9 再会
その夜。子供たち(というかティアスとフォーセット)の学校でのテストの話や、レージの力自慢を苦笑交じりに聞いていた父、それを少々憮然とした顔で眺めていた母を残し、すでに家の中は寝静まっていた。
ティアスが喉の渇きのために目を覚まし、寝室を出たのはおやすみを言ったしばらく後だった。
会談を静かに下りていると、部屋の薄明かりが見えた。両親はまだ起きているようだ。
「……やっぱり、当初の懸案事項が当たったか」
「それで、私はシティ達を説得して、あの子を戻してあげたいと思ってるの」
「あの時言ったように、結論はお前に任せるよ。シティの主張どおり記憶を封じ込めなおすか、お前の望みどおり時機をみて術を完全に解除するか。ティアスも、事実を聞いてもいいくらいの歳にはなったと思うし、それほど弱く育ってもいない。……あの時の、お前の見通し通りじゃないか」
何の話なのか、さっぱりわからない。
不意に、コップを机に置く音がした。
「……じゃあ、相談する必要もなかったわね」
「いずれこうなる可能性は、10年前から多分にあったからな。お前が決めたことだ。責める気はないさ。──ティアスを、実の娘として育てるってな」
(──!?)
頭の中が真っ白になった。視界がぐらついた。
──今、なんて言った?
「へぇー、前とは飾り付けをちょっと変えてるんだね」
「まあ、さすがに同じじゃ味気ないでしょ。なんとなく女の子っぽくなってるじゃん。今度は王女様だもんね」
目の前の光景に見入っている妹に、レージが楽しそうに応じる。
──今日は、ヘルド王子の妹リズ王女の誕生パーティーなのだ。
父はあのあと間もなくまた仕事に出かけ、面子は前回と同じだった。違うのは会場の装飾と、人々の衣装ぐらいだ。
王家の挨拶が終わると、間もなくティアスは「トイレ」と短く言い置いて、会場を離れた。しばらくは「同じ用件」の人とすれ違ったりしたが、やがていなくなり、会場の明かりもあまり届かなくなった。
会場を広く見渡せる、しかし目立たないバルコニーになった所で、ティアスは彼女を見つけた。───黒い癖のある髪を後ろでまとめ、淡い黄色のドレスに身を包んだシルスは、つまらなそうにパーティー会場を見下ろしていた。その黒髪がいつかの夢の中の少女に重なったのは、一瞬のことだった。
意を決して彼女に近づく。シルスは気配に気付いたらしく、ティアスに気付くと、また驚きと、今度は戸惑いのような表情を浮かべた。すぐさま踵を返そうとする彼女に、続けて声をかける。
「あの、待って……!」
思わず右手首をつかんでしまったが、彼女は振り向こうともしなかった。
「何の用だ」
「あの。この前も、お会いしましたよね?すごく驚いてらっしゃいませんでした?」
「あんなところに人がいれば、誰だって驚くだろう。……離せ」
声が震えているような気がしたが、ティアスがそれを言うまえに、別の声が割って入った。
「手を離していただけませんか?」
あの時と同じ精霊だった。確か、ウィルトンとかいったか。
「あの時のことでおわかりかと思いますが、姫様はお身体が弱いんです。何かある前に、お部屋にお連れしたいのですが」
整然と語っているようだが、精霊は始終ティアスのほうを向こうとしない。シルスはといえば、やっぱり口を開かず、まるで彫像のように固まっていた。
手を緩めながら、ティアスは静かに問いかけた。
「………あなたは、誰なんですか」
シルスはほんの少しだけ振り向いた。なにかを堪えているような、怒っているような──形容しがたい表情で。
「……ただの、死に損ないだ」
そして、今度こそティアスに背を向け、ゆっくりと去っていった。
「……よく感情を抑えたわね、あの子」
シルスの背を物陰から見送りながら、フレアはシティに耳打ちした。
「よく覚えておいでですね、ここの構造を」
「そりゃ、昔は始終ここにいたもの。それより、あの子がここまで見に来ていたのが驚きじゃない?やっぱり───そうすべきだわ」
シティが、1つ息をついた。
「それにしても、早々に姿を隠してどうされるのかと思えば……。前回のパーティーのときも、こうでしたでしょう?」
これには、フレアも苦笑した。
「だって、王が私の顔を覚えている可能性は結構あるもの。彼があの子たちをどうこうするとは思いがたいけど、危険を避けるに越したことはないわ。──じゃあ、戻りましょうか。会場へ」
その会話を聞くことができた人間は、その場にはいなかった。
んー・・・当初の予定よりおしている・・・。なんか15話ぐらいまでいっちゃいそうな雰囲気です。




