12 昔語り
ひたすら昔話です。
「大丈夫?」
全ての記憶を流し込まれたティアスを前に、フレアは心配げに尋ねた。
「………」
しばらく黙り込んでいたティアスだが、不意に口を開いた。
「……お母さんは」
「ん?」
ティアスは、フレアの顔を見ることなく続けた。
「父様を……知ってるんだよね?」
流れ込んできたのは、幼い日々の記憶。ただ、その中のどこにも、『父』のことはなかった。フレアは1つ息をついた答えた。
「ええ。あの人とセレスティが会うことを、私が手助けしたからね。あのふたりは、本当に愛しあっていた。……今となっては、誰も知らないことだけど」
「誰も知らないって、どうして?父様って、いったい誰なの?それに、お母さんはどうして、母様とあんなに親しかったの?母様は、あの時はまだ……」
まだ本調子ではないティアスを家の外に連れて行き、フレアは壁に背中を預けて続けた。
「そうだね、順を追って話そうか。そう──あの当時、セレスティは一国の女王だった。その彼女と私が親しくなった理由は、私が彼女に仕える立場だったから」
「仕える───?」
「そう」
フレアは、少し切なそうな笑顔をティアスに向けた。
「私が昔、『ツイスト』だった事は知ってるわね?そして、代々の王家の護衛は、その『ツイスト』の中から選ばれてきた」
「……ああ、そういえば」
前に、そんな話をレージから聞いたような気がする。
「でもお母さん、今まで王様の護衛やってたなんて、全然──」
「彼女のことは、『あの日』から、おおっぴらに話さないことにしたのよ。とにかく、私は彼女を守るという役目を果たしていた。16年前までの数年間ね」
「16年前……つまり」
「そう───彼女が、あなた達を身ごもったとわかるまで」
「………」
しばし沈黙したティアスが再び口を開いたとき、その顔には苦悩にも似た表情が浮かんでいた。
「……父様は、もう……」
記憶が戻った時点で、予想はしていた。フレアは目を閉じた。
「──死んだわ。セレスティの懐妊がわかった時には、もう彼はこの世にいなかった。彼は、元々王宮とはなんの関係もない人だったの。
……王位を継いで数年たった頃、セレスティは長期の休養に出かけたの。国のはずれの小さな村にね。お忍びで、同行したのは数人の護衛と召使だけだったわ。そこで働いていた青年が、あなた達の父親。顔を合わせているうちに、2人はすっかり意気投合してね。彼女がとても嬉しそうに笑うし、私も彼を気に入ったから、周囲に気をつけながら仲立ちをしたりしたけど、……急いで王宮に戻って懐妊がわかった時には、さすがに驚いたわ」
「急いで?」
ティアスの言葉を合図にするように、フレアの眼差しが鋭くなった。
「もう少しでそこを去るという頃に、宿が盗賊に襲われたのよ」
「───!」
何かが引っかかる気がして、ティアスは記憶を探った。
16年前、国はずれまででかけた当時の王。そこで盗賊に襲われ、王を守って数人が死んだ。それは、王仕えの召使と───。
「…まさか、その死者のひとりが、……父様?」
「どうかしたの?」
ティアスは、ロイリーに聞いたあの話をした。フレアの表情にも動揺が浮かぶ。
「そう、そうね。あの時は数人の死者が出て、そのひとりが彼だった。私はセレスを守ることに手一杯で、彼を守りきれなかったの」
ティアスは眉根を寄せた。確か、その事件は伏せられたらしいとロイリーは言っていた。
「まあ、大々的に公表したい事ではなかったけど、彼の存在の理由のひとつね。盗賊の報に、セレスティは真っ先に彼を心配し、様子を見に行こうとしたから。王宮関係以外の死者が彼ひとりだったから、いらない噂をたてられないように隠蔽したの」
「……そんなの…」
「大急ぎで王宮に戻った人間から事情を聞いた、元老たちが決めたのよ。王家の権威が下がったら、自分たちが色々やりにくいってね」
ティアスは、さっきの「16年前まで」の言葉の意味がやっとわかった。
「それが原因で、お母さんは護衛をやめたの?」
再びティアスに向けられたフレアの表情は、力が抜けたような笑顔だった。
「そう。まあ、守るべき主君にどこの馬の骨ともわからない男を近づけて、懐妊までさせちゃったら、それは駄目よね。彼女は未婚だったし。あの時はまだレージも小さかったから、育児に専念しろと言われたわ。そのせいで、父さんは仕事の制約がなくなって、気楽にあちこち行くようになったんだけどね」
しかし、彼女は思い出したように付け加えたのだった。
「でも、後悔したことはないわ。お役目として失格でも、私は彼女が大事だったから」
長ー・・・。ちなみに次も長いです。