14 真相
いつの間にか部屋に入ってきていたその人物に、ふたりの姫はそれぞれの反応をした。
「──お前……!」
「……『メーチ・ローレイ』?」
すぐさま憎々しい視線を送るシルスとは対照的に、ティアスは恐る恐る、といった体でその名を呼んだ。名前は知っていたが、ティアス自身に彼女と関わった記憶はない。
現在の王の父であった先々代の王にその素質を見出され、ずっと、王家にのみ仕える術師としてその名を知られてきた女性だった。
「やはり、戻られていたのですね。王家とは違う気配を感じたので、来てみたのですが」
「ティアスは王族だ」
さっきとは打って変わった低音の声音で、シルスが返す。
「まぎれもない王の子だ。おまえたちが、勝手に傍流にしただけだ」
「私達が──というより、あの強欲な元老たちが、ですね」
間接的に、そして簡単に、メーチは前言撤回した。そして、哀愁のようなものを浮かべた瞳をティアスに向ける。
「本当に王宮から追放されるべきは、あなた方ではなく、あの者たちでしょうにね……」
「我が主を、抹殺に来られたのですか?メーチ様」
ゼイルが、警戒心をあらわにした声を出した。この女性がこの部屋までくる理由なんて、それ以外には考え付かなかった。
───ずっと、王家と国のことだけを考えて生きてきた女性だ。
「申し上げましたように、ティアス様のお戻りを確認するためですよ。予見はしておりましたから、いつもよりこの周辺の護衛は薄くしておりましたが」
シルスが、安堵とも呆然ともつかないため息をついた。
「………いつから予期していたんだ?」
「つい数日前ですよ。このくらいの動きは予知できませんと、この国を背負う方の補佐などできません。……しかし、あなた方親子には狂わされ通しですね。元々、あなた方の誕生そのものも歯車の狂いでしたが、先代はあの傷で召喚の術など使われるし、その友人は10年もの間、私の探索を欺かれましたし。私も、老いてきたという事でしょうか」
物静かなことで知られる彼女の饒舌ぶりに違和感を抱きながらも眉根を寄せて聞いていたシルスが、言葉の途中から顔色を変えた。「姫様?」というウィルトンの言葉も耳に入っていない。
「……おまえだったのか?」
その台詞を同時にシルスの顔に怒りが浮かんだとき、ウィルトンもその意味に気付いた。そして───ゼイルも。
「おまえだったのか!?」
シルスが声を荒げたときには、メーチ自身もシルスの異変に気付いたらしかった。しかし彼女が動揺をみせたのは一瞬で、すぐに、元の穏やかな表情に戻った。
ひとりだけ事態についていけないティアスに説明するように、シルスは言葉を続けた。
「答えろ。おまえだったんだな。───母様を殺したのは」
「え!?」
驚いたのはティアス一人だった。
「……考えてみれば、あの事実そのものが、お前がやったという根拠のひとつだな。誰もが認める術と予知の腕を持つお前が、『王の暗殺』とそれが引き起こす混乱を、予知できなかった訳がない。そして、お前はあのとき母様のところに来なかった。そのお前が、厳重な保護呪文に守られたあの部屋で殺された母様の傷の様子を知っていたはずがない。母様の遺体を処理し、『王の病死』を広めたのは叔父様──あの王だ」
シルスの糾弾を黙って聞いていたメーチは、やはり穏やかな顔で口を開いた。どこか嬉しそうにすら見えたのは、ティアスの気のせいだったのだろうか。
「……ええ、その通りです。あのとき、いつになく興奮していた私のかわりに、あの方がすべての采配をとられました」
あっさりと白状され、焦ったのは姫と、その精霊たちだった。
「……何故ですか!?あの方は姫様たちの存在をちゃんと隠し、王位継承の権利も、返上されていたのに!」
ウィルトンの声は上ずっていた。そう──彼女がセレスティを殺すとしたら、それしか理由がなかったのだ。
それには答えず、メーチはふたりの姫に目を向けた。
「あなた方さえお生まれにならなければ、あんなことは、考えもしませんでした」
ゆっくりと目を閉じた彼女は、寂しげながら、穏やかな表情のままだった。
先々代の王に目をかけられ、メーチが国一の術師になるのに、そう時間はかからなかった。
その王が亡くなり、王女セレスティが女王として即位しても、彼女と王の関係は変わらなかった。
変わったのは、彼女が非公式に双子の娘を出産してからだった。
王の懐刀にもなっていたメーチの言葉を、セレスティは拒むようになった。彼女の意思ではない、ある取引のために。
姫の立場が弱かったのだ。王位継承の権利を生まれたときに返上させられた王女たちは、身を守ることも公にはできなかった。そして、元老たちはそこを突いた。姫を守る代わりに、元老の権力を増やせ、と。
「……母様が、あいつらと取引を──」
シルスは、半ば呆然としていた。メーチの顔が、初めてゆがんだ。
「あの方が王であるかぎり、誰が元老になろうと不安がつきまといます。しかし、王位の交代を促せるような事実は他になかった。……いえ、見ていられなかったのです。だから───」
「……私に、『死の呪い』をかけたのもお前か?」
頷いたメーチに、シルスはただ沈黙を返すことしかできなかった。
か、かつてない長さ・・・!これでも大幅に削ったのに(汗)
穴ボコな話だと承知の上で始めたけど、こうして書き直してみたら本当にボコボコだったというオチ?幼かったなぁ自分。
次でラストです。