エピローグ
ハロウィン祭から数日が過ぎた朝のことだった。
キャボット領に激震が走る。
『領主の不正発覚、爵位剥奪』
『脱税に関与、多数店舗廃業へ』
新聞の大きな見出しが、町中を揺らしていた。
あの日――領主が衛兵に連れて行かれたのは、このためだったのだ。
町の急成長も、人の出入りの活発さも、すべては裏で不正が働いていた結果。
ライバル店もそのひとつで、脱税によって安く仕入れた材料で商売をしていたという。
そんな悪事にデイジーが押し潰されかけたのかと思うと、腹立たしく、やりきれない。
けれど取り返しがつかなくなる前に明るみに出て、本当によかった。
そして、もう一つの見出しに目が留まる。
『事件解決の裏に、王弟殿下あり』
――王弟、アーノルド・フォン・アルステッド殿下。
キャボット領の不審を察知し、密かに調査を進め、真相を暴いた。
新聞は彼を『領地を救った英雄』と讃えていた。
……胸の奥で小さな違和感が膨らんでいく。
「まさか、この王弟殿下って……」
あの日、領主はルドさんを見るなり態度を変えた。
衛兵が彼を“隊長”と呼んでいたことも忘れられない。
普通の人ではないとは思っていた。けれど、まさか――
「ルドさん……?」
「呼びましたか?」
「っ!?」
顔を上げると、そこに本人が立っていた。
驚きに息が詰まり、言葉が出ない。
「新聞を見たようですね。それなら話は早い。――あなたに、お願いがあって来ました」
広げた新聞を横目に、彼は真っ直ぐこちらを見据える。
私は心の準備もないまま、その視線を受け止めるしかなかった。
「今、この地は不安定です。立て直すには象徴が必要になる。だから私は……あなたの店『デイジー』に、その大役を任せたい」
「えっ……た、大役……?」
「復興の看板として、この町の“甘さ”を取り戻す旗印に。デイジーこそふさわしいと、私は確信しています」
嬉しさと戸惑いが一度に押し寄せ、胸が落ち着かない。
その響きには、ただの応援ではなく“決定権を持つ者”の重みがあった。
「ルドさん……やっぱり、あなたは……」
「……できれば、もう少し隠しておきたかったのですが」
「どうして……?」
「身分を知れば、あなたが遠ざかってしまう気がしたからです」
真剣な瞳に射抜かれ、視線を逸らすこともできない。
「私は王弟である前に、一人の男です。――そして、この男の心は、すべてあなたに預けています」
胸の奥が熱くなり、甘い蜜のような言葉が沁み込んでいく。
どうしてこんなに簡単に、心臓を掴まれてしまうのだろう。
「なんで……私なんですか……?」
「理由なんて、うまく言葉にできません。気付けば目で追っていて、気付けば心が向かっていた。……それをきっと“運命”って言うんでしょうね」
不意に照れたように笑うルドさんに、胸の奥がくすぐったくなる。
真剣さの中に見えるその素直さが、どうしようもなく愛おしい。
――まるで、私まで運命に巻き込まれてしまったみたいに。
秋の空は高く澄み渡り、町には少しずつ日常が戻り始めていた。
けれど私の鼓動は、祭りの夜の花火のようにまだ鎮まりそうになかった。
高貴な方の隣に並ぶ自信なんてない。
けれど――ルドさんのいない未来は、もう考えられそうになかった。
差し出された手を取ると、彼はふっと微笑んだ。
「……あなたのケーキは、世界一ですから」
デイジーの再建と、私たちの新しい物語は――今、始まろうとしている。




