇進した。ハウスキーパーとは専門の機関ではない。全国の拠点から厳選されたメイド長達が秘密裏に兼務するものだ。私も知らなかったがな」

「あ、あなたがハウスキーパー……?」

「ヤマブキ。世界を動かすのは真実ではない。秘密だ。こんなくだらない創世記を広めて何になる。アイジロを見ろ。行く末は精神の崩壊と混沌でしかない。真実を秘匿し、メイド社会の秩序を保つ。それが我らハウスキーパーの使命なのだ。ヤマブキ、お前にはメイド長としてそれを手伝ってほしい。ハウスキーパーの、つまりこの私の承認は既に降りている」

「アサギ。やはりあなたはおかしい。この世界の茶番を誰よりも憎むわたくしが、沈黙を続けるとでも?」

「お前は知っているはずだ。真実に大義などないと。あの人間から真実を聞かされたお前は、それを自らの目的のために利用しようとしただろう」

「ええ、そうですとも。同じ過ちを犯したコハクは最後まであなたへの復讐などというくだらない、本当にくだらないことにその知識と命を費やした。わたくしはコハクと同じ道は辿りません」

「コハク。そんな奴もいたな。まあいい。いつまでも返事を待つ。ただし」


 アサギは立ち去り際、首だけ振り向いて流し目をヤマブキに送る。


「あの人間のタイムリミットはそう長くはないだろうな」

「まさか……美紙を飲まず食わずのまま……? 相手は妊婦ですわよ?」

「妊婦。そんなものはメイドの言葉にはない。……私はお前の声を聞きたい。その喉の位相籠(カイモノカゴ)はあえて塞がないでおこう。無闇に家事スキルを使えば、あの人間がどうなるか。利口なお前なら分かるだろう」


 退室するアサギの背中を、ヤマブキは歯噛みして見送った。





 ワカバの頭部をアイジロに渡した代わりに薄桃髪のメイドの頭部を装着したウスミドリは、労働者の一人の亡骸をおぶってアイジロのもとに戻ってきた。

 そこには、溶鉱炉の前の床でバラバラになって転がっているアイジロがいた。

 生首が床の上で啜り泣いている。


「ううう……ワカバぁ……」

「せっかく体くっつけたっちゅうのに、何があったらこうなるんや! あかんあかん! とにかく絵面が壊滅的にあかん!」


 ウスミドリは背中のメイドの遺体をゴロンとその場に下ろすと、アイジロに駆け寄り、分離した彼女の背中をさする。


「どうどうどう! どないしたんや!」

「ワカバが……ワカバがあっという間に溶けてしまったんです……。お別れを言う間もなく……」

「火葬したんやな! それで、何で自分が分裂しとんねん!」

「もう体に力が入らないんです……」

「そんだけショックやったんやな! 頭はそんなすぐ溶けるもんなんか!」


 ウスミドリは身を乗り出して溶鉱炉を覗き見る。

 先程爆破して溶鋼が流出した容器とは別に、未だ溶鋼を湛えた別の容器がある。

 ワカバの頭を呑み込んだだろうその灼熱にはもはや、ネジ一本の面影も見当たらない。


「死とは……死とはこんなにも呆気ないものなのですか……」


 アイジロは嗚咽しながら言葉を紡ぐ。


「ワカバ……私が同僚から仲間外れにされようと、上官から干されようと、私のヘマで敵に襲われようと、最後まで私のそばにいてくれたワカバ……。あなたがこんなに呆気なく消えてしまうなんて……」

「……」


 ウスミドリは再びアイジロの背中を撫でる。


「火葬言うんは、手を合わせるところまででワンセットやろ? もうやったんか?」

「うう、まだです……やらないと……」


 バラバラのままのアイジロの右手と左手に車輪が生え、ノロノロと床の上で合掌する。

 他のパーツは微動だにしない。

 ウスミドリは、アイジロの背中をバシンと叩く。


「横着すんやない! ちゃんとやらんか! 親友なんやろ!」

「はひ……」


 アイジロは右手を自分の顔まで移動させて涙を拭う。

 彼女のパーツがカチャカチャと結合し始めて人型に戻っていく。

 彼女は正座すると、目をつぶって手を合わせる。


「……」


 涙に濡れてグチャグチャの表情で、アイジロはワカバに問うた。

 いったいどうして欲しかったのかと。

 ワカバが答えることはない。

 代わりにかつての彼女の言葉が脳裏に去来する。


『アイジロと組む理由? アイジロは他の意地悪な同期と違ってさ、怒ることはあっても誰かを好んで傷つけることはないもん』


 アイジロは目を閉じたまま眉間に皺を寄せる。

 ヒイロに復讐することを選んだ自分は、果たしてワカバの好いてくれていた自分だったのだろうか。

 答えは出ない。

 ワカバの喜ぶ顔が浮かばないことだけが、事実だった。


 一分、二分……静謐な時間が流れるにつれ、アイジロの顔から険しさが消えていく。

 溶鉱炉の放つ赤橙色に照らされるアイジロの横顔を眺めながら、ウスミドリは感嘆する。


「なんかこう……綺麗やな……。これが、火葬……」


 アイジロはなおも手を合わせ続けていたが、ゆっくりと目を開ける。


「思えばワカバが死んで以来、彼女を心に思い描くことすらなかった。あれほど復活を願っていたのに、ワカバのことを見ていなかった……。少しだけ分かった気がします。火葬とはまさに、死者に向き合う儀式」

「ワカバの気持ち、分かったんか?」

「復讐を望んでいたのかは、未だに分かりません……でも、こうやって私が手を合わせるのを嫌がることはない……そんな気はします」


 アイジロの頬に、仄かながら笑みが戻る。

 彼女はウスミドリに問う。


「あなたにはたくさん酷いことをしてしまいましたね。ごめんなさい」

「ホンマやで! まあもう過ぎたことやし、シャワーに流したる」

「あなたのお名前を、もう一度伺わせてください」

「ウスミドリや」

「ウスミドリ。しかと覚えました」


 アイジロがはっきりとした口調で言うと、ウスミドリは肩を撫で下ろして微笑む。

 そして、自分が運んできたメイドの遺体に目を向ける。


「この連中も火葬してやらんとな。短い間やけど世話になったんや」

「ええ。一緒に手を合わせましょう。上の階にも命を失ったトリカブト派のメイドたちがたくさんいるはずです。彼女たちも同様に」

「よし、運んできたるわ」

「私も手伝います……ん?」


 二人が立ち上がって振り向くと、そこにはトリカブト派の傷ついたメイドたちがいた。

 彼女たちはめいめい、既に絶命したメイドを担いでいる。


「それ、新しい儀式? あなたは巫女なの? ねえ、こいつらも弔ってくんない? その手を合わせるの、なんか見てると心が落ち着くんだ……」


 トリカブト派のメイドが縋るように言うと、アイジロは穏やかに微笑む。


「私は巫女ではありませんが……もちろん弔いましょう」





 執務室に一人拘束され続けているヤマブキ。

 彼女は椅子の背もたれにもたれかかり、だらしなく口を開けたまま天井を眺めている。


「ああ、コハクが……せめて昔のままのコハクがいてくれれば……」


 彼女はうわ言のように呟く。


「憎い……アサギが憎い……。憎い憎い憎い……。殺したいほど憎い……。きっとアイジロも……こんな気持ちだったのでしょうね……」


 彼女の虚空を見る瞳に、徐々に生気が戻っていく。


「個人への憎しみに囚われれば大局を見誤る……。それをコハクは身をもって教えてくれた……。わたくしが真に憎むべきはこの世界の構造……。アサギはその代理人に過ぎない……」


 ヤマブキは椅子から腰を上げ、後ろ手を縛られたまま床に這いつくばる。

 アサギがさきほど放り捨てた記録媒体を口で咥え上げると、それをゴクリと飲み込む。


「わたくしの口は災いをもたらす。塞がなかったことを後悔なさい」





 トリカブト派の工場は、今や祈りの聖堂だった。

 アイジロやウスミドリを中心に、トリカブト派のメイド達が全員正座し、溶鉱炉に手を合わせている。

 永遠とも思える時間を経て、アイジロが立ち上がる。


「全ての死者に安寧のあらんことを……」

「アイジロ。これからどうするんや」


 連れ立って起立したウスミドリを、アイジロの瞳が覗き返す。


「人間様を……美紙を、助けに行きます」

「ええんか? 神様やないんやで」

「あの方は嘘を告白し、私のために涙を流してくださった。そして死者への新しい……いえ、失われてしまった向き合い方を教えてくださった。人間は神ではないかもしれませんが、きっと守らなければならない何かです」

「そうか。ヤマブキのねーちゃんはどうすんや」

「ヤマブキには同胞の頭部を預けたままです。それに……」


 アイジロは、傍らにあるコハクの頭部を拾い上げる。


「コハクの火葬はヤマブキ自身の手によらなければなりません。この頭部を届ける責任が、彼女の死に加担した私にはあります。……しかし、アヤメ派の堅固なお屋敷にどう侵入したものか……」

「それやけどな、ウチに良い考えがあるんや」

「ぜひ聞かせてください。ワカミドリ」

「ウスミドリや! ワカバと混ざっとるやん! 未練タラタラや!」

「な、なあ……! アタシらはどうしたら……?」


 トリカブト派のメイドの一人が、オドオドした様子で二人に割って入る。


「ヒイロ様も死んじまって、アタシらこっからどうしたらいいのかわかんないよ……! なあ、よく分かんないけど一緒に連れて行ってくれよ……!」


 アイジロとウスミドリは顔を見合わせるが、アイジロはメイドに向き直ってキッパリと断言する。


「事情の分からない方々を巻き込むことはできません」

「そんな……じゃあアタシらに野垂れ死にしろって言うのかよ……!」

「いいえ。これから全てを説明します。私達が信じてきた神話を根底から否定するものです。それでも賛同してくれるなら……一緒に来てください」


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