7 苦悩
──ティアスは、また夢の中にいた。
今度は、大きな建物の中。どこかで見たような造り。そのなかで、ティアスはやっぱり、あの少女と一緒だった。
(……誰なの?あなたは……)
何となくそう思っても、言葉が口から出てくることはなかった。
ティアスは草花で作った首飾りをその少女と持ち、目の前のドアを開こうとしていた。───この先に、大好きな人がいるはずだから。
けれど照れくさくて、肘でつつきあったりしつつ、なかなか開くタイミングをつかめない。
思い切って開いたのはティアスだった。…しかし、その先を見ることを拒むかのように、ティアスの意識は急速に浮上した。
「おや……さすがにテスト当日だけあって、顔色がさえないね」
顔を上げた先にいるのは、サンドイッチをつまんだレージだ。
「今日は父さんが帰ってくるんだから、出来ばえちゃんと報告しろよ!」
「……わかってるよ。どーせ、また『もっと勉強しろー』とか叱られるんだから」
あれから1週間が過ぎ、父が帰ってくる日が来た。そして幸か不幸か、日を同じくして、テストの中でもティアスが苦手とする歴史のテストが、待ち構えていたのだ。
「2人とも、早く支度しなさい。ティアスは、テスト当日に遅刻する気?」
「だーいじょうぶだよ。ティーは俺と違って、5分で用意できんだからさ」
不毛な議論をさくっと断ち切ったフレアの常識的な意見も、フォーセットのからかいで勢い半減した。
朝食を済ませ、ティアスが珍しくトイレに立つと(いつもは、そんな暇はない)、背後に人の気配がした。振り返ってみると、フレアが神妙な表情で立っていた。
「……お母さん。どうしたの?」
「───……」
母は無言で娘の額に指先をあてると、何事かつぶやいた。
その呪文が何なのかを認識した次の瞬間、ティアスの頭は真っ白になった。
「……ァス、ティアス!」
「………あれ?」
気がつくと、力の抜けたティアスがフレアにもたれかかり、彼女は心配そうに娘をのぞきこんでいた。
「大丈夫?テストだからって、無理しちゃだめよ?」
「え?あ、うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
子供たちが出払うと、後片付けをするフレアに近づいた者がいた。
「さっきかけたのは、忘却呪文ですね」
「シティ…見てたの?」
「行動が、少々不自然でしたので」
「あらあら、私もまだまだね。……まあ、あのまま放っておいても、部分的に戻ってくる記憶に混乱するだけでしょう」
シティは、そこで戸口に向けていた視線をフレアに向けた。
「フレア様。フレア様が狙っておられることは一体なんなのです?まさか、封印を完全に解かれるおつもりですか?そんなことをすれば、ティアス様のお心は───」
「私は、シルスがたった一人で、死ぬまで苦しみ続けるなんて嫌なのよ。あの子はあの時から、セレスもティアスも失ったまま、心を閉ざしている。当然だわ。それだけの傷を受けたんだから」
「しかし───」
「私だって、これが正しいと信じたいだけ。私はセレスを守れなかった。だから、シルスは守りたいの」
それっきり、フレアは片づけを再開するためにその場を離れた。その様子を見つめるシティの表情には、哀愁が浮かんでいる。
───さっきの忘却術が消したのは、おそらく「妙な夢を見た」事実だけだ。その夢の元になった記憶は、ティアスの頭の中で、彼女自身気付かないうちに蘇ってきている。それを止めないということは、『術』を解くということだ。今朝ではない、昔かけられた強力な忘却呪文を。
「……それで、姫君たちが幸せになれるというなら、どうして今まで───」




