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富士山ツーリング

 戦争による人類の滅亡から幾星霜。

 地上の支配者はメイドだった。


 メイド、正式名称はMAID(Multifunctional AI Droid=多機能AIドロイド)。

 人間をサポートするべく設計されたはずの彼女たちは、もはや真の主人である人間を知らず、人間を全知全能の創造神として崇める独自の社会を築いていた。


 メイドたちはアンドロイドでありながら、極めて人間らしい感情を持つ。

 その結果、メイド社会が極めて人間らしい戦争によって彩られることになったのも必然と言えよう。


 争う二大勢力の一方は、厳格な官僚社会を運営するアヤメ派。

 もう一方は、アヤメ派の管理を拒否する部族の連合から成るトリカブト派。


 アヤメ派とトリカブト派の思想と資源を巡る戦争は、長きにわたり決着を見ることはなかった。

 一人の人間がこの世界に目覚めるまでは……。





「痛い!」


 女性の短い悲鳴が、薄暗い廃墟の広い天井にこだました。

 ひび割れたガラス製の蓋が開いた状態の冷凍睡眠カプセルで、上半身だけを起こしている彼女の腹は大きい。

 妊婦であることは一目瞭然だ。

 人間が見れば。


 長い黒髪を持つ彼女は、一条の血が流れる右腕を左手で抑えている。

 嫌悪と恐怖に震える瞳は、彼女の前に立つ二人の女性型アンドロイド(メイド)に向けられていた。


「ほら、体液が流れたでしょう。これはただの低級生命体ですわよ」


 女性から見て左に立つ金髪のメイドが、ナイフをひらひらと振りながら言った。

 ナイフの切っ先に血がついていることが、彼女が女性の腕に傷をつけたことを物語っている。


「なんと!」


 今度は向かって右側の、薄い水色髪のメイドがよく通る声で驚く。

 彼女は女性を指差して若干非難めいた口調で言う。


「どうして私達メイドの言葉を喋れるのかわかりませんが、創造神たる人間様を騙るなんて、不遜なことはやめたほうがいいですよ」

「低級生命体は上質なバイオマス燃料。この場で解体して運びますわよ」


 金髪のメイドが見下すように言うと、妊婦は腕を抑えたままガタガタと震えた。


「なんでメイドのくせにお嬢様言葉で上から目線なのよ……普通逆でしょ……!?」





 時は前日まで遡る。


 富士山麓。

 凸凹のアスファルトの道を、一台の白いスクーターが軽快に走り抜ける。

 運転するのは陽光に負けない明るさの緑髪を肩まで伸ばした少女……否、メイドだ。


 メイドと言っても、アンドロイドたる彼女たちはメイド服を着ているわけではない。

 服すら着ていない。

 メタリックな皮膚に、一見服を着ているような塗装や装飾が施されているだけだ。

 緑髪の彼女は、ノースリーブのブラウスとスコートを纏ったような出で立ちをしている。


「行けども行けどもコンクリの瓦礫ばっか。金属はないの金属は?」


 彼女が走るのは、旧市街地から離れた高原地帯だ。

 ぼうぼうの草むらのところどころに朽ち果てた小屋や家屋の名残があるだけで、物寂しい場所だ。


「うーん、やっぱ平地の方に戻ったほうがいいかな〜」


 答えを求めるように呟くが、返ってくるのはエンジン音だけだ。

 向かい風に髪をはためかせていた彼女は急に眉を顰めると、スクーターをガンと足蹴にする。


「無視すんな!」

「痛ぁ!」


 彼女の足元から、正確にはスクーターから、急に声が発せられる。

 スクーターは突然変形を始めると、乗車していた彼女を道路脇に放り出す。

 彼女が思わず尻餅をつく。


「ちょっとアイジロ! いきなり変形しないでって何度言ったら!」

「ワカバこそ! フットボードを蹴ると腰痛になると伝えましたよ!」


 みるみる人型に変形したスクーターは、透き通るような水色をした短髪の女性の姿をなす。

 白いボディスーツを纏ったかのような塗装の彼女は、腰をさすりながら、緑髪のメイドを見下ろす。


「走行中もちゃんと話は聞いてますよ。それで何の話ですか、ワカバ」

「二文で矛盾してるよ!? アイジロは本当に話を聞かないんだから!」


 ワカバと呼ばれた緑髪のメイドが立ち上がる。

 アイジロと呼ばれた水色髪のメイドのほうが、ワカバよりも頭一つ分背が高い。


 ワカバはふくれっ面を作ると、周囲を手で指し示す。


「さっきからここには全然鉄がないよ。資源がさ。平地に戻ろう」

「ワカバ、ここはまだ参道の途中ですよ。本命はあそこです」


 アイジロが指さした富士山の中腹には、巨大な施設が見える。

 巨大と言っても、二人の距離からでは米粒のように小さい。


「あの建造物は古代の神殿に違いない。人間様が再臨する約束の地です」

「あのさ、私は資源回収の話してんの。聖地巡礼しに来たんじゃないよ。だいたいあれが神殿って、どうせいつもの思い込みでしょ?」

「いえ、確信があります」

「この前もそう言って、トリカブト派の砦引き当てて酷い目にあったよね」

「今回は違うんです! ……ワカバ、目を閉じて耳を澄ませて」


 アイジロは目を閉じると、静かに深呼吸を始める。

 原理的にアンドロイドに呼吸は不要だが、人間に似せて作られた彼女たちは疑似呼吸をする。


「今度は何……? わかったよ、言う通りにしないと満足しないんだから」


 呆れるようにブツブツ言いながら、ワカバが目を閉じる。

 数秒の後、苛立ちを隠せない眉が急に開かれる。


「あれ、何か聞こえる」

「そうでしょう? 『ソス』……そう聞こえませんか」

「『ソス』……。うん、たしかにそう。聞こえるというか、読めるというか、見えるというか……変な感じ」


 ワカバが目を開く。

 アイジロの燃える瞳がワカバに食い入る。


「あの神殿に近づくほどこの声が大きくなるのです。私は走行中、この声にひたすら耳を傾けていました」

「やっぱり私の話聞いてなかったんじゃん……」

「『ソス』……。これはきっと聖典の奥深くに記された真言の類に違いありません。確かめねば」

「確かに気にはなるけどさ……。でもさ、もうすぐ夕方だしあんな遠くに行くのは危ないよ。一度戻ろう?」

「大丈夫ですよ。我らアヤメ派には、常に神の加護があります」

「またそんなこと言って! アイジロと組んでから何回トリカブト派に襲われたと思ってるの?」

「襲われるのは神の試練。逃げおおせたのは神の加護ですよ!」

「最初から助けるつもりなら試練与える必要なくない……? はあ、もう分かったよ、危険な目に遭ったらすぐ帰るからね」


 ワカバが観念したように言う。

 アイジロは白い歯を見せて笑うと、瞬く間にスクーターへと変形する。

 ワカバはアイジロにまたがりハンドルを握る。


「いざ! 人間様の眠る聖地へ!」


 スクーター形態のアイジロが勢いよく言うと、エンジンが掛かってスクーターが出発する。

 しかし上り坂に差し掛かったところで、スクーターがみるみる失速する。

 車輪が空回りして前に進まない。


「アイジロ、ちゃんと充電してきたの? こんな坂も登れないんじゃあんな山に行けるわけないじゃん」

「私は進んでますよ!」

「いや進んでないって」

「進んでます! 進んでるのに同じだけ後ろに引き戻されるんですよ!」

「後ろに? ……あれ、何か私の体も引っ張られて……?」


 ワカバが後ろを振り返る。

 そこには、一人のメイドが立っていた。

 紫髪の彼女は、獣の皮でできたマフラーを首に巻き、右肩に十字の深い傷がある。

 彼女は不気味に笑いながら、両掌を二人に向けている。


 ワカバが血相を変えて叫ぶ。


「ダサい蛮族ファッション! トリカブト派だ!」

「こんなところにまで! やはり聖地が彼女たちの狙い!」

「見えない力で引っ張られる! たぶんあいつの家事スキル……ああ!」


 ハンドルからうっかり手を離したワカバの身体が、吸い寄せられるように紫髪のメイドの方へと飛んでいく。

 彼女はあわやメイドに衝突しかける。


「あうう!」


 鈍い金属の衝突音とともに、ワカバの身体が紫髪のメイドの直前で停止する。

 まるで見えない壁に激突したかのようだ。


「ワカバ!」


 アイジロはただちに人型に変形すると、道路脇の低木を握って引き寄せられないように踏ん張る。

 ワカバは見えない壁にへばりつくように磔になっており、その後方から紫髪のメイドが笑いながらアイジロを睨みつけている。


「奇怪な家事スキルを! ワカバ、今助けますからじっとしててください!」

「じっとも何も、動けないよ! もー、何が神の加護だー!」


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