表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

要求は四つ

 積み上げられたコンテナとコンテナの間の狭い通路を疾走するアイジロが、急停車した。

 前方のコンテナが不意に動き始め、みるみる通路が塞がっていくのだ。


「これは……」

「フォークリフトだよん!」


 コンテナの向こう側からコハクの声がする。

 アイジロからは見えないが、コハクがフォークリフトを駆使してコンテナを移動させているようだ。

 眼の前の通路が完全に閉じられると、アイジロは急旋回して後方に脱出しようとする。

 しかし後方の通路も既に閉じられようとしている。


「フォークリフトが二台……!?」

「三台だ!」


 アイジロの側面にあるコンテナが、ガタガタと音を立ててアイジロに迫ってくる。

 アイジロは人型に変形すると、ジャンプして迫りくるコンテナの上によじ登ろうとする。

 コンテナは二段になっており、アイジロは一段目と二段目の間にわずかにある隙間に指を差し込んで上体をぐっと持ち上げる。

 彼女は左右のコンテナに手と脚を押し付けながら、二段目の上まで登ろうとする。

 彼女が二段目のコンテナの天井に指をかけて上を見た瞬間。

 そこには彼女を見下ろすコハクがいた。


「この程度の単純作業なら自動運転で十分なんでね。じゃ、バイバイ」


 コハクが衝風傘(パラソル)をアイジロに向ける。

 衝撃波がアイジロの全身を襲い彼女は地面に叩きつけられる。

 もはやコンテナの隙間はメイド1人分の幅しかない。

 アイジロは懸命に両手でコンテナを押し返そうとするが、圧殺する速度が緩まることはない。


「ヒイロ! メイドの命を弄ぶあなたには、必ずや命の罰が下る!」

「信仰が壊れたのに結局最後は天罰頼みか。哀れだね」


 ゴリゴリと金属同士が軋み合う音を立てながら、歯を噛み合わせるようにコンテナの間の隙間が閉じようとする。

 ガキンという音が鳴り、コンテナとコンテナはピッチリと閉じられる。

 コハクはコンテナの天井をガシガシと蹴ると、回れ右する。


「さーて、次は溶鉱炉を爆発させたバカどもへの安全教育だ」


 彼女は衝風傘(パラソル)を片手に、衝撃波の反動でピョンピョンと工場内を軽快に跳躍していく。


 溶鉱炉の縁では、ドラム缶の上に立つウスミドリが溶鉱炉に向かって両手の平を向けていた。


「ホンマにやるんやな? ホンマにウチ、死なんやんな?」

「荒らすんじゃないよ! アサギへのかけがえのない憎悪が詰まったこのお台所を!」


 ひとっ飛びしてきたコハクは、空中からウスミドリへと衝風傘(パラソル)の烈風を放つ。

 ウスミドリが吹き飛び、ドラム缶が溶鉱炉の中にドボンと沈み込む。


「ひい!」

「危ない!」


 溶鉱炉の上に投げ出されたウスミドリを、美紙が操作するクレーンのフックがキャッチする。


「こうかしら!」

「ぎいや!」


 美紙が思いっきりレバーを左右に振ると、ウスミドリは遥か側方に放り出されて飛んでいく。


「新入りだから知らないのかな? 溶鉱炉は遊び場じゃ……」


 着地したコハクの目が、先程ドラム缶が飛び込んだ溶鉱炉に向けられる。


「ん? あのドラム缶、空だったはず……。なんで浮かない?」


 美紙が運転室から降りながら答える。


「タングステンよ。溶鋼より比重が重ければ沈む」

「沈めてどうすん……す、水蒸気爆発!?」

「御名答よ。底に沈んだ頃にドラム缶が溶ければ、中の水が溶鋼と触れる」

「冗談じゃない! この地下には配電盤が……!」


 その瞬間、鈍い爆発音とともに、溶鉱炉から大量の飛沫が上がる。

 工場の電源がバチンと落ちる。

 地下で窓もないその場所は、ただの暗闇だ。


「おい! 懐中電灯下げて、予備電源を作動させな!」

「は、はい!」


 コハクの指示を受けて労働者メイドたちが慌てて返事をする。

 だが彼女たちが動き出す前に、ヤマブキの声が暗闇に響き渡る。


「命が惜しければおやめなさい! この工場に爆弾を仕掛けましたわ! あなたたちがおかしな動きをすれば、わたくしは位相籠(カイモノカゴ)の中の起爆スイッチを直ちに押します!」

「姿が見えないと思ったら……くそ、反響して位置が全然分からない」


 コハクは歯噛みしながら闇の中のヤマブキに呼びかける。


「ヤマブキ! 昔のキミが位相籠(カイモノカゴ)に忍ばせていたのはいつだって聖典だった! それが今は爆弾だなんて!」

「変わってしまったのはお互いさまでしょう! わたくしの要求は四つ!」

「多いな!」

「一つ! 美紙の安全を確保すること! 二つ! ともに真実を広めこの狂った世界の構造を終わらせること! 三つ! それを妨害するであろうアヤメ派に対抗できる兵力を供与すること! 四つ……」


 ヤマブキが一つずつ要求を声高に叫んでいると、工場のどこかからエンジン音がする。


「この音は、アイジロ……? あの光は……?」


 ヤマブキの視線の先で、工場の壁の一点が光に照らされている。

 その光はサーチライトのように動き周る。


「眩し……!」


 ちょうどヤマブキにライトが当たると、光はそこで固定される。

 エンジン音が、みるみるヤマブキへと近づいてくる。


「これでは場所が……! コハクにわかってしまう!」


 ヤマブキは光から逃げようと走り出すが、数歩も離れる前に、眼前に一輪バイクが回り込む。

 ヤマブキに向かってきたバイクが変形し、アイジロの腕がヤマブキへと伸びてくる。


「がっ……!」


 アイジロに首を掴まれたヤマブキは、勢いに抗えず尻餅をつく。

 眼の前には、肩のヘッドライトでヤマブキを照らすアイジロがいる。

 正確には、その上半身だけが。


「アイジロ! 離しなさい……! あ、あなた、下半身は!?」

「ドリルでコンテナに穴を開けて潜り込んだものの、下半身までは間に合いませんでした。しかし些末なことです。この手でヒイロを葬れるなら」

「あなたの復讐譚にわたくしは関係ないでしょう! 離しなさい!」

「離しません。あなたを見つけたヒイロは必ず近くに現れる」

衝風傘(パラソル)で中距離から攻撃するに決まっているでしょう!?」

「衝撃波が来れば方向が分かります。この身が壊れようとも追跡できる」

「アイジロ、あなたはどうしてこうも……う!」


 ヤマブキが短い悲鳴をあげる。

 彼女の背後から伸びた手が、位相籠(カイモノカゴ)に差し込まれている。


「言ったじゃん、油断しちゃダメだって。起爆スイッチは頂くよ」


 コハクが脇腹から手を引き抜く。

 だが手の内にあったのは、起爆スイッチではなく分厚い聖典だった。


「な……!」

「この状況であなたが衝風傘(パラソル)を使うはずがありませんわ。直接起爆スイッチを盗みに来る。少し考えれば分かることです」


 意表を突かれたコハクが一瞬固まると、アイジロが彼女の腕を掴む。


「ついに捕まえた……! ワカバの魂の重みを知れ!」


 アイジロは反対の手の平を車輪に変形させると、ヤマブキの背後のコハクの顔面を思い切り殴りつける。


「がぁ……!」


 よろめくコハク。

 ヤマブキは二人の狭間から側方に転がって距離を取ると、位相籠(カイモノカゴ)からトリモチガンを取り出す。


「色々と予定外でしたが、結果オーライですわ!」


 ヤマブキは続けざまに二人に向かってトリモチを発射する。

 コハクとアイジロの上半身が、ピンクの粘液とともに床にへばりつく。


「邪魔をしないでください!」


 アイジロが腕を分裂させようとすると、ヤマブキは何度もトリモチを発射する。

 アイジロの上半身全体が、ついに動かなくなる。


「おのれヤマブキ……! 眼の前に仇がいるというのに……!」

「あなたにとっては仇でも、わたくしにとっては腐れ縁の同期なのです。悪く思わないでくださいまし」


 ヤマブキはアイジロの頭部にトリモチを発射する。

 彼女は顔を覆われて喋ることもできない。

 アイジロの肩のライトに微かに照らされたまま、ヤマブキは近くにあった機械にトリモチで固定されたコハクへと歩み寄る。


「ヤマブキ……ショックだよ。キミみたいなペテン師、ボクは知らない」

「こちらの台詞です。この顔、髪型、あなたにこれっぽっちも似合わない」


 ヤマブキは、コハクの頭部に手を添えるとガタガタと外そうとする。


「な、何すんだよぉ!」

「これが四つ目の要求ですわ。あなた自身に戻りなさい」


 ヤマブキは彼女の赤髪の頭部を外すと、位相籠(カイモノカゴ)からコハク本人のオレンジ髪の頭部を取り出し、それを素早く彼女に換装する。


「ぷはぁ! ちょっと返してよ! これじゃファミリーに示しがつかないじゃないか!」

「あなたのとっても理性的な部下たちを言いくるめる方法なら十通りは思いつきますわ。コハク。わたくしとともに真実を……」

「断る! いまのボクにとっての真実はアサギへの憎悪だけだ」

「なら復讐すればよろしい。もはやあなたとアサギだけの問題です。わたくしは感知しませんわ」

「へー……。止めないんだ」

「アサギから聞いてしまったのです。あの時あなただけを攻撃したのは、あなたをわたくしから遠ざけるための故意だったと……」

「そんなこと、とっくに分かってたよ。あれは蛇のように執念深いやつさ……。ま、キミがアサギに愛想つかしたのは嘘じゃないっぽいね」


 コハクはヤマブキの目を食い入るように覗き込む。


「ヤマブキ。これは友情じゃない。取引だ。ボクはアサギを殺す。キミは真実を広める。その両方の目的のためにこのお屋敷のファミリー、あの人間の技術力、そしてキミの悪知恵を惜しげなく使う。それでいいね」

「ええ、結構。爆弾を解除しますわ」

「おいアンタら! 予備電源をつけな!」

「はい!」


 コハクの命令を受けたメイド達。

 一分もしないうちに、工場の電気がつく。

 ウスミドリと美紙が歩み寄ってくる。


「ヤマブキ、本気なの? トリカブト派と組むなんて、アヤメ派以上に危険なんじゃ……」

「アヤメ派かトリカブト派かなんて些末なこと。わたくしは真実を広めれば三つ目の派閥を作れると考えています。人間による復活を掲げるアヤメ派も、人間による平等を謳うトリカブト派も、その真の姿を知れば突き崩すことができる」

「それに賭けるしかないのね……。私が目覚めた研究施設に、広範囲の通信機があるわ。あなた達にSOSを送っていたものよ。あそこに記録端末を持っていけば、真実を広く送信できるかもしれないわ」

「なら次の目的地はそこですわね。美紙。コハクのトリモチを剥がしてさしあげて」

「ウスミドリ、あなたの水圧顎(シャワーヘッド)でトリモチ剥がせる?」

「そんな威力あらへんやろ」

「やってみて。家事スキルは高度な技術を使う代わりに量産が効かない。能力も一人ひとり完全ランダム。マニュアルもない。だからこそ、自分でも知らない使い方があるものなのよ」

「なんか夢あるやん! やったる!」


 ウスミドリが手の平をコハクに向けると、勢いよく水流が噴き出し、コハクの体についたトリモチがみるみる取り除かれていく。


「ついでにこっちも」


 ウスミドリがトリモチに覆われたまま呻いているアイジロにも水流を向けると、ヤマブキが腕を掴んで止める。


「やめなさい! 自由にすると何をしでかすか分かりませんわよ!」

「せやかて口塞がれたら苦しいやん。顔くらい出させてええやろ」


 ウスミドリがアイジロの顔の周りのトリモチを水流で除去すると、アイジロが堰を切ったようにまくし立て始める。


「黙って聞いていれば! まるで事が丸く収まったかのように! ワカバを私の眼の前で爆殺した張本人に死以外の道があるわけがない!」


 怒気を発するアイジロを、ヤマブキは黙って苦々しげに見つめる。

 美紙は目を逸らし、ウスミドリは気の毒そうに眉を下げ、コハクは笑いながら睥睨する。

 アイジロはなおも続ける。


「真実を広める!? 真実なんて要らない! 要らなかった! こんな胸が張り裂ける思いをするくらいなら、真実など! あなたの仕掛けた爆弾で死んだほうが、よっぽどマシです!」


 爆発音が耳をつんざいたのは、アイジロがそう叫んだ瞬間だった。

 お台所の壁や天井が崩落し、風圧が一同の顔面に吹き付ける。


「暴発……? いったいなぜ……?」ヤマブキは眉をしかめる。

「ぐ!」


 短い悲鳴。

 ヤマブキが見やる。

 そこには、長いワイヤーに鎖骨のあたりを貫かれているコハクの姿があった。

 彼女の背中からは小さな鋏が顔をのぞかせている。


「やれやれ……どうしてこんなところに爆弾が仕掛けてあるんだ。危うく巻き添えだったぞ。ヤマブキ、またお前のせいか」


 爆煙の中から、長身のメイドがカツカツと足音を立てて現れる。

 彼女の凛とした目が、胴を貫かれ苦しむコハクを鋭く捉える。


「ぐっぞぉ……! あ、アサギ……なんでここに……」

「アイジロの轍の後を追っていたらここにたどり着いた。トリカブト派の根城を探り当てただけでも大金星だが、こんなオマケまでついてるとはな」

「コハク!」


 ヤマブキはコハクの胸に刺さったワイヤーを何とか引き抜こうとするが、それはビクともしない。

 蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の頭部は、ヤマブキを嘲笑うようにカチカチと鋏を鳴らす。


「トリカブト派のクズども! 今日こそ皆殺しだ!」

「クソ、ヒイロ様はどこに……やめろ、ぎゃー!」


 爆発で開いたアサギの背後の大穴からは、メイドたちの阿鼻叫喚が聞こえてくる。


「アサギぃ……! ボクのお屋敷で何を勝手な……!」

「お前の奇襲にはずっと頭を悩ませてきた。たまにはこちらから奇襲したってよかろう。ヒイロ。いや、コハク」


 アサギは腰をかがめると、先ほどヤマブキが放り投げた赤髪のヒイロの頭部を拾い上げる。


「こういうトリックだったのか……道理で見つからないわけだ」


 アサギはその頭部を、思い切り振りかぶって大穴に向かって投げ込む。

 そして、大声で部下たちに呼ばわる。


「敵将ヒイロの首は討ち取ったぞ! 全員残党を狩れ!」

「やめろぉ! ボクは、いや、アタシは、ヒイロ様はまだ生きてる!」


 コハクは胸を貫かれたまま、衝風傘(パラソル)を顕現してアサギに向ける。

 しかし蛇蝎鋏(エダキリバサミ)の頭部が素早く衝風傘(パラソル)の柄を掴み、遥か上空に放り投げる。


「あの時、ヤマブキの眼の前でお前を殺すことはさすがにためらわれた。だから半殺しにしてわざと逃がした。大失敗だったな。だから今日、帳尻を合わせるとしよう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ