15 落着
「叔父様──王は、あなたが犯人だと?」
ティアスの問いに、メーチは頷いた。
「お気づきでしょうね。あの事態を予期しなかったことと、あの時の私の狼狽ぶりを考えれば、答えは出ます」
「……なのに、何の罰も与えず、城に置いてきたのか?母様は実の姉だろう!」
「──この国のため、でしょうね。王が殺されたなどと、広まれば王宮は疑心暗鬼に襲われます。セレスティ様はそんなことは望まれなかったでしょう」
ゼイルが、静かな声で答えた。付け加えるように、メーチが続ける。
「罰、だと思います。私の罪を知るあの方に仕え、殺そうとしたシルス様の顔を見ながら、この国のために尽くすこと。……命尽きるまで。それが、私の償いです」
「………」
それまでじっと聞いていたティアスが、これ見よがしなため息をついた。
「姫様……?」
「ティアス?」
「………ごめんなさい」
その言葉が誰に向けられたものか、一瞬全員が首をひねった。
「母様は父様を愛してたから、私達を産みたがった。でも、それはあなたにとっては困ることだったんだね。私は母様が大好きだし、あなたを赦すことはできないかもしれない。……けど、母様も王として、譲っちゃいけないものを譲ってしまった。そこは、娘として謝ります」
「……ティアス様」
しばし呆然としたメーチが、シルスに目を向けてみると、彼女は唇を引き結んでいた。苦しそうな瞳とかち合う。
───責められ、憎悪されるとばかり思っていたのに。
「……あなた方は、ほんとうに王家の血を継ぐ方々ですね」
このふたりは、王家の人間として育てられていない。けれど、ちゃんと広く国を見渡せる目を持っている。まさしく、あの強かった女性の子だ。
メーチが引き取ると、シルスは帰ろうとする妹を引き止めた。
「ひとつ聞いてもいい?」
「なに?姉様」
シルスはひとつ息をおいて尋ねた。
「あの時いってた夢、叶ったと思う?」
ティアスは『あの時』の意味をはかりかねて考え込んでいたが、思い出したのか、「ああ」と小さくつぶやいた。
それは、まだふたりが何も知らず、王宮で暮らしていたとき。シルスは、妹に聞いたことがあった。
──ティアスには、ゆめってある?
ティアスは少し考え込んだが、笑顔で答えた。
──うーん……かあさまとねえさまと、ずーっとこうやって、いっしょにいられたらいいな。
そして、シルスが相槌を打つまえに、思い出したように付け加えた。
──あ、でも、もしかなうなら……。
──なに?
──『おそと』にでたいな、ねえさまといっしょに。
そして、照れくさそうに続けた。
──どうして『おそと』にでちゃいけないのか、わからないけど。いつか、かあさまとねえさまと、『おそと』をみてみたい。
「叶ったと思う?」
そうだなぁ、としばし考えたティアスは、なにやら決意したような顔で。
「これから叶えればいいよ」
はっとしたシルスに、ティアスは続けた。
「私、王宮に入るよ。母様が生きた王宮に戻って、姉様を守れる仕事をする。うちはレージが『ツイスト』だから、他の家よりよくわかるしね。姉様が元気なうちに、自分の力でここに戻ってくるから。待ってて」
「……ティアス……」
笑うティアス。こんな光景を、何度も夢に見た。自分と同じ年齢のままの妹を。
けれど、今ここにいるティアスは、成長した姿で笑っている。記憶の中と、寸分違わない笑顔で。
(……。死ねなく、なってしまった)
頬を流れる涙を感じながら、シルスは独りごちた。
大切な、たったひとりの妹が、戻ってきてくれると言った。あの頃と同じ笑顔をみせてくれた。これでは、生を諦められるはずがない。
「ティアスー!早く起きないと、また遅刻するわよー!」
翌朝、いつもと変わらないフレアの声で、ティアスは跳ね起きた。
あの事件は、結局公表しないことで落ち着いた。母ならそう願うだろうと、フレアたちとも相談した結果だった。
シルスは相変わらずの軟禁生活だが、メーチの術で、命数はかなりのびたらしい(術の効果を完全に消すことはさすがに不可能だそうだ。『死の呪い』は甘くない)。ティアスも、将来を見越せる猶予期間が増えたし、なによりメーチの協力で、姉妹が会うことは以前より難しくなくなる。
───それでも、メーチの罪を忘れることはできないけれど。
ティアスにとって、大切な当たり前の一日が始まる。これからも、ずっと続いていく日々が。
とりあえず15話で終わりました。というか終わらせました。
ものすごくふわふわしてる(つまり地に足着いてない)話だということは自覚してます。お付き合い下さった貴重な方、ご苦労様でした(汗)
少しでも「面白い」とか思ってもらえたら幸いです。