第7話 また食べたいカップ焼きそば
午前中の授業が終わると、茜はすぐに学生食堂に向かった。
学生食堂の券売機には行列が出来ていたが、早歩きでスルー。いつもの一人がけのぼっち席に直行。
「あれ、真希ちゃんもいる」
ぼっち席にはすでに品川も来ていたが、真希と一緒に談笑していた。さすが博愛主義の真希だ。見た目が派手で怖そうな品川とも笑顔で話していた。しかも真希もどちらかと言えばルックスも派手め。二人は普通に中の良い友達同士に見えた。
チクッ。
なぜかそんな二人を見ていたら、心が針で刺されたような痛みを感じた。気のせいだろうか。茜はそんな心は無視し、真希や品川に声をかけた。
「茜、聞いたよ。良かったじゃん。品川くんとお弁当交換すれば、もう悩まなくてすむね!」
真希は品川から全ての事情を聞いていたよう。自分の事のように喜んでくれて、茜も自然と笑顔になる。さっき感じた心の痛みは気にせいだったと結論づけた。
「さっそく昼メシ食うぞ。俺は腹が減ったんだよ」
一方、品川は空腹が隠せないようだ。相変わらず制服を着崩し、髪の毛も鳥のようのツンツンと派手。しかも今日は眉毛も剃っているので余計に怖いが、茜が持っているランチバックへ向けている視線だけは、真面目そう。よっぽどお腹が空いているものだと察する。
品川、真希、茜という三人の雰囲気はバラバラ。一人はヤンキー、一人は陽キャ、一人は陰キャよりの優等生。こんな三人はぼっち席の方でも悪目立ちし、浮いていた。他人の視線が突き刺さる。ヒソヒソと噂をされているかもしれない。
「学食で食べるの辞めない? うちの部室だったら、人いないし、そっち行かない?」
真希のそんな提案にみんな賛成し、三人でゾロゾロと学生食堂からそこへ行くことにした。
学校の北側には部室の為の三階建ての建物があった。元々は旧校舎。木造で風でガタガタし、雨漏りもひどい場所だったが、たいていの文系部室はここに押し込められていた。この学校は陸上や水泳が盛んで、全国大会行くものもいる。文系の部活は限りなく地位が低かった。この旧校舎には幽霊が出るというオカルトな噂も多く、昼休みでも静か。バラバラに見える三人だったが、オカルト系の話題には全く興味はなく、普通にここに入った。
「まず、給湯室行こう」
真希の提案で二階にある給湯室へ向かう。品川も賛成だった。なんでも彼が今日持ってきた昼ご飯は、カップ焼きそばだったので、お湯が必要という。
狭い給湯室にぞろぞろと三人で入る。元々は先生たちが使っていたという給湯室だったが、今でも普通に使えるようだ。真希は電子ケトルに水を汲み、お湯を沸かし始めた。
その間に茜はカップやインスタコーヒーも用意する。ここでは真希がリーダーシップを発揮し、茜はそれに従うかたちだった。
一方、品川は狭い給湯室で居心地はよくなさそう。体も大きいし、手持ち無沙汰のようだ。しれでもカップ焼きそばを出し、茜の前に見せる。
円形の形のカップ焼きそばだ。製品名は「まるっと美味しい焼きそば麺」。CMでその存在は知っていたが、一体どうやって作っていいのかわからない。家庭科の授業ではカップ焼きそばの作り方など習った事が無い。そもそもこんなインスタント食品は、母に禁止されて一回も食べた事はない。
「品川くん、これ、作り方がわからない」
「はー?」
「茜、マジ?」
素直にそう言うと、二人とも引いていた。
「カップ焼きそば作れないヤツなんて初めて見たぞ」
「そもそも食べた事ないんだもの」
「まあまあ、二人とも。お湯も沸いたし、みんなで焼きそば作ろ!」
ここでも真希がリーダーシップをとり、カップ焼きそばを作る事になった。
まずはパッケージを開き、中蓋を点線まで開ける。そこからソース、火薬、ふりかけを取り出し、お湯を注いで五分待つ。
「あれ、焼きそばだけど、焼かないで出来るの?」
茜にとっては素直な疑問だったが、品川も真希も目から鱗が落ちたような顔を見せた。
「確かにおかしいな。なんで湯切りするだけなのに、焼きそばなんだ?」
品川は腕を組み、首も捻っていた。
「そうそう、おかしいよ。茜、よくそんな事に気づいたよねー。面白い」
こうして和気藹々と焼きそばを作る。湯切りする前に茜がソースを入れそうになったり、湯切り中に具の一部が落ちそうになったが、どうにか完成。
インスタントのカップ焼きそばは、茜にとっては未知の体験。作る過程からして新鮮で、思わず目がキラキラしてしまう。
出来上がったカップ焼きそばやコーヒーは、真希が所属する漫画研究会の部室へ持っていき、三人で食べる事になった。
漫画研究会の部室は、その名前に恥じず、本棚はポーズ集や写真集、同人誌だらけだった。壁もアニメキャラクターのポスターやカレンダーだらけ。それでも茜にとっては目に見えるもの全てが新鮮だ。
ちなみに茜は漫画やゲーム類も母に禁止されていた。こういったヲタク文化も闇の組織やイルミナティが関わっていると怒られ、子供の頃に漫画を取り上げられた事を思い出す。
そんな中でインスタントのカップ焼きそばを食べる行為は、背徳。いけない事だってわかっているが、今はお腹がなっている。早く食べたい。
「これは、超自然派弁当だけど大丈夫? 今日は大豆ミートの唐揚げだったけど、美味しくはないと思う」
茜は目の前にあるカップ焼きそばの香りを感じながら、その弁当を品川に渡した。
「俺は大豆ミートでもなんでもいいぞ」
「品川くん、以外と優しい〜。紳士じゃーん」
「栗田はうるせーよ!」
真希の冗談に品川は顔を真っ赤にしていたが、お昼ご飯が始まった。
真希は家から持ってきたサンドイッチ。品川は超自然派弁当。茜はカップ焼きそばを食べる。
食べる前にふりかけをパラリとかける。濃厚なソースの香りが鼻をくすぐり、今すぐにでも食べたいが、一呼吸し、割り箸を折る。ぱきっと儚い音が響く。
そんな割り箸で麺をとり、口に運ぶ。
焼いてはないが、焼きそば。確かにソースはほんの少し鉄板焼きのような濃さもある。その奥にリンゴのようなフルーツのような甘さ。太い麺にそんなソースが絡みつき、口の中で広がる。麺は柔らかく、中心部だけは少し硬い。それがアクセントとなり、美味しい。
しかもこれを作るのは、意外と難しかった。特に湯切りは面倒だった。その事を思い出すと、余計に美味しい。家庭科の調理実習とは別ベクトルの面倒さを思い出すと、目の奥が温かくなるようだ。
「ああ、美味しい。こんなの初めて! 超美味しい。品川くんのおかげだよ。真希ちゃんもありがとう!」
涙目になりながら感動していると、なぜか真希は大爆笑。腹を抱えて笑っていた。
「ちょ、黒澤は大袈裟すぎ! さっさと食えよ!」
品川は顔を真っ赤にし、大豆ミートの唐揚げをバクバク食べていた。言葉遣いは悪いが、照れているだけだろう。その証拠の品川は全く怖く見えない。怖いルックスのはずなのに、再びオカメインコのように見えた。
「また食べたいな。毎日こんな食事ができたらいいのに」
茜は本当にそう思う。ずっとぼっちで超自然派弁当を食べていたからこそ、今の時間がダイヤモンドのように貴重で、キラキラしたもののように感じてしまう。簡単に言えば今の時間は「幸せ」というものなのかもしれない。
真希の笑い声。品川の照れた顔。背徳なカップ焼きそば。ずっとこのままの時間が続いて欲しい。
「またみんなと一緒に食べたいね」
茜が笑顔を見せると、品川の頬は林檎のようになってしまった。