Ⅳ.ハロウィン祭当日
『仮装の準備ならこちらで手配します。あなたは、お菓子のことだけを考えていてください』
あの日、ルドさんはそう言い残し、背を向けた。
その言葉に甘え、私は試作と仕込みに没頭する。
そうしないと、余計なことを考えてしまって、作業が進まない気がしたから。
――そして、ハロウィン祭まで数日と迫った朝。
店先に届いた大きな包み。中には仮装用の衣装と置き手紙。
出店場所や注意事項に混じって、最後の一文だけが異彩を放っていた。
『死神にはお気をつけください』
冗談か、それとも警告か。意味は掴めない。
嫌われてしまったのかと、不安になる。
あの日、情けない姿を見せてしまった私に呆れたのかもしれない……。
それでも、準備を整えてくれたのは事実。
――私はまだ、何ひとつ返せていない。
◇ ◇ ◇
ハロウィン祭当日。
割り当てられた露店の一画で、子どもたちにお菓子を配る。
このお菓子は、私自身の子ども時代を思い出して作ったものだ。
あの頃、もらったお小遣いはわずかで、祭りをまわるのが精一杯だった。欲しかったお菓子を諦めたことも、何度もある。
それでも私は、まだ恵まれていた方だと思う。お小遣いすらもらえない子だって、きっといる。
だからこそ、お祭りは、みんなで楽しめるものであってほしい。
質も大事。だけど、量や経験、思い出も同じくらい大切だ。
大きくなった時、「楽しかった」「美味しかった」って、そう思い出してもらえるようなお菓子を作りたかった。
だから、味はもちろん、見た目にもとことんこだわった。
その思いが届いたのか、子どもたちは笑顔で列を作り、楽しそうにお菓子を受け取ってくれた。
その噂を聞きつけた親たちも次々と立ち寄ってくれて、売り上げはぐんぐん伸びていく。
きっとこういうのが、今のデイジーの形なのだと――両親も認めてくれるはずだ。
……と、思っていたのも、束の間だった。
「おいおいおい、何勝手に出店してんだぁ?」
聞き覚えのある声。視線を上げると、そこにいたのは――あの男達だった。
「ちゃんと許可は取っています!」
慌てて書類を差し出すが、男はそれを鼻で笑った。
「はぁ? そんなもん、偽物に決まってんだろ。お前んとこの店が、ここで商売できるわけねぇだろうが!」
ぐしゃあああっ!!!
男が無造作に手を伸ばし、テーブルの上に並んでいたお菓子をめちゃくちゃに潰していく。
色とりどりのアイシングも、丁寧に結んだリボンも、床に散らばって踏み潰され、甘い香りと粉砂糖が悲鳴のように宙を舞った。
「や、やめてくださいっ!!」
喉が震える。
せっかく、みんなが喜んでくれたのに。
せっかく、ルドさんがくれたチャンスなのに。
こんな人たちに、踏みにじられて終わりになんてしたくない……!
「――何をしている?」
低く、冷たい声が空気を裂いた。
振り向いた先、群衆を割って歩み寄る影。
黒ずくめのローブ。
仮面の奥からのぞく鋭い光。
その姿は、まるで死神――
「なんだテメェ!? 引っ込んでろ!」
「聞いているのはこちらだ。もう一度聞く。貴様らは、そこで何をしている?」
男達は威勢よく吠えていたが、死神男の威圧感に気圧されたのか、少し狼狽えた様子を見せる。
「ちょ、ちょっと灸を据えてやっただけだ! この嬢ちゃんが勝手に商売してるからよ……」
「なるほど。では、私も“灸”を据えねばならんな」
風が走った。
気付けば男達は地に伏していた。
「な、何しやがる!」
「風紀を乱す不届き者を排除したまで」
「くっ……この野郎……!」
「言い分があるなら、牢の中で聞こう。おい、衛兵! 連れていけ」
衛兵が動き、男達を連行していく。
その時、死神男が私の前に立ち、静かに口を開いた。
「来るのが遅くなってすみません……怪我はありませんか?」
一瞬身構えてしまったが、その声を聞いてハッとした。
さっきまでとはまるで違う、心配を含んだ優しい声色。
聞き慣れたこの声――間違いない。
「ルド……さん……?」
「これは一体なんの騒ぎだ!」
怒声が響いた。
人垣が割れ、この地の領主キャボット伯爵が現れた。
「仮面の貴様か! この混乱を招いたのは!」
「心外ですね。私は市民をお守りしただけです」
「戯言をぬかすな! 無礼者め! そのふざけた面を晒せ!」
「ずいぶんと手荒い物言いだ」
「この俺を誰だと思って……」
ゆっくりと、仮面が外される。
露わになった素顔に、伯爵の表情が強張った。
「な、なぜあなたがここに……」
「キャボット領のハロウィン祭は有名ですから。一度、足を運んでみようかと。――まさか、私が来ると“困る”理由でも?」
「そ、そのようなことは……!」
そこへ、衛兵が駆け寄る。
「隊長、例の物が見つかりました!」
「ご苦労。任務を続けろ」
――隊長……?
「どうやら、伯爵とは改めて、込み入った話をせねばなりませんね」
「はい……?」
「とはいえ、今日は祭りです。私も場を乱す気はありません。今日の私は“死神”ですが――あなたの魂を狩るのは、また後日ということで」
「ひ、ひぃっ……!」
「どうぞ。私の部下と共に、最後の晩餐をお楽しみください」
青ざめた伯爵が後退る。
私はただ、その光景を見つめることしかできなかった。




