真実は予期せぬ顔で
洞窟内を逃走するヤマブキが次に出くわしたのは、アヤメ派から寝返った五人組だった。
彼女達はヤマブキの姿を認めるや、烈火のごとく喚き出す。
「ヤマブキ! こんなところで何してるの!?」
「アサギとグルになってコンネズ様とうちらを追い落としやがって!」
通路を通せんぼされたヤマブキは、作り笑顔で彼女たちに歩み寄る。
「あら、あなた達もトリカブト派に鞍替えしたんですのね。実はわたくしもあの後アサギと揉めてしまって、アヤメ派を飛び出してきたのです。ほら見なさい、この肩の傷を……」
「騙されるな! こいつは朝から晩まで嘘しか言わない!」
「詐欺師! ペテン師! 大ボラ吹き!」
「捕まえてヒイロ様に献上しろ!」
「あらあら……」
とても話が通じなそうな状況を見て、ヤマブキは歩み寄る足を止める。
そして踵を返し、反対方向へと走り始める。
「やっぱり逃げたぞ! 追えー!」
「みんな! アヤメ派のメイドが侵入したぞ!」
「もったいぶった口調のいけ好かない金髪だ! 捕まえろ!」
五人組が騒ぎ立てるのを聞いて、ヤマブキは走りながら不満を託つ。
「あのうちの二人にはプレゼントを送ったことありますわよ! なんと恩知らずな!」
「おいおい侵入者なんていつ以来? どうやってパスワード破ったのさ」
ヒイロは自室で椅子にふんぞり返りながら報告を聞いていた。
自室といっても、そこはオペレーションルームのように無数の計器と端末、そして監視モニタがある。
ヒイロは端末の一つを軽く操作すると、モニタの画面が次々に切り替わり、疾走するヤマブキの姿を捉える。
「あのお嬢ちゃん、せっかく見逃してやったのに。肩の傷は?」
「あのメイドをよく知る五人組によると、偽装工作だろうとのことです」
「生け捕りにしてここに連れてきな。侵入経路を吐かせないとセキュリティが心配だ。あと監視カメラの数増やすからお台所に連絡しな」
「あー頭スッキリ! 製造されてこの方、こんな爽快な気持ち初めてや!」
地下工場の一角で、ウスミドリが伸び伸びとした声を上げる。
美紙が彼女のうなじからケーブルを引き抜きながら言う。
「ごめんなさい、色々あってあなたにこんな細工をせざるを得なくて」
「終わったことやしええやん! 自分も色々事情あるみたいやし」
ケロッとしているウスミドリを見て、美紙は些か救われたように微笑む。
「製造されたばかりのモデルは、元来あなたみたいに素直なのかもしれないわね。過酷な環境から学習しすぎると、ヤマブキみたいにひねくれたりアイジロのように思い詰めたりしてしまうのかも」
「あのアイジロっちゅう奴、殺されたダチがうちの顔やったんやろ? 色々酷いこと言うてもうたな。あの金髪のねーちゃんも心配や」
「そうね……。ヤマブキは目端が利くから、私の落とした目印にも気づいてくれてるといいんだけど……」
美紙は周囲の工場を見回す。
ラインは整然と稼働しており、メイドたちが黙々とコンベアの繋ぎ変えやコンテナの運搬を行っている。
「アヤメ派に比べて随分まともな工場運営がされてるのね。蛮族と聞いてたけど、製造に関しては間違いなくアヤメ派の方が野蛮よ」
「ちょっと新入り! ボケっとしないでよ!」
不意に、薄桃色の髪をしたメイドが二人に声をかけてくる。
「ここで生き残りたきゃ一秒たりとも休むんじゃないよ! この地下よりさらに下はないのよ!」
「ここにいるのって囚人と捕虜なのよね……あなたも?」
「アタシは一度つまんないヘマしただけよ。ヒイロは気に入らないことがあるとメイドをすぐここに放り込む。二度と這い上がることなんてできない」
「脱出できたメイドはいないの?」
「いるわよ。抜け出して、捕まって、スクラップになって、ここの溶鉱炉に投げ込まれるために帰ってくる」
「酷い話やな! ウチらだけでも何とか脱出せな」
「できるもんですか。あいつは階級なんてないって言ってるけど大嘘。アヤメ派が可愛くなるくらい絶望的な隔たりがあるのよ。ここには」
薄桃髪のメイドは、工場の天井を見上げる。
二人もつられて鋼鉄の無機質な天井板を見上げていると、アナウンスが響く。
ヒイロの声だ。
「業務連絡! ヤマブキという名前のアヤメ派のメイドがお屋敷に侵入!」
「ヤマブキ!」
「来てくれたんか!」
美紙とウスミドリの声に希望が宿る。
ヒイロの指示はなおも続く。
「見つけた奴は生け捕りにしてアタシの部屋に連れてこい! 尋問するから絶対に殺すなよ! 特徴は長い金髪、細目、家事スキルは……」
響き渡るアナウンスを聞いて、美紙が呟く。
「あのヒイロとかいうメイド、一見粗暴に見せかけてなかなかシゴデキよね……。ちゃんと工場管理できてるし、指示も明確」
「それだけにヤマブキが心配や。何かウチらでできへんか?」
「無理無理。妙な考えは起こさないことね」薄桃髪のメイドが会話に割り込む。「できるとしたら憂さ晴らしくらいよ。こうやってね!」
彼女はコンベアから手頃な金属片を掴むと、真上の天井に向けて思い切り投げ上げる。
金属片はコツンと天井に当たるとそのまま落下してくる。
「ねーちゃん、肩強いやん。で、何しとん?」
「あの真上がヒイロの部屋なのよ。こうやって天に唾吐くくらいよ、私達にできるのは」
「ってことは……。あそこに連行されるのよね。ヤマブキが捕まれば」
美紙は天井を見上げ続けていたが、薄桃髪のメイドに視線を落とす。
「この工場のラインで製造しているものを全て教えて。新入りだから、私」
ヤマブキの追っ手は増える一方だった。
彼女が十字路に差し掛かると、左右から追手の声がする。
前方にもメイドの姿。
ヤマブキは迷わず直進する。
「あなた! 助けて頂けませんこと!」
ヤマブキが声をかけたのは、先程ヤマブキが賄賂を渡したメイドだった。
彼女は間延びした声で応える。
「お前、入って早々えらいことになってるじゃん」
「ええ、とても新入りに厳しい組織ですわね……」
ヤマブキは位相籠から鉄くずを取り出すと、彼女に握らせる。
「これで見逃してくれませんこと? それと、脱出経路をさっきみたいに」
「お前、本当に気前いいね」
メイドは鉄くずをしげしげと眺める。
だがその鉄くずを握りしめると、彼女はヤマブキの腹目がけて正拳突きを繰り出す。
「ぐぅっ……!」
ヤマブキはよろけてその場にうずくまる。
ヤマブキの膝元に、鉄くずが打ち捨てられる。
「悪いな。ヒイロ様のご褒美のほうがもっと気前いいからさ」
かくしてヤマブキは捕縛された。
「ヤマブキを何としても探し出し、生きて連れ帰れ。ついでに偽神もだ。こちらは生死は問わん。行け」
「は!」
フジのお屋敷の正門の前。
アサギが指示すると、お掃除係のメイドたちは分隊をなしてそれぞれの方角へと散っていく。
「ヤマブキ……そんなに人間というものが大事か? いや、そんなことはどうでもいい。いったいコハクにいつまで執着する気なんだ」
アサギは腕を組んだまま、手頃な岩の上に腰を下ろす。
彼女は、思い出さざるを得ない。
コハクを含めた三人がまだオダワラにいた頃。
「アサギ、もうあまりわたくしと親しくしないほうがいいですわ」
ヤマブキに告げられたアサギは、心外そうに聞き返す。
「なぜだ? 私は何かお前の好まないことをしたか?」
「そうではありません。わたくしはご奉仕係という仕事が心底嫌になってきました。ただ納得いかぬことをいかぬと伝えているだけで、同僚にもメイド長にも睨まれて……味方は今ではコハクくらいです」
「なら私だって話を聞こうじゃないか。宗教のことは分からないが……」
「わたくしのような問題児と違って、あなたは上からの覚えも良い。わたくしなんかと仲良くしていると、良くない噂が立って出世に差し障りますわ」
「待てヤマブキ。私は出世なんて別に……。おい、ヤマブキ!」
アサギにはヤマブキの苦しみが分からなかった。
自分を取り立ててくれたアヤメ派のシステムに、アサギは恩義こそあれ反発心などなかった。
ヤマブキもご奉仕係に昇進するまでは同じ気持ちだったはずだ。
だが、いつの間にか彼女のスタンスはすっかりアサギと遠くなってしまった。
ヤマブキが距離を置きたいと言った数日後だった。
ハウスキーパーの書庫への侵入を見逃してほしいと、コハクが頼み込んできたのは。
「ヤマブキが本気なんだ。ボクら三人の仲だし、うまいこと見逃してよ」
いつもの軽い調子で重大な規則違反を要求してくるコハクに、アサギは組織人として呆れた。
だがそれすら些末に思えるほど強く思ったのは、なぜいつもヤマブキの隣でその苦しみを受け止めるのはコハクなのだろうということだった。
こいつはなぜ、それをさも当たり前の権利のように享受しているのだろう、と。
「……分かった。約束しよう。当日は巡回ルートを変更しておく」
それは、アサギが生まれて初めて嘘をついた瞬間だった。
「アサギ様。お伺いしたいことが」
アサギの回想を中断したのは、お掃除係の一人だった。
彼女はアサギの命でヤマブキの捜索に向かった一人だ。
アサギは岩の上に腰掛けたまま、不機嫌さをできるだけ露わにしないよう、努めて冷静に語りかける。
「何事だ。私の指示は不明瞭だったか」
「いえ。ただ、どうしても解しがたいことが……。もしあの腹の大きな者が、アサギ様の仰るとおり神を騙る低級生命体なのだとすると、あれの捕縛は最優先事項なのではありませんか。なぜヤマブキというたかだか一メイドの捜索の方が優先度が高いのでしょうか」
「伝えたとおりだ。ヤマブキの才覚はこのお屋敷の運営に欠けてはならない。偽神など野垂れ死んだとしてもたいした話ではない」
「……ヤマブキはアサギ様の同期でしたよね。コハクとあわせてオダワラの三人組と呼ばれ、深い交流をしていたとか。ヤマブキが書庫侵入事件を犯してフジに左遷されたときも、アサギ様は即座に転属願いを出して追いかけるようにこのフジにいらっしゃったと聞きます」
「……何が言いたい?」
苛立ちを隠しきれずギロリと睨むアサギに対し、お掃除係は緊張で息を呑み込みつつも、次の言葉を絞り出す。
「大変な失礼を承知で申し上げますが……。これは、公私混同ではございませんか?」
「公私混同……? この私が……?」
アサギが立ち上がると、蛇蝎鋏のワイヤーがお掃除係の首に絡みつく。
彼女はワイヤーに吊り下げられ、つま先が浮く。
「ぐ……!」
「覚えておけ。公私とは分けるものではない。一体であるべきものだ。私情と使命は常に同じものだ」
「ならば尚更、ヤマブキのことは説明がつかぬではありませんか……! 内戦での消耗も癒えぬ中で、殊更彼女に兵を割く理由が分かりません……!」
「ヤマブキはハウスキーパーにだってなれる逸材だ。これをアヤメ派のためと言わずして何だと言うのか。ヤマブキは貴様ごときが値踏みしてよいような相手ではないぞ……!」
アサギの語調とともに、ワイヤーの締め付けが厳しくなる。
「アサギ様がそこまで仰るなら何も言いません……。どうぞ首を刎ねるなりされてください……」
「……なあ。貴様のような疑問を持つ者は他にもいると思うか?」
「それは……いるでしょう……。公に口には出さぬでしょうが……」
「ふむ……」
アサギが蛇蝎鋏を引っ込める。
お掃除係は怪訝そうに首元をさする。
「もし同様の疑問を差し挟むメイドを見かけたら、今私が言ったことを伝えて回れ。そうすれば今のことは不問にしよう」
「お約束いたしかねます。命が惜しければこのような直言はしません」
「そうか」
アサギの短い一言と同時に、お掃除係の首が胴体から離れる。
次の瞬間には胸に鋏が突き刺さる。
流れ作業のように彼女を絶命させたアサギは、その場をスタスタと立ち去る。
「やはり寛容は組織の薬にならん。私もまだまだ甘かったな」
ヒイロの自室に連れてこられたヤマブキは、両手を後ろ手に拘束されていた。
ヒイロはマイクに向かって放送を流している。
「業務連絡。例のメイドは見つかった。ご苦労。褒美は寝て待て。以上」
端的に連絡を終えたヒイロは、足を組み直して椅子にふんぞり返ると、床に座り込むヤマブキを見下ろす。
「どうやって入ったわけ?」
「扉が開きっぱなしでしたわよ。わたくしは蝶のように舞い込んだだけ」
「さっき点検させたけど異常はなかった。報告どおりの嘘つきだね」
「滅相もありませんわ。こんな丸腰で捕縛されて嘘などつくものですか」
「丸腰? ずっとカメラで見てたけどさ。随分色んな武器持ってるじゃん」
「ええ、お近づきの印に武器を上納しようかと思いまして」
「お生憎! 武器なら間に合ってる。聖典の押し売りの方が似合ってるよ」
「昨日ご奉仕係になったばかりでして。聖典は持ち慣れてないのです」
「嘘つけ。もういい。目的はあのデカ腹と緑髪?」
「何の話ですの? アヤメ派での出世の道が途絶えたので、トリカブト派に宗旨変えしたいだけですわ」
「そりゃ奇遇! アタシも元アヤメ派でね。あんな陰湿なとこは戻りたくないよねぇ」
「気が合いますわね。トリカブト派にはとーっても賢い方々しかいないようですし、わたくしの知略は役に立ちますわよ」
ヤマブキがにこやかに言うと、ヒイロは痰でも吐き捨てるように言う。
「ダメだ。何も吐く気がないならさっさと出てきな」
「あら、逃がしてくださるんですの? いやに親切ですわね」
「アタシは気まぐれなんだ。気が変わらないうちに……」
その時、彼女はヤマブキの脇腹からオイルが滴っていることに気づく。
オイルは、彼女が入ってきた扉へと続いている。
「その油、何?」
ヒイロが訝しむと、ヤマブキはほくそ笑む。
「美紙から教わりましたわ。道案内にはこういう方法もあると」
次の瞬間。
扉がバタンと開く。
そこに立っているのはアイジロだった。
コハクの頭部がヤマブキとヒイロを交互に睨みつける。
「ヤマブキ……ヒイロ……。決着をつけねばならないメイドが二人もいる」
「アイジロ! 一時休戦としませんこと? 協力して美紙を……」
「ええええええええええええええええ!?」
ヒイロが唐突に素っ頓狂な声を上げる。
あまりにオーバーなリアクションに、ヤマブキもアイジロも彼女に振り向く。
椅子から立ち上がったヒイロは、驚愕の表情でアイジロを指差している。
「なななななな、なな、なんでボクの頭がそこにあんの!?」
「………………はい?」
ヤマブキが、一瞬間を置いて首を傾げる。
そして、ヒイロとアイジロを交互に見やる。
「まさか、わたくしを殺さず逃がそうとしたのって……」
ヤマブキは、その細い目をこの上なく見広げる。
「あ、あ、あ、あなた、ココ、コ、コハクですの!?」




