11 解けた封印
ちょっと長めです。
リビングに入ると、フレアひとりだけが椅子に座っていた。───その時を狙ったのだから、当然といえば当然だ。
「どうしたの?」
気付いたフレアに、表情を緩められないまま問う。
「…ちょっといい?」
「いいわよ」
是の返事に、ティアスも向かいの椅子に腰を下ろす。
まるで、娘の「話」がなんなのか、わかっているような目でティアスを見る。
「前置きなしで聞くよ。私は──」
覚悟を決め、一気に言い切る。
「私は、お父さんとお母さんの本当の娘じゃないよね?」
強張った表情の娘にわずかに目を細めたフレアは、あっさりと答えた。
「そうよ、お母さんとティアスは血が繋がってないわ。にしても、自身ありげなのね」
ティアスはわずかに逡巡したが、口を開いた。
「……お母さんが夜中に、お父さんと話してるの聞いちゃって。私を実の娘として育てる、って……」
「………」
数瞬だけ言葉を失ったようだったフレアだが、突然笑い出した。
「なぁんだ、あれ聞いてたの?最近なんか様子がおかしいと思ってたけど、そういう事だったのね」
「話、そらそうとしてる?……誰なの?私のお父さんとお母さんって」
「───それは、私が教えるべきことじゃないわ」
先程とは打って変わって真剣な顔になったフレアが席を立った。
──いや、もうひとつの変化にティアスは気付いた。フレアの一人称。いつも「お母さん」といっていたフレアが、今「私」と自分を表した。
「……どういうこと?」
「私の口から、話すべきことじゃないのよ」
言いながら、背後の引き出しを開けた彼女は、ティアスが知らない顔をしていた。そして、そこに入っているものを見つめながら、フレアは静かに言った。
「あなたが、思い出すべきことなのよ」
彼女が取り出したのは、朱色の玉。そう、前のパーティーのとき、ティアスがちらりと見かけたあれだ。フレアは、まっすぐにティアスを見つめて、続ける。
「───約束してちょうだい。全てを思い出しても、ちゃんと受け止める…逃げないって。これから見せることが、どんなことでも。約束してくれないと、私はお父さんにもシティ達にも、顔向けできないわ」
ティアスがうなずくと、嬉しそうにわずかに微笑んだフレアは玉に掌をあて、何事か囁くと、最後につぶやいた。
「封じられし者を──開放する」
その玉が淡い光を放った、瞬間。
何かが、ものすごい勢いでティアスの中に流れ込んできた。
映像、色、声、感情……。───それは、記憶だった。
ぴくっと反応したウィルトンに、シルスは怪訝な視線を向けた。
「どうした?」
「……この気配───いや、そんなはずは……」
「何だ?この部屋を訪れる者などそういまい。まさか、あの子が来るわけもないしな」
苦笑しながら扉を開けると、信じられない光景があった。
「……どうして…いや──どうやってここまで……!?」
「──シッ!大声出したら怪しまれるでしょ?」
ティアスは、口に指を当てた。用心深くあたりを見回し、さらに声を潜める。
「とりあえず、部屋に入ろう。誰かに見られたりしたら面倒だし」
「……どうやって城門を越えた?」
尋ねつつ、シルスは混乱していることを自覚した。扉を閉め、ティアスが微笑む。変わらない部屋。少し狭く感じるのは、自分が成長したせいだろう。
「シティを借りたんだよ。知ってるでしょ?シティの力」
突如ティアスの脇に現れたその精霊に、シルスは嘆息した。これは、確定的だ。かすれた声を搾り出す。
「……ティアス…やはり」
「そう。お母さんが思い出させてくれたの。……姉様」
次の瞬間、別の精霊が現れた。朱色の髪を腰までたらした、懐かしい姿。
「……ゼイル──」
もう二度と、その精霊と会うことはないと思っていた。ウィルトンと同じように、出生と同時にティアスに与えられた精霊。そして、フレアが長年、ティアスの記憶とともに封印してきた精霊でもあった───王家の人間である証。
「でも、なぜです?私達は、ティアス様の記憶が戻されることはないと、覚悟しておりましたのに」
ウィルトンの言葉は、そのままシルスの心境だった。……そう。なぜ今になって。
ティアスは、手近にあった懐かしい椅子に触れた。
「お母さんは、忘れられなかったんだよ。母様のことも、姉様のことも。傷を負ったのは私達だけじゃない。10年前のあのとき、もう決めてたそうだよ。私を育てて、事実を受け止められるくらい大きくなったら、記憶を全部戻すって。お父さんを説き伏せて、待ってたんだって」
そこでティアスは、椅子に落としていた視線をシルスに向けた。ここからは、自分が聞く番だ。
「私も、聞きたいことがあるの。姉様、どうして……」
その先を予想して、シルスは顔をゆがめた。それこそ、自分とウィルトン以外は誰も知らない、王宮の闇。……死んだほうがましだとさえ思った、日々。
「──十年前と同じ姿なの?」
ここから、延々種明かしタイムです。
飽きられないか心配ですが・・・お付き合い下されば嬉しいです。