1.英雄死亡
王都から少し離れた小さな村。リム村。
青年は今日も野菜を売りに王都へ向かう。
青年の名はルイ・レルゼン。普通のアホ面に薄緑の髪。平均的な身長な普通の18歳。しかし、彼は仕事が終わったら森の中で素振りをするという趣味を持っている。9歳の頃、レイドが死ぬ間際に全世界に放ったスピーチ。その言葉に感銘を受け勇者になることを決意した。しかし、その決意は平凡に続く9年間の日常が徐々に削っていき、今では勇者になる為というよりは、何の意味無く、ただ素振りをしている。
「はい、玉ねぎ1個80G!80Gだよー!」
大声を出すのは疲れるし、最近の不景気じゃ全然売れないんだしもう勇者1本で行こうかな。なんてこと考えながらルイは野菜を並べひたすら売る。
「玉ねぎ3つ貰える?」
年老いたお婆さんが話しかけてきた。
「お!毎度あり!3つで240G!」
「あい。ありがとね。」
「アンタ、若いのに働いてて偉いねぇ。」
「いやいや、俺なんて全然ですよ。俺と同じ年齢でも俺みたいに野菜売ってんじゃなく、命張って頑張ってる人だっているだし...」
そう言いながら、ルイは昔自分を助けてくれた勇者を思い出す。
「なんだい。アンタ、勇者に憧れでもあるんかい?」
「だって、かっこいいじゃないすか。誰かのために戦うとか、男の夢ですよ。」
「アンタの職業だって十分誰かの為になっとるよ。」
お婆さんの言葉に少し顔を赤らめ素直に喜ぶ。
「にしても、最近は随分と勇者様が少なくなったものよね...。」
「確かになぁ...前まで色んな魔王軍幹部倒して有名だった勇者セシールとかの噂もばったり聞かなくなったしなぁ...でも、死んだって噂も聞かないし...何してるんだろうな。」
「あら、詳しいのねぇ、最近の勇者様は全然覚えれないわ。セシールという名前も初耳だわ。」
「まじですか。セシールは超新星とかも言われてた大物勇者ですよ!」
「あら、そうなの。どうか魔王を倒してくれないかしらねぇ。」
そんなたわいもない話をしてお婆さんを見送る。
魔王軍と人類の戦いは未だ続いている。いつから続いているのかももう分からない。が、人類も魔王軍もお互い王の首を取れずにいる。
魔王軍がこのセリシア国の王都に襲来したのは10年前。王都にて魔王軍と勇者の死闘が繰り広げられたが、セリシア国は何とか魔王軍をてったいさせることに成功した。それから襲来は無く、人々は穏やかな生活を暮らしていた。
時刻は13時を過ぎ、昼飯でも食べようかと思ったその時だった。
「西側より魔王軍襲来。魔王軍襲来。直ちに避難せよ。」
王都中に緊急警報が鳴り響く。人々は混乱し、動揺している。警報に泣く子供。家の貴重品を持ち運び逃げる準備をする者。慌てふためく人々は平和ボケをしていた。ルイだけでなく人類も平凡な生活に油断していたのだ。商店街の向こう側に見える逃げる人々の奥にいる角の生えた異形の生物。それを見て人類は平凡などとは程遠い世界に自分達が住んでいることを改めて思い出すのだった。
「待て。待て待て待て待て。待ってくれ。」
人々が逃げる中、ルイだけは魔王軍の方向に足を動かしていた。それは、彼の勇者への道のりへの一歩目。というような勇敢な行動という訳ではない。
彼の行動の真意。それは、
「そっちは俺の村だろ。」
彼の村は王都の西側にあるのだった。つまり、魔王軍が襲来してきた方向と同じ。
ルイの額から出る汗の量は尋常ではなかった。鼓動が早くなり、一瞬でいくつもの最悪が頭によぎる。
母さんは?弟は?幼馴染のテルは?他にもイリーさん、ゼリル、オルファ爺、
皆死んだ?.............そんな思考が無限に出てきてしまう。ルイは目の前にいる魔王軍に対しての怒りや恐怖なんかよりも村の心配しか出来なかった。
そんな事ばかり考えていたせいで気づかなかった。魔王軍の前に1人の青髪の少女が立っていることに。
黒いマントを羽織り杖を持っている青髪の少女。見たところ魔法使いだろう。
「まさか、1人で!?」
ルイはそんな彼女の後ろ姿を見てようやく走る足を止めた。近くを見渡すと、隣に武器屋がある。一目散にその店に入ると、店主が1人新聞を読みながら座っていた。
「いらっしゃい。」
見た目は50代半ばだろうか。しかし、見た目の年齢に対して筋肉の量はとんでもない。リンゴなんて2つ一気に片腕で潰せそうな腕に、鍛え抜かれた胸筋。下半身はカウンターで見なかったが、きっと凄いのだろう。しかし、そんな店主の筋肉に見とれている時間はルイには無い。
「おい!親父!剣無いか!?剣!」
「あ?剣だ?武器屋なんだ。あるに決まってんだろ。」
焦りすぎて無意味な質問をしてしまった。今すべき質問はこうだ。
「一大事なんだ!ちょっと剣貸してくれないか!?それと、アンタも今すぐ逃げた方がいい!」
すると、親父は
「逃げやしねぇよ。この店は代々受け継いできた歴史ある店なんだ。あらゆる冒険者達がここで剣を選び、その剣と共に冒険へ向かう。そんな野郎共をいつでも迎え入れる準備をしとく。だから、どんな理由があろうとも俺はこの店を休ませることはねぇよ。」
「だが、もう目の前まで魔王軍が来てるぞ!聞いたろ!緊急警報!それとも何か?アンタ戦えるのか?」
「へっ、オレァとっくに引退したさ。手をやられちまってよ。もうまともに剣なんてもてやしねぇ。」
そう言いながら彼が見せてくる手首には痛々しい傷跡があった。
「だったら尚更だろ!そんな意地張ってたって死ぬだけだ!命が最優先だろ!」
「なら、おめぇは何で剣を取るってんだ。」
「え?」
自分は何故剣を取っているのか。その理由を聞かれた、その時に気づいた。今ルイは村を守る為に剣を握っていない。村は今からルイが行っても間に合わない。皆が逃げているかの確認に行くにも、魔王軍を倒してから行くより路地裏から行く方が効率が良い。今、彼に剣を手にする理由があるとすれば、
「俺が...勇者だからだよ。」
そう。彼は勇者を目指し、憧れてきた。そして、今。勇者になる時が来たのだ。ルイは無意識に皆を守る為、剣を手にしたのだ。
「....笑わせんなや。んな格好で勇者がやってられっかよ。」
そう言い、店主は普通の服に普通のズボンを履き、立派な剣を手にしている青年、ルイを見る。
「格好なんかどうでもいいだろ!今は緊急事態なんだ!誰かがやらなきゃいけねぇだろ!」
「なんで、お前がやんなきゃいけねぇんだ。」
「...だから!それは、俺が勇者だから!」
「...勇者、ね。」
店主はどこか冷ややかな目を向けため息をつく。
「....俺は、決めたんだ.....勇者になるって...」
自分で言ってて何だか笑けてくる。勇者と名乗ってるが、これまでの人生で魔物に剣を向けたのは昔の魔獣騒動の時ぐらいだ。それは、ルイがまだ小さかった時。幼馴染のテルと一緒に森へ足を運んだ日。危険区域の場所で魔獣の群れに遭遇してしまい絶体絶命の中、勇気を振り絞り家から持ってきた剣で魔獣に対し威嚇した。しかし、自分は何も出来ずビクビク震えていて、結局何とか駆けつけた勇者に助けてもらった。
つまり、ルイに魔物と戦った経験は一度もない。魔王軍を生で見たのもこれが初めてだ。なのに、ルイは今剣を持ち、戦おうとしている。
彼の足は小刻みに震えていて、青ざめた顔に止まらぬ冷や汗。誰がどう見ても完全にビビっていた。それでも、戦おうとするその姿はもはや--
「まるで呪いだな。」
店主の言葉が胸に突き刺さる。
「...何がだよ。」
分かってる。お前の言いたいことは
「そんなに勇者になりたいか?」
やめろ。分かってる。
「英雄はそんなにかっこいいか?」
もういい。黙ってくれ。
「お前、本当は戦いたくねぇんだろ。」
「...人の気もしらねぇで...。俺が...全部守る!その為に毎日鍛錬した!誰も死なせたくないんだよ!誰かがやらなくちゃいけないんだよ!!俺が!行かなきゃ...。」
「...そうかい。分かったよ。行ってきな。」
...両者、そこから口は開かなかった。次、何か言われたらもうルイは今後剣を持つ事はなくなる。ルイは自分のグラグラの決心がかろうじて生きているうちにこの場所から姿を消したかった。
店主も、ルイの本心、命よりもルイの決心を尊重することにした。だが、
ルイに希望を託している人間はルイを含めて誰もいない。
「...お?なんか人間が出てきたぞ。」
魔王軍は武器屋から出てくるルイを一斉に見た。
「なんだ?アイツ。」
彼を見て、魔王軍は何も感じなかった。強いて言うなら何故逃げていないのか。彼が勇者であるなど誰も考えなかった。それもそのはずだ。
ただの市民と変わらない様なシンプルな服装に小刻みに震えている身体。顔は下を向いているので髪で隠れて見えないが汗が次々と落ちてくる。それに何より彼から誰も熱を感じない。今からこちらに向かって剣を振ってくる様な人間にはとても見えない。だが、右手には剣を持っている。
「...やるんだ...今やるしかないんだ...」
勇者に、英雄になるには今だろ!今勇気を出さなければもう二度と俺は剣を持つことは無い。足を出せ!頑張れ!ルイ・レルゼン!ロイドの意思を継ぐんだろ!!
「たぁああああ!!!!!」
勢いよく魔王軍に向かって突撃した
「え!?あなた!なんでまだ逃げてないの!?早く逃げ--」
彼女が振り向きルイに向かってそう言った次の瞬間-----
-----世界が歪み始める。----
「あがぁ..!?」
腑抜けた声を出し、足元がおぼつく。
-----なんだ----
---何が------
------魔王軍も青髪の少女も----
もうどこにもいない。
ルイただ1人だけが
---世界から引き離された----
そして、何かが彼を再び世界へ連れ戻す。
”ルイ・レルゼン”が世界に舞い降りる。
------イ...----
--------ルイ.....-----
「ルイ!!!!!」
「...んぇ?」
再び腑抜けた声を出し、閉じた覚えの無い瞼が自然とゆっくり開かれる。
開かれた先のその世界は、
「おい!ルイ!しっかりしろ!大丈夫か!?」
「モロに食らったけど、生きてますか!?」
金髪のイカつい焦っている顔した男と、黒髪の落ち着きつつも動揺している顔した男がこちらを覗き込んでいた。
そして、辺りは不気味な薄暗い部屋。
ルイの頭は大混乱状態だったが、まず最初に放った言葉は、
「君達は誰だ?」
「....は?」
ルイの言葉に顔色が青ざめた2人の男の声が交わり、ひんやりとした冷たく、薄暗い部屋に響いた。