第40話 愛のスープ
その夜、茜は夢をみた。正直、色々と考えてしまい、なかなか寝付けなかった。亜子から母を救う方法を聞いたわけだが、愛とは何か全くわからない。品川とこうして両思いになったのに、その先も全く想像できない。小学生レベルだ。愛とは何かと言われても、ベッドに潜った後も悩んでしまう。
おそらく眠りが浅かったのだろう。眠りに落ちた後、すぐに夢の世界にいた。
夢の世界の茜は、なぜか白装束に身を包み、金槌と五寸釘を手にしていた。
「な、何これ?」
しかも目の前に藁人形もある。母の名前が書かれた藁人形だった。
「は・ん・わ・く・ち・ん!」
気づくとあの動画の女と全く同じ台詞を吐き吐きながら、藁人形に釘を打ち込んでいた。勝手に身体が動く。それにしても「はんわくちん」という言葉の響きは、韻を踏んでいて面白い。釘を打ちながら、ノリノリでリズムをとってしまう。
「いやいや、私、なんでこんな事してるの!?」
意思の力で無理矢理手を止めた。夢の中とはいえ、我にかえった。
改めて白装束を着た自分や藁人形を見てみた。とても醜い。情け無い。こんな姿は決して品川には見せられない。彼の隣を歩く権利もないだろう。実際、夢の中で茜は品川に愛想を尽かされてしまった。
「はっ!」
そんな絶望感でいっぱいになった時、目が覚めた。まだ時計は四時半だったが、こんな夢を見た後に二度寝なんてできない。
亜子の言う愛なんてわからない。わからないが、愛とは藁人形と違うものとわかった。憎しみとか、呪いとか、許せない思いとかは全く正反対のもの。
今までの自分は、母に対して同じような気持ちを持っていた。確かに母には迷惑をかけられていたが、親だって完璧ではない。母がこんな体調不良になったのも、今までの自分の想いが引き起こしたもののような気もした。亜子が言いたい事は、今は何となくわかってしまう。
あんなに不味い超自然派弁当だったが、悪意で作られたものではない。むしろ逆だった。ボタンがどこかで掛け違い、その愛を受け取れなくなっていただけだろう。
だったらどうしたらいい? 品川の彼女としても相応しい大人になる為には、どうしたらいい? いつまでも拗ねた子供のままいるのはダメだ。品川だって子供っぽく拗ねた事から卒業していたではないか。
茜は自分一人で考えてみたが、答えはでない。結局、みんなの助けを借りることにした。母の自然派カフェに品川、真希、タケル、サエにも来て貰い、どうすれば良いのか知恵を借りた。
二度目のカフェだが、サエは相変わらず壁のチラシに引いていた。タケルは、以前と違い、だいぶ明るくなっていた。真希は相変わらず。品川は、とにかく茜の母の事が心配そうだった。
茜を含めて五人でテーブルを囲む。亜子が用意してくれた米粉スコーンやハーブティーを片手に、話し合ってはみるが、なかなかアイデアは浮かばない。五人集まっても所詮は高校生という事か。
「っていうか藁人形の動画なんて普通に名誉毀損と脅迫だから」
意外な事にサエはそこに呆れていた。SNSで炎上していたので、この藁人騒動はサエの耳にも入っているらしい。意外とサエも正義感が強いようだった。
「しかし、茜のママって炎上キャラすぎるよ。茜、よく生きてこれたね」
真希はそんな事を言う。若干この状況を面白がっているのは、真希らしい。
「こんなになったら、品川くんも茜もクリスマス楽しめないじゃんね?」
「え、栗田。こいつら付き合ってたの?」
タケルはここに驚き、なぜか大笑い。「ヤンキーと自然派二世がくっつくとか面白すぎる!」とツボに入ったらしい。他人事だと思って酷い。タケルは明るくなったとは思うが、根はさほど変わっていないのかもしれない。
「うるせーな。俺だって最近は眉毛ナチュラルにしたし、黒っぽい髪にしてるから! ヤンキーっぽくないだろ!」
ムキになって言い返す品川。この場は友達同士でワイワイ騒いでるだけのようで、何の進展もない。やはり、みんなに相談したのは、悪手だったか。茜は頭を抱えそうになりながら、米粉スコーンをかじる。ただ、一人で考えていたら、もっと落ち込んでいたかも知れない。わざわざ貴重な試験休みに来てくれるのは、嬉しい。例え良い答えが見つからなくても、仕方ないのかも知れない。
「しかし亜子さんは、愛って言ってるのか。愛が解決すると」
タケルはそんな事を呟きながら、何か思いついたらしい。リュックから何か一冊の本を取り出し、みんなに見せた。
「何これ?」
一同は本に注目。その本は、砂浜美羽も新刊だという。タイトルは「愛のスープ」。いつもは悪魔という単語を使ったタイトルの本が多い。突然愛なんてどういう風の吹き回しだろうか。表紙には野菜やベーコンがたっぷり入ったミネストローネの写真がある。確かにこのスープは美味しそうだった。
「タケル、お母さんの新刊持ち歩いてるのは、マザコンみたいだよ?」
「栗田、揶揄うな! でも現状これぐらいしかなくない? みんなでこのスープ作って母ちゃんに食べて貰うのがいいんじゃね? ちなみにこのレシピは全部我が家の定番。このミネストローネも俺が具合悪い時よく作ってくれたものだ」
タケルは自分語りを始めそうになったので、皆で必死に止めた。とはいえ、タケルはこのスープを飲むと風邪も頭痛もなぜか一発で治るとドヤ顔していた。
「でもレシピに美味しさの素入ってるじゃん。茜のお母さん、嫌ってるのじゃない?」
サエのツッコミは、もっともだった。
「まあ、うちの母はたぶん細かい味の違いとかわかんないと思う。タケルくんが言う事が本当だったら、このスープで母もよくなるかも?」
自信はないが、他に何も思いつかない。結局、このスープをみんなで作る事にした。
材料はほぼカフェにあるもので出来るが、トマト缶と美味しさの素がない。これはサエに買い出しに行ってもらう。
その間に残った面々でキャベツや人参を切ったり、日本酒や塩胡椒を用意したり、カフェの狭い厨房はワイワイと騒がしい。
「わあ、品川くん。キャベツ切るの上手!」
作業台の上で品川はどんどん野菜を切っていくが、一番手際がいい。むしろ女子である茜や真希の方が足手纏いだった。一方亜子は厨房の端に座り、この様子を観察していた。亜子によると、スープを作るのは、良い選択だと太鼓判も押されてはいたが。
「そうか? 俺、切るのうまいか? これでも毎日練習してるんだ」
「そうなの?」
「俺は料理人になって黒澤を笑顔にしてやりたいもんな!」
「品川くん……。嬉しい!」
「ちょっとお前ら見つめ合っていちゃつくな。フライパンの火加減はいいか?」
タケルにつっこまれ、二人はコンロのフライパンを確認。温められたフライパンにオリーブオイル、ベーコンを入れ、今度は真希が炒めていく。
「それにしても茜のお母さんは、元気になって欲しいよ。炎上キャラでもいいじゃん。それも個性だよ」
真希はニコニコと笑顔で菜箸を動かしていた。ベーコンの良い香りが漂い初めていた。
「そうだよな。俺も店長のことは、尊敬してるぜ。早く治ってほしい」
ベーコンが炒め終えると、次はタケルがそう言いながらベーコンと野菜を炒めていく。厨房はジュワジュワと楽しい音や香ばしい油の匂い、それに野菜の甘い香りが広がっていた。
「ただいま。トマト缶と美味しさの素を買ってきたよ」
グッドタイミング。ちょいうどそこにサエが帰ってきて、炒めたところにトマト缶、日本酒、美味しさの素を投入。しばらく煮込んで完成となった。
フライパン一つで簡単に出来上がってしまった。出来上がったミネストローネは、明るい太陽のような色だ。具もたっぷりと入り、一同は味見を始めた。
「美味しい!」
茜も味見してみたが想像以上に美味しい。野菜の甘みの方が存在感もあり、美味しさの素の味は特にわからない。それにみんなでワイワイ騒がしく作ったので、笑い声なんかもスープに溶け込んでいるような気がする。食べているだけで元気になりそう。
「このスープの波動は素晴らしいわよ。自信持って」
亜子にはそんな褒め言葉をもらった。
このスープはタッパーに移し替え、茜と品川の二人で持っていく事になった。意外な事に品川が一番乗り気だった。料理人志望としては、食べた人がどういう反応を示すか気になるらしい。
一方、茜は品川と母が対面する事に不安があったが、このスープを食べて母が良くなる事だけ信じ、二人で家に向かい、母の部屋をノックした。父は近所のドラッグストアに出かけているようで、外出中だった。
「お母さん。品川くん達とみんなでスープ作ったんだ。起きれる?」
「以前お会いした品川です。少しでも食べてくれません? みんなで治って欲しいと思いながら、このスープを作ったんです」
そう言うと、母から部屋に入っても良いと許可がおりた。
さっそく二人で部屋に入った。品川はさすがに緊張しはじめて、身体の動きもカチコチしていた。母の部屋は断捨離ばかりしているので、白い余白が目立つ。そんな普通と違うところも、余計に品川を緊張させているようだった。いつもと違って言葉遣いが丁寧なのは、ちょっと茜もドキドキしてくるが。
「なに? スープ?」
母はスープの入った器を一応は受け取った。何日も断食中なので、さすがに母の頬はこけ、青白かった。目の周りも真っ暗で髪もパサパサ。鎖骨も浮き上がり、美魔女の姿はどこにも無い。ベッドの上にいると余計に弱々しく見える。
「ふうん。スープね」
母はスープを見ても、特に興味がなさそうだ。
「絶対うまいはずです。そうだ、食べさせましょうか?」
品川はその大きな手で、スプーンを取ろうとした。さすがに母も恥ずかしくなってきたらしい。
「老人じゃないし。そんな介護みたいな事はやめてください」
「じゃあ、お母さん。食べてくれる?」
正直、茜の方が品川に食べさせて貰いたいぐらいだが、今はそんな恋愛脳みたいな事は言えない。自重する。
「ふうん。どうせ素人が作ったスープでしょ。美味しいわけないじゃない」
ぶつぶつと文句を言いながらも、母は一口スープを飲んだ。赤く、太陽のように明るい色のスープを。
「え、このスープ何?」
母はスープを一口飲むと目を丸くしていた。
「このスープ、何だかすっごい明るい味がする……。私がいつも作っているようなのと全然違うんだけど?」
首を傾げつつも、母は無茶でスプーンを動かし、あっという間完食していた。
「明るくて、光みたいなスープだった。こんなの初めて。すっごい美味しかったんだけど? みんなの気持ちは伝わった……」
無邪気に味の感想を語る母は、娘の茜にそっくりだった。は二人とも驚いていた。あんなに頑固そうだった母に心を溶かしてしまったみたいだった。
「美味しい。美味しかった……」
しかも少し涙目だ。
愛なんてわからないが、今は少し形が見える。それは憎しみとか呪いとは正反対のもので、一瞬で人の心を溶かすものなのだろう。相手のことを無条件に思う気持ち。たぶん、そんなもの。恋とは少し違って静かで温かいもの。恋は愛よりもっと心臓が騒がしい。恋を知ったからこそ、その違いは理解できた。
「ありがとう。なんかスープに込められた気持ちが伝えわってきたよ……」
品川と茜は、顔を見合わせ喜びあった。この愛のスープ作戦は大成功だったらしい。この日から母は断食をやめ、少しずつ体調も回復してきた。品川への態度も軟化し、お付き合いも正式に許可された。自給自足も体調を考慮して中止となり、いつもの茜の日常が戻ってきた。
もっともこのスープには、添加物調味料の美味しさの素が使われている事は口が避けても言えないが。茜と品川の秘密だ。これも一種の背徳料理なのかもしれない。




