3.敗北宣言
「撤退?もう戦わないのか?」
「はい。流石にこれ以上の被害は痛手です。アイルも記憶を奪われたとしたらもう収集がつかない。」
ルイの発言にフェイは目を閉じ、眉をひそめながら喋る。
何だか、自分のせいで魔王の討伐に失敗したようで肩身が狭い。でも、俺は何も知らないんだ。俺が罪悪感を感じる必要なんてない。
自分にそう言い聞かせルイは口をへの字にして悪気なんて一切無いと言いたげな顔を作る。勿論、ルイに責任があるなど全く思ってないフェイはルイをただただ何だかムカつく顔をしている奴と思っている。
「...あれ、俺なんで動けてんだ?」
ここで、ルイはとある疑問を抱く。さっきまでボロボロで死を覚悟したはずなのにルイの身体はなんの異常もなく動いている。疲れはあるものの、中と外の傷が完全に治っている事に違和感を感じる。
「俺に治癒魔法とかかけた?」
「あ、そっか。自分の能力も忘れてたのか。」
ルイの発言に数秒きょとんとした顔を見せるフェイだったが、思い出したかのように応えるフェイ。
自分の能力...ということは、フェイの口ぶり的にもこの傷を治したのは自分自身ということになるだうか。となると、ルイ・レルゼンの能力は自然治癒的なやつか?だが、能力というのは生まれながらに備わっているもので根本的に変えることは出来ない。ルイは子供の頃の記憶はあるが、怪我が直ぐに治った経験は覚えている限り無い。ルイはこれまでの人生で自分の能力が発揮される瞬間が無いため、自分は無能力者なのだと考えていた。
世界の人間は魔力と能力がそれぞれ備わっている。魔力に関しては全員が持っている。しかし、能力は3割程だ。どちらかと言えば能力を持っている方が珍しいと思われている為、勇者を目指していながら能力が無い事に関してはルイはそこまで絶望していなかった。
「...俺に能力???」
フェイはルイに能力がある。という旨のことを言っていた。既に記憶喪失と魔王襲来とでてんやわんやしているルイを現実は休ませてくれない。
「ルイ、君の能力は"適応"です。」
「てきおう?」
「そう。相手の攻撃を一度喰らえば、二度目以降、その攻撃に対処することが出来る。その力で君はいくつもの強敵を倒してきた。そして、傷が治るのは君の適応能力が進化したからです。」
「...進化?」
「今まで怪我をしても適応能力は発動されなかったでしょう?なのに今は発動されているのは君の適応能力が進化して人体への損傷に適応したからですよ。」
「なにそれ。無敵じゃん。」
「そうはいきません。敵が一撃で仕留める程の技を放ったり、適応が追いつかないほど早い攻撃となると無敵とも言えなくなる。実際、それで何回かピンチになった時あったし。」
「...なるほど。」
やはり、フェイの説明はわかりやすい。要点をまとめて話してくれるし、こちらの質問にも柔軟に対応してくれる。今や、ルイよりもルイを知っている存在なのだ。こんなにも自分を知ってくれてる仲間が出来たなんて、俺は恵まれている。
「それで、話は戻るんですけど、これから僕達は魔王城に来ている仲間全体に向けて撤退を知らせる。僕の描く魔法陣の中に仲間を集め、王都まで転送する。」
「王都まで?どこか近くの方に転送するじゃダメなの?」
「予め定められた場所じゃないと遠距離は転送出来ないんです。僕の"転送"は、座標を使っていて、自分の現在地の縦と横と上下の座標でどれか1つの座標を移動できるというものです。だから、遠距離転送は基本出来ないけど、1つしか無い能力の"コア"を予め決めた場所に置いておくことでコアと僕という新たな座標線を生むことが出来るんです。」
「....要するに王都にしか転送できないと。」
「うん。理解力は相変わらずそうだ。」
フェイの説明が思ったより長かった為適当にまとめたら記憶喪失前の自分諸共バカにされた。
「撤退を知らせるのは分かったけど、どうやって知らせるんだ?」
「発信室です。魔王城にある発信室で放送して皆をあつめる。」
「発信室?え、それって...」
「伝説の勇者ロイド・ゼファーが最期に放ったスピーチが発信されてた場所です。」
「あぁ。そっか、じゃあ行こう。」
ここで突撃ロイドの名前が出てきたものだから、ロイドファンであるルイは少し高揚した。魔王城で、魔王とも出会ったというのにまだ現実味が無く自分が勇者という実感のないルイは一般人感がぬぐえない。
魔王城に意識が転送される前に勇者になると決意したものの、勇者という自覚と覚悟が形成されていく過程を丸ごとすっ飛ばされたルイは完全に空っぽの勇者となっている。
そんなルイが歩き出してもフェイは足を動かそうとしない。
「どうした?発信室行くんじゃなかったのか?」
「...はい....。ただ....ただ、!」
「...ん?」
「...クソっ!ここまで来たってのに...!!!!」
フェイは柄にもなく大声で叫び、壁に向かって拳をぶつけた。今まで溜め込んでいたものを吐き出すように。
そりゃそうだ。魔王城まで来て、魔王との対決まで来て、仲間の1人であるルイが記憶喪失で使い物にならなくなる。撤退も余儀なくされ、またスタート地点に逆戻り。そりゃ叫びたくなる。ただ、
ルイにはその感情を共に感じる事も出来ない。だって、彼らと共に戦い、ここまで冒険してきたのは
勇者ルイ・レルゼンなのだから。
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「-----ツー...ツー..----」
「はぁはぁ。なんだ!?」
「あー。あー。こちら、フェイ・ハイル!魔王討伐同盟の皆に告ぐ!今すぐ全員1階まで降りください!一旦撤退する!作戦は失敗です!」
「....マジ..か。」
「フン。どうやら、コチラが優勢のようだな。」
「...ッチ。黙れ。クソ!何してんだよ!あの馬鹿野郎は!」
フェイの放送を聞き、剣を締まった赤髪の男は階段に向かって走った。
「逃がすわけないだろ。」
すると、階段に向かって斬撃が飛んでくる。
ガギイイイイイイイン!!
「あぁ、クソ時間ねぇってのに!」
斬撃を剣で弾き飛ばし、赤髪の男は階段前まで斬撃と共に飛んできた6本の腕を持つ魔王軍幹部、クルド・スコッパーに対してかまえる。
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「ふふふふ...」
「...テメェ....何がおかしい」
「いやぁ。ごめんごめん。だってさ、撤退すんでしょ?君達、それって...」
「あああぁ!?!?」
「完全に敗北宣言じゃん。」
「てめぇえええええええ!!!!!」
魔王の発言に怒り、アイルは血まみれの身体とボロボロの右手で魔王にパンチを試みる。