6 発覚
「王、失礼いたします」
「…メーチか。どうした?お前がここまで出向いてくるとは」
ほんの少しだけ顔を上げた王は、また書類の山に視線を戻した。全て決済書類だ。
「あのパーティーの後、シルス様にお会いになりました?」
「いや。すぐに部屋に戻ってしまったようだ。元々、ああいうものが好きな子ではないしな」
「いえ……無理もありますまい。あのパーティーに、例の『姫』がいらしたようですから」
王の手が止まった。思わずといったふうに、顔を上げる。
「………本当か?」
「私の力不足でなければ、間違いございません」
そうか、と呟いてから、彼はメーチを見据えた。
「───無事だった、ということだな」
「そのようです。現在の身元を探りましょうか?パーティーの参加者なら『ツイスト』の身内。難しいことでは──」
「いや。こちらが調べれば、元老たちも感づく。かえって『あの子』の身が危なくなる。今現在王家と無関係なら、それで通したほうがいい。あのジジイ連中に、要らぬ波風を立てられるのは御免こうむりたいからな」
最後の一文に、メーチは苦笑した。
「ご自分の補佐である元老たちに向かって、随分な言い草ですね…。承知いたしました」
「ああ。ご苦労だったな。持ち場に戻るなり休むなり、今日は自由にするがいい」
王の執務室を退室したメーチは、ふと空を見上げた。満天の星空が広がっている。
「……これは、私への罰のひとつなのかしらね。あの子は……喜んでいるかしら?それとも───」
珍しく姿の見えなかった精霊は、固い顔で戻ってくるなり、悪夢のような現実を知らせた。
「姫様、フレア様よりお使いが。どうやら、ティアス様の記憶が、部分的ながら戻ってきているらしいと」
瞬間、いつものように気だるげだったシルスの顔色が変わった。
「術をかけ直せ!そう応えただろうな?なぜ、わざわざ私にそんなことを……!」
「シティにも、わかりかねる様子でした。ただ、「私がずっと願っていたことが叶うかもしれない」とだけ……」
「……?」
一瞬だけ、可愛らしい顔を歳相応にかしげたシルスだったが、その報告は彼女にとって、このうえなく恐ろしいものには違いなかった。
その様子を、こちらも複雑そうに見守っていたウィルトンが、静かに口を開いた。
「…姫様、何を考えていらっしゃったのですか?やはり───あの時の……?」
激昂状態だったシルスの表情が、その言葉に落ち着いた。……寂しげに。
「あの時、あの子が言っていた夢。あれは、叶ったといえるのかな……」
「姫様………」
───おそとにでたいな。
そう言って笑ったティアスを、今でもはっきりと思い出すことができる。
もう自分の記憶の中にしかない、……遠い思い出。
主が遠い昔を回想していることは、容易に想像がついた。また、静かに口を開く。
「それは、私には何とも申し上げることはできません。けれど、ティアス様はきっとお幸せです。フレア様は、お母上が誰よりも信頼されていた方。姫様も、そうでしょう?」
「……そうだね」
つぶやくように答えてから、少々眼光を鋭くしたシルスは精霊に命じた。
「フレアとは、今後も直接会うな。あの能力があるとはいえ、元老たちの手のものは王宮内のどこにでもいる。あの子のことが、もしも露見したりしたら──私に元老たちを殺すようなことはさせるな」
その気迫は、まさしく王家に名を連ねる者にふさわしいものだった。ウィルトンは、むしろ誇らしげに笑った。
「──承知いたしました」
続きは年明けになるかと思われます。