第39話 藁人形と自然派ママ
期末テストも終わり、開放感でいっぱいだ。放課後、コンビニで品川と美味しいバターブレッドやコーヒーを楽しんだ後は、二人で図書館へ行き勉強した。
品川は赤点の可能性が高いというので、茜が現代文や古典のノートを参考書貸したり。図書館なので会話する事はできなかったが、こうして一緒にいるだけで楽しいものだ。付き合うとかよくわからないが、楽しいとしかいえない時間だった。
あっという間に夕方になってしまい、家の近くまで送ってくれた。品川は茜の家の庭が野菜たハーブが多い事に気づき、少し驚いていた。
「何でこんなに野菜植えてるんだ?」
「食糧危機に備えて自給自足してるんだって」
「いや、本当に自然派だな……」
明らかに品川は引いていた。確かにいかにも素人の家庭菜園で見た目も綺麗でもない。品川も「自給自足は失敗しそう」と思っている事だろう。
「まあ、テストは終わったが、俺は勉強し続けないと。頑張るぞ!」
「頑張って品川くん! あとでトークアプリで連絡するね」
「おお」
家に前にずっといても、母に見つかる可能性がある。品川とは別れ、手を振った。今までの時間が楽しかっただけに、この時間は寂しいものだ。両思いは楽しい事ばかりと思っていたが、寂しさもあるのか。茜は一つ悟ったような気分になり、自宅の玄関に帰った。
玄関には母や父の靴がある。最近はカフェの不定期営業にしているらしくこの時間にいる事が珍しい事ではなかったが。どうも家の雰囲気がいつもと違うような。亜子のような言葉を使えば、波動が悪い?
まさか品川に送って貰った事もバレてのだろうか。茜は少々緊張感を持ちながら、リビングの扉を開ける。間接照明だけがつけられ、リビングは薄暗かった。窓の外もすっかり暗くなっていた。
しかも誰もいない。しんと静かだった。床は重曹や雑巾が置きっぱなし。いつもの掃除道具だが、こんな風に置きっぱなしになっているのは珍しい。
「茜!」
背後から声がすると思ったら、父が立っていた。リビングに併設しているキッチンから出て来たみたいで、カップに入った白湯を持っていた。いつも通り人が良さそうな表情だったが、この妙な雰囲気はなんだろう。何か嫌な予感もしてきた。
「お父さん、ただいま。なんか様子がおかしな気がするんだけど……」
「実はな」
父の話によると、午後すぐに母が倒れ、今は自室のベッドで眠っているという。
「倒れたってなんで?」
珍しい話だ。自然派ママとして人一倍健康に気をつかっていた。母が体調不良を訴える事は、茜の知る限り一回もない。頭の中に「馬鹿は風邪ひかないんじゃないの?」という言葉が浮かんでしまったが、必死に追い払う。
「お父さん、どういう事? 病院行った方がいいんじゃ……」
「いや、波動を上げて断食で治すんだって言い張っている。医療詐欺のお世話にならんと言う……」
「そんな……」
確かに母は、自然派ママとして医療やワクチンもアンチになっていたものだが。
「困ったな。とりあえずこの白湯だけ持っていく」
「う、うん」
父と一緒に母の部屋に行く。ベッドの上の母は、真っ青だった。美魔女の母もこの時ばかりは、年相応に見えた。髪も肌もぼろぼろだった。
「お母さん、病院行ったら?」
こんな時は仕方ないのではないか。茜は心配して言う。
「いいえ。自然派ママとして自然に治します!」
言葉は威勢がいいが、声はガサガサと枯れていた。ベッドにいる母はいつもより小さく、弱い存在に見えた。あれだけ超自然派弁当を嫌い、反抗していた過去は何だったのだろうと脱力しそうになる。
「とりあえず白湯飲んで。あと、反ワクチンの医者は呼んだ。それぐらいは折れてくれよ」
いつもは温和で声を荒げることのない父だったが、今日は苛立っていた。確かにこの状況はイライラするだろう。誰がどうみても「医者に行け」と言う状況だろう。
「う、あの内川先生だったらいいわよ」
「だから内川先生呼んだから。勘弁してくれよ。命に関わることは、さすがに優先して」
夫婦喧嘩も始まるそうだったので、茜はこっそりと母の部屋を出て、自室へ向かった。
母が病気になり、さっきまでの品川との楽しい時間もすうっと消えていくようだった。
「な、なんなの……」
まだまだ反抗期中だったが、戦局は思わぬ方向へと流れていた。
その後、医者がきて母の様子を見に来たが、原因不明の体調不良という診断が下された。この医者もかなり胡散くさく、断食して寝ていれば治ると言い放って帰って行った。母はそれを鵜呑みにし、断食していたが、もう三日目になる。日に日に衰弱していくのだが……。
父もこんな母にお手上げ状態だった。一応無農薬野菜でスープなども作ったようだが、一口もつけられずに残された。茜はその残飯を食べさせられたわけだが、色んな意味で美味しくない。
「は・ん・わ・く・ち・ん! 呪い殺す!」
その上、母はネットで炎上している事も知った。とある占い師が自然派界隈と対立し「反ワクチンを呪い殺す動画」がSNS上にアップされていた。鬼のような形相の中年女性が「は・ん・わ・く・ち・ん! 死ね!」と叫びながら、藁人形に釘を打ち込んでいた。
さすがに気分が悪くなってくる動画だった。SNS上でも絶賛炎上中だが、この占い師は母の名前がついた藁人形の画像もアップしていて、背筋がぞっとしてしまう。あの動画では女が白装束姿に頭にアルミホイルを巻いてるのも不気味だ。頭のアルミホイルは何かを受信するつもりなのだろうか。
自然派ママとして炎上キャラの母だが、こんな風に呪われていいものだろうか。呪いや藁人形は、非科学的なアイテムではあるが、こんな動画や画像を見せられて良い気分がする人は少ないだろう。
この件について品川のも相談した。試験休みだったが、図書館のカフェで落ち合い、どうすればいいか涙目で相談する。日に日に母は衰弱しているし、藁人形動画や画像も気持ち悪い。軽くパニック状態で現状を説明した。
「そうか。いや、本当に黒澤の母ちゃん、炎上キャラだな……」
こんな下らない事だったが、品川は最後まで話を聞いてくれた。カフェではプリンやケーキなども注文してくれ、一緒に食べたが、いつものように無邪気に楽しめない。喉の辺りに小石があるみたいで、上手く飲み込めなかった。
「一応俺の親父に連絡しとく。いざとなったら精神科に強制入院もできるはずだから」
「品川くん、ありがとう」
茜は涙目で頭を下げた。
いつもは母の事など全く好きになれない。自然派料理を強制され、炎上キャラで迷惑させられてきた。現在進行形で迷惑かけられているわけだが、衰弱している母を見ていると、居ても立っても居られない。
憎いんでいた存在だった。毒親だと思っていたが、それだけではなかったのかもしれない。今は母が良くなって欲しい。それしか考えられなかった。
「ところで今、母ちゃんのカフェはどうなってるんだ?」
「亜子さんとタケルくん、あと細川さんで回してるって。でもみんな忙しいし、困っているみたい」
茜はさらに泣きたくなって来たが、品川に「大丈夫!」と何度も言われ、落ち着きを取り戻していた。
自分はやっぱり子供。少しは成長したような気分にもなっていたが、こんなに動揺し、涙目になっている現状は、とても情け無い。
「そんな自分を責めるなよ。俺だってまだまだ子供だし。少し前、拗ねてタケルに怒られたしな……」
「そういえば……」
そんな事もあったが、遠い昔の出来事のようだ。
「今は母ちゃんが元気になる事だけ考えよう。母ちゃんのカフェも行くか? 何か手伝える事もあるかもしれない」
「う、うん……」
「大丈夫だって!」
再び品川に励まされ泣きたくなってくるが、二人で母にカフェに行くことにした。扉にが「準備中」のボードが出ていたが、鍵はかかってなかった。
二人はそのままカフェの入るが、亜子が一人、カウンターに立ち、ガラスのコップを磨いていた。キュッキュッと小さな音が響いている。
その目は鋭く、まるで茜や品川がここのやって来る事がわかっていたようだった。
「いらっしゃい、茜。あと品川くん?」
タケル経由か、亜子は品川に事を知っていた。
「品川くんは、波動が高めでいい感じよ」
「は、波動?」
「品川くん、亜子さんってかなり変わってる人だから、気にしなくていいよ」
「あら、茜。そんな事言っていいの? 私はあなたのママが回復する方法を知ってるのに」
亜子はさらに目を光らせた。
そんな事を言われたら食いつくしかない。茜達はカウンター席に座り、前のめりで亜子の話を聞いた。
母の体調不良の原因は、あの呪いの動画のせいだという。あの動画から悪い波動が飛び、母は呪われているという。
「は? 意味わからない……。波動って何ですか?」
品川は宇宙語でも聞いたような顔だった。こんな困惑した品川の表情は、初めて見るのだが。
「亜子さん。簡単にいえばあの藁人形動画が、効果があったという事でいいの?」
「そうよ。恐ろしいわ!」
亜子はわざとらしく、身体を震わせていたが、品川は「?」と言いたげの顔だった。無理もない。自然派界隈の波動とか似非科学を語られても納得できる人は少ないだろうが。茜も納得できないが、もし亜子の言う事が本当だったら?
「それで亜子さん。どうすれば、この呪いが解けるの? 何か方法あるの?」
「お、そうだな。解決策があるのなら、教えてください」
品川は頭を軽く下げていた。こんな品川は初めて見た。よっぽどこの状況を心配してくれているのだろう。茜も慌てて頭を下げた。今の自分は無力だ。こんなトラブル一つ自力で解決できない。今はこうして頭を下げるしか無いようだった。
「一つだけ方法があるわ」
亜子は今まで以上に目を光らせた。
「愛よ」
「え?」
茜も品川もはっとして顔を上げる。
「愛は全てを覆い、救う。お母さんも愛があれば治る」
二人は顔を見合わせた。亜子の回答は、あまりにも予想外だったから。
「そうよ。愛よ、愛」
亜子は歌うように語るが、余計に謎は深まってしまった。
愛って何?




