第8話 ふりかけと連絡交換
お昼に食べたカップ焼きそば美味しかったなあ……。
午後の授業中は、こんな事ばかり考えていた。品川と真希と三人で賑やかにお昼ご飯を食べて余計に幸せだった。品川はいつもに増して顔が真っ赤になっていたのは、気になるが。
お昼に食べたカップ焼きそばの事ばかり考えていたら、苦手な体育の授業もあっという間に終わった。球技中はクラスの陽キャ・赤川サエに睨まれたりもしたが、カップ焼きそばの味を思い出して乗り越えた。それぐら茜にとって美味しいものだった。
こうして授業が終わると、速攻で掃除も片付け、帰る事にした。一人でカップ焼きそばの味を思い出してニヤニヤしたかった。今日は金曜日。週末で両親もお店も忙しいはずだ。家で一人でニヤニヤとしたったが、下駄箱を開けたら水をさされた。
また下駄箱に嫌がらせの手紙が入っていた。今度は「反ワクチン(笑)」ではなく「自然派ママ(爆笑)」だった。
明らかに母の事を知っている人物の仕業だが、誰がやっているのか見当もつかない。母が自然派ママである事は有名だった。担任の菅谷にも相談しようかとも思ったが、あの先生も母の悪行をよく知っている。泣き寝入りさせられる可能性が高い。
「おい、黒澤!」
背後から声がした。聞き覚えがあるちょっと低めの声。
「品川くん!」
あの派手なヤンキーの彼がいたが、ついつい焼きそばやコンビニのチキン、バターブレッドに見えてしまった。目の錯覚だろう。冷静になり品川を見る。いつもと同じだ。派手な髪にアクセサリー。着崩した制服、剃った眉毛、かかとを潰した上履き。
「何だこれ? チラシの裏か?」
品川は嫌がらせの手紙を茜の手から引ったくる。ちょっと乱暴な手つきだったが、茜もこの手紙には困っていた。その点はあまり気にならない。
「うちの母、それで有名人なのよ。こういう手紙もいつもある」
もう慣れていたが、こうして品川に説明していると情けなくて泣きたくなってくる。
「そんな気にすんな。親とお前は別の人間だろう?」
「あ、確かに。そういえばそうだったね」
すっかり忘れていたが、母とは別の人間だった。自分は自然派ママでもないし、反ワクチンの活動などもやっていない。
「毒親だと困らされるよな」
背の高い品川は、茜の視線に合わせるため、少し背を屈めて言っていた。
その声も妙に実感がこもっているというか、優しげで、茜は少々戸惑う。どうもこの人は見た目と中身がだいぶ違う。毒親についてもこんな共感を示してくれていた。
「そうだ。これやるから元気出せ」
その上、ふりかけもくれた。のり玉のふりかけだった。
「どうしたの、これ」
「何かポケットにあった。やるよ」
個装の一袋だけだったが、品川が励ましているようにも感じ、元気が出てきた。一人だったらもっと落ち込んでいるかもしれない。
「ありがとう。品川くんって優しいね。真希ちゃん以外にもこんな優しい人がいるの、嬉しい」
「いや、だからな……」
品川は戸惑ったように、両手で顔を覆っていた。呆れているのだろうか。その割には目線が妙に優しい。うん、本当に優しい人だと思う。
「だったら、連絡先も交換しね?」
「え、連絡先?」
「黒澤が休む時とか、連絡ないと困るから」
「なるほど」
確かにお弁当を一緒に食べている今はそうだ。
茜は貰ったふりかけをカバンにしまうと、トークアプリのIDを交換した。あっという間に連絡先を交換し、品川は急いでいるからと帰って行ってしまった。また頬がオカメインコのようになっていたが、もしかしたら暑いのかもしれないが。
一人残された茜は、トークアプリのホーム画面を確認。ちゃんと品川の名前がある。他には真希、母、父の連絡先しかないが、今は妙に華やかに見えた。
品川藍。
品川の下の名前もちゃんと確認した。たぶん、下の名前で呼ぶ事なんて一回も無いだろうが、その文字を見ていたら、なぜかドキドキしてきた。この文字はカップ焼きそばやコンビニのチキン、バターブレッドには見えない。
「あれ?」
再びどこからか視線のようなものを感じた。下駄箱の周辺を見回すが、誰もいない。この嫌がらせの犯人?
犯人も気になるが、今は品川と連絡先交換が出来た方が嬉しくなってしまった。
本当に品川とは友達になれた気がした。もうぼっちでは無い。嬉しい。このふりかけも嬉しくて仕方なかった。