Ⅰ.廃業危機からの脱出
【suɠury -シュガリー-シリーズ第1弾】
イラスト:邪十
長閑な田舎町の片隅にある、小さな洋菓子店『デイジー』には、今日も今日とて閑古鳥が鳴いていた。
そして、店主である私も……同じく、その状況に泣いていた。
「お客さん来ないよぉ~……」
この台詞も今日で何度目だろうか――
死んだ両親の店を継ぎ、早三年。
不甲斐ないことに、店は廃業の危機に陥っていたのである。
首都から遠く離れた場所に位置するここ、キャボット伯爵領では、近頃町の活性化が著しく向上していた。
中心部には次々と新しい店が展開され、まるで首都を思わせるかのようなその光景は、瞬く間に人々の心を鷲掴みにした。
町並みは数年前と比べると、見る影もないほど華やかになり、常に多くの人で賑わいを見せる。
聞いた話によれば、今訪れたい観光地上位に選ばれているとかなんとか……。
その中には、もちろん洋菓子店も含まれていた。
洒落た外観に凝った内装、美しい店員に種類豊富なお菓子。味も申し分なく、値段も手頃。更には立地もいいとなれば……うちから客が遠のくのは至極当然の流れだった。
ライバル店の出現――それが経営悪化の要因である。
せっかく町に人が集まっているのだから、何か打つ手はないかとあれこれ模索してはいるものの、何分一人ではやれることに限界があった。
今のデイジーは、両親と親しかった昔馴染みのお客さんや、町に出てクッキーなどの持ち運び可能なお菓子を売りさばくことで、なんとか持ちこたえている状況だ。
こんな生活……いつまでも続くわけがない。
だからこそ、もうすぐ行われるハロウィン祭――この領地伝統の、年に一度の大きなイベントに全てを賭けることにした。
ハロウィン祭では、申請手続きさえすれば任意の場所に出店を構え、自由に商品を販売することができる。
今のキャボット領の認知度ならば、規模も集客も去年を優に超えるだろう。
この絶好の機会を逃す手はなかった。
何としてでも爪痕を残して、デイジーを再建させてみせる。
両親が残した、思い出の詰まった大切なお店を何としてでも守り通したいから。
それだけが、私の願いだった。
――なのに、どうして現実はこうも残酷なのだろうか。
「申請が下りない……って、どういうことですか……?」
今しがた、町の役人だと名乗る男性二人組が店に訪れ、たった一枚の紙切れで、私を絶望の淵へと追いやった。
突きつけられた紙には『ハロウィン祭出店不許可』の文字。
声を荒らげずにはいられなかった。
「どうして許可が下りないんですか!?」
「はぁ、どうしてと言われても……ハッキリ書いてあるじゃないか。この店は、ハロウィン祭に参加する資格がない、と」
「嬢ちゃんよぉ、菓子なんか作る前に、読み書きの勉強からやり直したらどうだぁ?」
無情にも、返って来たのは太々しくこちらを馬鹿にした態度だけ。
役人とは名ばかりで、取り合う気は毛頭ないようだった。
「ハロウィン祭には、それなりの収益が見込まれると判断された店のみ出店が許可される決まりだ」
「待ってください、そんな基準、今まで……」
「今年からそう定められたのだ。新領主様の発案によって」
「ハロウィン祭はこの領地の名物イベントだろう? おままごとじゃあねぇんだ、質の低い商品でレベルを落とされちゃ溜まったもんじゃない!」
「なっ……」
失礼極まりない物言いに、頬がカッと熱を持つ。
立場の低い女一人だからと、完全に見下しているのがありありと見て取れた。
言いたい放題の目の前の男達に、握った拳がわなわなと震える。
「それにしても、陰気臭ぇ店だ。これじゃあ美味いもんも不味くなる。客が来ねぇのも頷けるぜ」
「まさか、こんな場所がまだこの領地に残っていたとはな」
「なぁ、嬢ちゃん。悪ぃことは言わねぇから、そろそろ店終いしたらどうだぁ?」
「そうだな、この辺り一帯はリゾート開発予定地と噂されている。何事も早い方がいいだろう」
「顔は悪くねぇんだ、ひょっとしたら表通りの菓子屋で雇ってくれるかもしんねぇぜ? ま、保証はしねぇけどよぉ!」
ゲラゲラと嗤い、こちらを品定めするかのような視線に虫唾が走る。
そろそろ、我慢の限界だった。
「なぁ、相棒よ。俺達がこの店の最後の客になってやるっていうのはどうだ?」
「ふん、面白いことをいうな、お前も」
「俺は慈悲深ぇんだよ。さぁ嬢ちゃん、一番上等なモンを出してくれよ。金なら惜しまねぇ、なんなら全部でも構わねぇぜ? だがせめて食えるもんに……」
「お帰りください」
「…………あ?」
「聞こえませんでしたか? お帰りくださいと言いました。うちはあなた達のような人に売るお菓子は、何一つ置いていませんから」
私の発言により店内は一瞬で静まり返った。
三人の間に殺伐とした空気が流れ始める。
室内の温度が一気に低下したのは、きっと気のせいではない。
「は……なんだって? 俺の聞き間違いかぁ……? 一体何様のつもりだ!? あ"ぁ"!?」
「おい待て、熱くなるな。この店はどうやら客を選ぶらしい。通りで繁盛しないわけだ。これでは金を使ったところで鳥の餌にすらならんぞ」
「チッ! イラつかせやがって……クソが!!」
ガッシャーン!!と激しい音が鳴る。
憤った男の側にあった花瓶が、激しく地面に叩きつけられた音だった。
粉々に割れたガラスの破片と横たわった小さな花を踏みつけ、男は恐ろしいことを口にする。
「おい、気が変わった! 今すぐこの店ブッ潰しちまおうぜ!」
「待て、上にはどう説明する気だ?」
「んなもん適当に言やぁいいんだよ!」
「うむ……ならば、建物の老朽化ということにしておこう。それならば仕方あるまい」
一体何が仕方ないのか、男達の発言は到底理解出来ないが、このままでは店がめちゃくちゃになってしまうことだけは確か。
私にとって、大事な大事な、両親との思い出がたくさん詰まったかけがえのない場所。
それが、こんな野蛮な人間に、理不尽に壊されようとしている。
力で敵わないことは百も承知だが、大切な店を馬鹿にされて、ただ黙っていることなんて出来るわけがなかった。
――天国のお父さん、お母さん、聞こえているでしょうか。
食べ物を粗末にしてはいけないと教わりましたが……どうか今だけは、許してください。
私は、手元にあったワンホールのケーキを――おもいっきり、正面目掛けてぶん投げた。
バフッといい音が鳴って、皿だけが床に転がった。
ケーキは見事、男の顔面に的中していた。
――けれど、ケーキまみれになったのは、野蛮な役人達ではなかった。
「だ、だれ……?」
突如現れた第三の男。敵か味方かも分からない、フードを被った長身の男がそこにいた。
私だけでなく、役人達も、顔面にケーキを食らったその人物を唖然と見つめる。
「……これはまた。とても、上質な味ですね」
謎の男の第一声は、ケーキの感想だった。
「だ、誰だテメェ!? いきなり現れやがって……!」
「ど、どうやら、低俗な店には奇妙な客しか来ないようだ……まさかこれがこの店のおもてなしというやつか」
「おちょくってんのか!? こっちは腹の虫が治まらねぇんだ……邪魔すんなら容赦しねぇ!」
気性の荒い役人が、ケーキまみれの男に掴み掛かろうとした。
危ない!と声を発しそうになったが――その心配は杞憂に終わる。
ケーキで視界は塞がり、何も見えていないはずなのに、彼は華麗にその手を避けて見せたのだ。
虚しく空を切った役人の手。避けられるとは夢にも思っていないだろう男は、勢い余ってそのまま前方に転がった。
「いっ……てぇ!! は、はぁ!? 何避けてんだよ!?」
「これは失礼、つい」
「つ、ついだと!? 馬鹿にしやがって……! 大人しく殴られてろ!」
完全に頭に血が上った様子の役人は、今度は殴り混む勢いで彼に挑む。
しかし、その攻撃が当たることはなかった。
その様子を見ていたもう一人の役人は、勝てないと判断したからか、自分だけそそくさと逃げようする。
すると、それまでも見えていたかのように、ケーキ男の反撃は始まった。
まず、目の前の襲い掛かってくる拳を受け止め、相手が怯んだ隙に間髪入れずその腹に足蹴りを食らわす。
そしてその男をそのまま逃げようとしている仲間の元へと投げ飛ばした。
気付けば役人達は仲良く二人で意識を失っていた。
静まり返った店内に、さっきとは違う緊張感を覚える。
目の前の彼は、一体何者……!?
「こちらのケーキを作ったのはあなたですか?」
「っ、ひゃい!」
突然の質問に、声が裏返ってしまった。
慌てるこちらの様子を楽しむかのように、小さく笑いを溢す目の前の彼。
「あ、あの……見えて、ます……?」
「見えませんね」
やっぱり見えていなかった。
それなのにあの役人達を撃退してしまった。
只者ではない。
「今まで様々な場数を踏んで来ましたが……さすがの私も、このような攻撃は初めてです」
顔面のケーキを指して、世間話でもするかのように語る彼。
「ところで、なにか拭くものをお借りしても?」
「は、はい!」
◇ ◇ ◇
ケーキを拭いとると、彼はとても端整な顔立ちをしていた。
私が今まで出会って来た人の中で、断トツに美しかった。
そんな彼は、自分を「ルド」と名乗った。
「私は、ニーナと言います。ここで洋菓子店を営んでいます」
「お一人で?」
「はい、元々は家族で経営していたんですが、両親が他界しまして……あの、先ほどは助けていただきありがとうございました。それと、ケーキまみれにしてしまって、本当にすみません……!」
「気にしないでください。避けようと思えば避けられましたから」
……確かに、見えなくてもあれだけ戦えるのだ。一般女性が投げた物を躱すことぐらい、わけないだろう。
何故当たったのか、疑問が残る会話だった。
「状況から察するに、あの者達が横暴な振る舞いであなたを困らせたのでしょう?」
縄で縛りつけ、それでも尚、未だ気絶している役人達を横目に、そう言うルドさん。
「感心しませんね」
最初は役人に向けて発せられた言葉かと思ったが、そうではなかった。
「私がいなければ、あなたは危ない目に遭っていたでしょう。もう少し冷静な判断をおすすめしますよ」
「そう……ですよね……」
一体どこから会話を聞いていたのかは謎だが、ルドさんの言うことはもっともだった。
火に油を注いだ自覚はある。
適当に聞き流しておけば、上手くやり過ごせたかもしれないのに。
――それでも、私の、他人から見ればちっぽけかもしれないプライドが、それを許せなかったのだ。
「もし、もう一度同じことが起きたら……同じことを言うかもしれません」
「え?」
「もちろん、無闇に騒ぎ立てるつもりはありません。でも、この店を守るためなら私は……どんなことだってします!」
言い切った私に、ルドさんは目を丸くした。
助言をくれた相手に言い返すような態度を取って、失礼な奴だと思われたかもしれない。
実際ケーキを投げつけてるから今さらではあるが。
反省してないと思われて、助けなければ良かったと思われても仕方がない。
「生意気言って、すみません……」
譲れない思いに、縮こまることしか出来なかった。
こういう時にこそ、波風を立てないよう上手く流して置けばいいのだろうが、恩人相手に嘘を付くのは、何かが違うと思ってしまった。
「それは……結果的に、店が半壊しても、ですか?」
「うっ……」
「本末転倒な気がするのは私だけでしょうか」
「仰る通りです……」
痛いところを付かれ、ぐうの音も出ない。
さらに身を縮ませていると、不意にルドさんは声を上げて笑い出した。
「ル、ルドさん……?」
「あなた、面白い人ですね」
「あ、ありがとうございます……?」
お腹を抱えひとしきり笑うルドさん。その姿を不思議な感情で見守る。
「失礼、さっきの提言に嘘はありませんが……あのような場面で立ち向かう度胸、嫌いじゃないですよ」
出逢って一番の笑顔を見せるルドさんに、思わず胸が高鳴った。
……イケメンだから、仕方がない。
「あなたにチャンスを与えましょう」
ルドさんはそう言った。
「チャンス……?」
「ハロウィン祭に出店したいんですよね?」
「!」
本当に、どこから会話を聞いていたのやら……でも、今はそんなこと、どうでも良かった。
「どうにかなるんですか……?」
「私の方で少々伝手がありますので、ねじ込んでおきましょう」
願ったり叶ったりの申し出だった。
ルドさんは一体何者――?
「チャンスは与えました。あとはあなたの力次第です」
期待を込めた視線で、私を見るルドさん。
「次はちゃんとした形で、あなたのケーキを食べさせてくださいね?」




