第38話 告白後のバターブレッド
品川と両思いになってなってしまった。あのたい焼きパフェの日から、ふわふわな雲の中にいるような感覚しかない。テスト中なのでどうにか地に足をつけられている感じだ。
そうだ。テストだ。今はテストに全力集中という事で品川とどこかに出かけたり、昼ごはんを食べる事もしていない。なんか恥ずかしいというのもある。それに付き合うとか意味がわからない。何をすれば良いのかもわからない。その点は茜は小学生レベルだった。一応保健体育の知識はあったが……。
問題は母だった。細川経由でこの事は全部筒抜けとなっていた。門限も設置されてしまい、部屋も漁っているらしい。自然派ママというより毒親街道爆進中だ。こればっかりは自衛するしかない。
茜はサエにプロデュースしてもらったメイク道具や服、靴、それに市民祭りで品川と一緒にすくったカラーボールを紙袋につめ、避難させる事にした。
「という事でサエちゃん。この紙袋、しばらく避難させてくれない?」
テストの最終日の朝、教室でサエに頼み込んだ。あまり勉強が好きではないサエも朝早く来てテキストを読んでいた。茜から全ての事情を聞くと、目を丸くさせいた。かなり驚いているらしい。
「は!? 品川と両思い!? ママがさらに毒親化!? どうなってるの!?」
サエはテキストも放置し、茜に詳細を聞く。教室の他の生徒達は勉強しているものが多いが、サエはそれどころでは無い感じだ。
「なんか品川くんと両思いになってしまったみたいで」
自分で言いながら恥ずかしい。脳がピンク色に沸騰してしまいそう。
「でも母にさっそくバレてしまい、面倒な悪寒しかしないの。ごめん、サエちゃん。この紙袋だけは預かってくれない?」
「いや、それはいいけどさ。急展開すぎね?」
「うん。真希ちゃんも超驚いてた」
真希にこの件を報告すると、揶揄われ、クリスマスはホテルで過ごせと恋愛上級者的なアドバイスもされ、キャパオーバーしそうだ。
「いや、真希も大概だな……」
「真希ちゃんすごい揶揄ってくるの。サエちゃんのクールさが心地いい」
「変な目でこっち見るなよ。わかったよ。紙袋はしばらく預かってやるよ」
「わあ、サエちゃんありがとう!」
「それはいいが、ママの事どうするの?」
紙袋の中見を確認しつつ、サエは耳の痛い事を言ってきた。
「正直、長年の心労でハゲそう……」
「これを機になんとかした方がいいかも? さすがに門限や部屋漁るのは、毒親すぎるよ」
一見クールなサエだったが、心配してくれているようで、心がいっぱいだ。こうして品川と両思いになったからこそ、他人の良心や優しさみたいなものを敏感に感じ取ってしまう。今まではずっとぼっちだと思ってもいたが、実は他人はそんなに厳しいものでもなかったのかもしれない。壁を作っていたのは、自分の方だった。一度その壁を取り払ってしまえば、優しい世界に行ける気がした。
「うん。母の事はハゲそうだけど、なんとか対処する……」
「まあ、頑張れ」
「うん」
ちょうど予鈴が響き、菅谷も教室へ入ってきた。ホームルームも始まり、期末試験も最終日。これが終わると試験休みに入り、大掃除とテストの返却、最後には終業式だ。クリスマスや冬休みも近い。真希がけしかける事なんて決して出来ないが、そう思えば少しは頑張れそうだ。
「品川くん!」
最終日の試験もどうにか乗り越え、チャイムがなった。掃除を終わらせると、早めに帰ろうかと思ったが、下駄箱に品川がいた。
最近はファッションヤンキーもやめ、髪の色も落ち着いていた。制服もちょっと真面目に着こなすようになった。今日は珍しくコートも着ていた。確かに今日は雪が降りそうな空だ。茜もブラウンのダッフルコートを着込んでいた。
「い、一緒に帰る?」
一応両思いというものだから、自分から誘っても良いと思った。茜は思い切って品川を誘った。
「お、おお」
「じゃあ、一緒に帰ろう!」
恥ずかしさで二人とも顔が真っ赤になってしまうが、二人で並んで校門から学校をでた。品川はなぜか校門あたりをキョロキョロと見ていたたが。
「品川くん、どうしたの?」
「いや、あの細川がいないかなって」
「たぶんいないと思うよ。今はワクチンの後遺症で車椅子になった人がいるみたいで、その人のところに介護に行ってるって」
「そうか。あんなヤツでも良い部分はあるんだな」
品川はよっぽど彼の事が嫌いらしい。茜も特に好きではないが、母にこの件を告げ口したので、余計に苦手になってしまった。介護に専念してくれるなら、ずっとそうして貰いたい。
外は冷蔵庫の中にいるみたいに寒い。空は薄暗い。灰色の重い雲に覆われていた。天気予報では雪が降ると言われていたが、おそらく当たるだろう。
「しかし寒いな。俺は赤点っぽいからこれから図書館で勉強だが、コンビニでコーヒーでも飲むか?」
「そうだね。寒いね」
そう言う茜だが、実はそこまで寒いとも思ってはいない。確かに寒い事は寒いが、隣には品川がいるので、頬は恥ずかしさで真っ赤になりそうだ。真希が揶揄ってきた事も思い出すと、余計に真っ赤になりそうだ。
コンビニはクリスマスのチキンのケーキのポップや看板やのぼりが出ていた。真希の揶揄ってきた言葉を連想てしまい、茜はなるべく見ないようにしながら入店した。
コンビニの中は暖かく、コーヒーや揚げ物の良い匂いがした。前に品川とチキンを食べたコンビニだ。あの日も遠い昔の出来事のようだ。
「品川くんは何食べる?」
「いや、俺はあんまりお腹空いてないし、コーヒーだけでいい」
「えー、意外」
実は茜もお腹がすいていない。隣に品川がいるから、胸がいっぱいというか、空腹を司る脳の部分もピンク色の何かで壊れている感じ。
結局ホットコーヒーとレジ前でプッシュされていたバターブレッドだけを購入した。このバターブレッドは、茜と品川が親しくなるきっかけの一品。懐かしさで余計に胸がいっぱいになりそう。
セルフのコーヒーメーカーで紙コップの中身を注ぐと、イートインコーナーへ向かい、二人がけの席に座った。
昼過ぎのイートインコーナーは、他にも老人やサラリーマン風の男性もいて少々混み合っていた。店内放送はクリスマスソングが流れ、シンプルなイートコーナーも賑やかな雰囲気だ。
「このバターブレッド懐かしいな」
「そうだね、品川くん」
バターブレッドを二人で分け合い、食べる。コンビニのコーヒーと相性も最高だ。前に食べた時とは違う感想をもつ。バターの甘みががコーヒーの苦みとマリアージュしている。黄金色のバターブレッドを見ているだけでも、当時の記憶を思い出し、余計にニコニコと笑ってしまう。
「あの時の品川くんがくれたバターブレッドも美味しかったな」
「まだ覚えているのかよ」
「だって本当に美味しかったんだよ。それにしても何であの時逃げたの?」
目の前に向き合って座る品川は、なぜか顔が真っ赤だ。今日は髪の毛は地味だが、やっぱりオカメインコのように見える。
「いや、あの時に黒澤に一目惚れしたつーか」
「えぇ!?」
「言わせんなよ!」
恥ずかしさでお互い何の声もでない。まさかあの時からだったとは、茜も予想外だった。
「わ、私はあのオーガニックカフェに行った時ぐらいだけど」
「遅いよ! 鈍いよー。男は理由もなくデートに誘ったりしねぇ」
「えええ、あれデートだったの!」
今が一番恥ずかしさで爆破しそうだった。苦めのコーヒーを飲み、どうにか冷静さを保つ。
「そんな驚くなよ」
「うぅ、私鈍かった?」
「うん。鈍すぎ。でもまあ、それが可愛いとこだが」
可愛いとか!
本当に身体も脳も爆発しそうだ。恥ずかしさで品川と目も合わせられない。顔を覆いたくてたまらない。母に言われてマスクはしていなかった。母によるとマスク=情弱なコロナ脳という事だったが、今は恥ずかしさでマスクが欲しいぐらいだった。
「まあ、近いうちに黒澤の家に行こうと思うんだ」
「え、何で?」
「俺は一応厳格なカトリック信者の息子だからな。婚前に変な事とかできん」
「え、変な事って?」
「知らんよ! まあ、俺もちゃんと挨拶したい」
変な事がどう意味かは不明だったが、母にもきちんと挨拶すれば、分かって貰えるかもしれない。品川と一緒に挨拶する事は賛成だった。
品川の真面目な一面も知り、ますますキュンとしそうだ。
それに品川の両親も最近は諦めモードで、高校卒業しさえすれば後は自由にやって良いという。もちろん調理の専門学校へ行ったり、料理人も目指して良いという。品川の兄は海外で新しく火傷の治療法も確立し、親達もそっちで満足しているとか。
これは喜ばしい知らせ。茜は付き合うとかはよく分からないが、しばらくは安心できそうだ。
「品川くん、これからもよろしく」
「ああ、こっちこそよろしく!」
改めて挨拶もした。初めてのお付き合い。初めての彼氏と彼女。目に映る全てが初めてだったが、品川と一緒なら大丈夫だと思う。すっかり茜は安心し、美味しいバターブレッド食べていた。腹は満たされて、頭の中はピンク色に染まっていく。
ちょうどその頃。とある動画がSNSにアップされていた。
「は・ん・わ・く・ち・ん! 奴らを呪い殺す!!!」
動画では鬼のような形相の女が藁人形に釘を打つ。
こんな呪いのような動画がSNSで拡散されている事は、茜は全く知らなかった。この動画が二人の関係にも影響してしまう事も。今は何も知らなかった。




