14.それぞれの貫く道
--10年前、俺、ディルア・キャッツァは兵士になった。勇者とか騎士とかにはなれなかった。俺に魔法は無かったから。
魔法は素敵だ。幻想を現実に変えてしまう代物。ごく普通の事だが、俺はたまに「あぁ、やっぱり魔法っていいなぁ」と思う。
魔法使いを初めて見たのは6歳の頃。街にやってきた勇者パーティの魔法使いが俺に魔法を見せてくれた。それは水を出す魔法で俺に虹を見せてくれた。今思うと基礎魔法だけど、当時の俺からしたらなんて神秘的なんだろうと思った。
魔法は良い。神秘的で、美しくて、夢と希望を与えてくれ--
--否!!
「--っぶぉ!ぶはぁ!」
ディルアの顔面に氷のつららが突き刺さる。
氷のため、顔面に当たれば割れて無くなるが、それでも痛みはしっかりとら与えられる。
「どうしました?まだまだ来ますよ?」
「っくそぉ!」
--魔法とは、強さの暴力!持っている者と持っていない者の差は明らか!
「っぐぁ!っうぁ!」
--分かっていた!結果などわかっていた!
「最後です。」
「っぐぁ!?」
メリーの杖から形成される魔法陣。その中から氷が生まれ始め--
「...なんて、神々しい。」
氷の結晶が目の前に広がり、全てを覆い尽くした。
--魔法という神秘的なモノに魅了され、強い眼差しを送っていた俺なら最初から分かっていた。
身体が動こうとせず、意識が止まった感じがする。
デイルアと他の兵士達は氷漬けにされた。
--魔法に常人が勝てるはず無いのだ。
「さて、これでこっちは大丈夫ですね。」
メリーは杖を立てながら氷漬けにされた兵士達を眺める。
氷漬けは最終手段ではあったが、想像以上にしぶとかった彼らを黙らせる為にやるしか無かった。
氷は自然に溶けもするが、メリーが自在に調整することも可能。
「向こうはどうでしょうか?」
氷の壁の奥、ルイが降り立った戦場の様子をメリーは気にかける。
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「クソ!こんなこと...してる場合じゃぁ!」
「あ!?なんか言ったか!?」
カイザーの怒涛の連撃におされつつあるミクロス。
だが、ミクロスの懸念点はそこではなかった。
「ックソ!なんで、アイツが!?」
「だから、さっきから誰のことだよ!俺を見ろ!」
「あぁ!もう!鬱陶しい!」
レイガルド襲来。その事に気づいているミクロスは本来の目的であるフェイの抹消に力を入れるべきであった。王国コロシアムは、あわよくば国を滅ぼせるのではとミクロスが考えたことであったが、もはやそれどころでは無い。
だが、
「...あと、2分!」
「クソが。」
カイザーの命は今ミクロスの手がかかっている。2分。それが残りのカイザーの命。
「一応言っておきますけど、私を倒したら身体の中の異物が無くなるとか考えない方がいいですよ!」
「...」
「だって、まず私を殺せないし、そもそもあなたに入ってる異物ってのも、私ですからね!」
「....なーるほどねぇ。」
ミクロスの能力。そのカラクリにようやくカイザーは気づく。
「...どゆことだ。」
ルイのみが思考を遅らせている。
「簡単な話だ。コイツの魔法はいわば身体の分離だ。だから、全てが本体。偽物とかは無いんだ。そして、俺の身体に入ってきたのも本体であるこいつ。傷口から侵入し、内側から攻めるつもりなんだろう。タイムリミットに関しては分からんが。」
「あぁ、それは!今アナタの心臓に向かってる最中なんですよ!そうですねぇ、今はお腹辺りですね。かなり小さめになったので移動がまぁ大変で!」
「なるほど、んで俺の心臓に直で攻撃ってわけね?」
「うーん攻撃と言うよりは貴方の心臓の近くで爆散しようって感じです。このくらいのサイズじゃ心臓に魔力を付与されたら何も効かないのでね、爆散ならもしかしたら身体が内から弾け飛ぶかも、です。」
「...」
魔力で心臓を守ろうとしたカイザーの意図を直ぐに読み取りその対策法を既に出していると伝えるミクロスの用意周到さにカイザーはお手上げ状態になる。
「2分間いなしてしまえば、私の勝ちです。」
「...どうしたもんかね。」
カイザーは思考を回す。
「....」
ルイは持った剣を見つめて考えた。
--お前は一体何をしている。ここに来た理由は?英雄を取り戻すんだろ?まだ何も...
「俺は、まだ何も出来てない!」
ルイなりに焦っていた。英雄伝説だの言っておいて何も出来ていない自分に対して苛立ちもある。
だが、ミクロスとの戦いにおいて活躍できる自信はない。一体何が出来る。
「って!私戦う必要ねーじゃん!!!」
「ッチ!」
ミクロスはここで気づいてしまった。
そう、彼女は既にカイザーの命に爆弾を仕掛けているようなもの。ここでミクロスがカイザーと戦う意味は何も無い。
そこに気づかれてしまったカイザーは舌打ちをこぼす。
「バカのままでいてくれたら楽だったけどな。」
「ふん!私はもう知らないです!そこのカス市民共!コイツ殺しといてね?」
「え?いや、無理ですよ...」
--シュバ!!!!!
市民の言葉など耳に入れずミクロスは爆散する。
粒子サイズとなった彼女はもはやただの肉片で、普通の人間なら再生するなど考えることも出来ない状態。
普通ではないからこそ、魔族であり魔王軍大幹部なのだ。
肉の破片達は、病院の屋上で再び再集結し、ミクロスとなって復活する。
「そんじゃ、私は用ができたので、ここらで失敬!貴方は残りの人生楽しんで!あとちょっとしかないけど!」
「...」
そう言い、ミクロスは病院から城の方向目掛けて飛んで行った。
カイザーにかける言葉がルイは見つからなかった。
「...え、っと、...なんつーか、なんかしたいことある?」
出た言葉と言えば、そんなふざけた質問しか出来なかった。
「は?何言ってる。俺が死ぬわけねーだろ。」
「.....え!?」
カイザーが落ち込んでいると思い、最期にやりたいことをやらせてあげようと考慮したルイの考えを吹き飛ばす様な事を言い出した。
「あのバカ、自分で自分のカラクリ言いやがってバカなことよ。要は俺の中に入ったのはアイツ自身。特殊な魔術や毒物じゃない。」
「いや、アイツが体内で大暴れしたら終わりだろ?」
「この身体に入るサイズってなりゃかなり小さいだろう?そんなもん魔力をぶつけただけで弾け飛ぶわ。」
「...体内に魔力を?」
カイザー・セルドは、"天才"であった。
「...まぁ、こんな感じだよ。」
体内に魔力どころか魔法をかけてしまう男。
体内の魔力操作などおちゃのこさいさい。
カイザーの体内は徐々に熱くなっていき、蠢く異物を捕える。
その異物目掛けて、
「---!」
魔力をぶつける。
異物は一瞬にして消え去る。
「はい、これで終わり。」
「えぇ...」
あまりにも簡単に終わりルイは少し拍子抜けされる。深刻な雰囲気漂わせていたのは女を油断させる為か?
「で、お前は何なんだ?ルイ・レルゼン。国は今お前を探し回ってるんだぞ?お前は一体何を知ってる?」
「...」
「魔王城でなにがあった?」
「...俺は、」
「な、何してんだよ!?お前!騎士だろ!?何故あの魔族を殺さなかった!?」
荒れ狂う民衆が再び立ち上がる。先程まで息を殺していた彼らの怒りの矛先となっているカイザーは口を半開きにし聞き流している様子。
「アイツさえ殺せば丸く収まるんじゃないのかよ!?どういうことだ!」
「...殺そうとしてたろ、だがあの時アイツを殺す手立てが見つからなかった。」
「じゃあそれはお前の責任だろ!責任取って死ねよ!俺達を解放しろ!」
「ってか、もう嫌だ!殺す相手は騎士じゃなくてもいいんだなぁ!?早くこの結界から抜け出さねぇと元も子もねぇ!」
「...もう、お前でいい!死ね!」
「--っぐぁ!!!」
民衆は暴走を始め、1人の市民が隣に立っている市民をナイフで刺した。
「....おかしいですねぇ、黒王はもう居ないんですけどぉ?」
ミクロスはその光景を目にし首を傾げる。
暴動を促進させた黒王はもうレイガルドによって討伐されている為市民が暴走ることはもう無いと思っていたが、人間が1度高ぶった感情を冷めさせるのには時間がかかる。
そんな人間の感情を理解出来ない。だからそこ、彼女は魔族。
「変なの。」
人間の感情など、理解しようともしない。
「暴走がまた始まった!」
「しかもコイツら今度は市民同士でやり合ってる。こりゃ、被害が相当出るぞ。」
「クソ...このままじゃ敵の思うつぼだ...。結界さえ破壊すれば民衆も少しは落ち着くだろうに。」
ルイとカイザーがそんなやり取りをしている中でも民衆は殺し合いを始めている。
「...焦れったい!カイザーさん!魔王の攻撃がいつ来るか分かりません!我々騎士だけでも退避すべきです!」
「と言うと?結界出るには誰かを殺さなきゃいけねぇんだぞ?」
「...ですから、殺しましょう。彼らを。」
騎士の1人がそう言いながら、民衆を指した。
カイザーはその騎士の目を見て言う。
「それが、お前の選んだ騎士の道か?」
「いえ、これは一人の人間、デルア・ハナルとしての決断です。」
その騎士、デルア・ハナルは、騎士道よりも自身の命を優先する為、民衆を殺す事を提案した。
そして、その後ろにいる騎士達は何も言わなかったが、目で同意を訴えかけてくる。
彼らも一人の人間として生き抜く事を選びたいのだろう。
「...」
カイザーは考える。
もしここでそれを止めてしまっまたらここで魔王の攻撃がやって来るのを黙って待っててくれ。と、そう言ってい様なものなのかもしれない。
だが、彼らを騎士として死なせたくない。
市民を殺してしまったら騎士として死ぬ。
カイザーも市民を斬ってはいるが、それは気絶させる為で殺す為ではない。だが、彼らは確実に生き残る為に殺さなければいけない。
「カイザーさん、許可を。」
「......」
「カイザーさん...!」
民衆が殺しあっている。怒号が鳴り響く。剣の交じる音が鳴り響く。
カイザーは静かに目を瞑り、決断を下す。
「...わかった。許可す--」
「俺はさ、英雄だったんだよ。」
「.....は?」
「...何を言っている?」
カイザーとデルアが同時にルイの方向を見る。
ルイは荒れ狂う民衆に身体を向け、騎士達には背中を見せている。
「皆の希望だったんだ。皆が俺に期待して、託して、信じてくれた。それが、英雄"ルイ・レルゼン"が背負ったモノだった。」
「...」
「でも、俺はそんな俺を知らなくて、英雄なんて知らないと、全てから逃げ出したかった。皆の期待に応えられない自分が嫌だった。」
「...」
「自分を否定したかった。殺したかった。だから、一度英雄としての自分を殺そうともした。それでも、仲間が俺を立ち上がらせる。背中を叩いてくる。英雄ではない俺を英雄にしようと。」
「...」
「でも、王都に来て英雄としての俺は完全に消え去って、英雄"ルイ・レルゼン"は死んだ。残されたのはただのルイ・レルゼン。」
ルイは拳を開きながら胸の高さまで持ち上げる。
「でも、知っちまったんだ。英雄だった俺を、希望だった俺を。俺はそんな俺が今じゃ大好きでな。」
「...」
「そんな俺を皆が忘れちまったんなら、俺が蘇らせる。死んだ英雄"ルイ・レルゼン"を、俺が英雄となって生き返らせる。」
「...」
「お前らの"騎士"はまだ死んじゃいないだろ?」
「...え?」
「死んでないならそのまま生かし続けろ、お前らの騎士道。そんで死ぬまで貫き通せ。」
騎士達の剣は徐々に冷静さを保っていく。
カイザーはそんな彼らの心を動かした男、ルイを見る。
「分かった。俺らも騎士道っつーのは貫く。だから、テメェも英雄の道貫けよ?」
「言われるまでもねぇ。」
ルイの隣まで歩き、カイザーは剣を握る。
「行くぞ、英雄。」
「遅れんなよ?騎士。」
2人は剣を握って荒れ狂う民衆の中へ突撃していく。