第37話 告白とたい焼きパフェ
期末テストが始まった。勉強はもちろん、風の冷たさが身に染みる日々だ。
母との関係は相変わらずだ。ただ、向こうもぼーっと指を咥えているわけでもない。細川が夕食に来るようになり、許嫁としてくっつけたい意図を感じる。細川も何故か茜を気に入り、積極的に話しかけたりしてくるが、期末テストの勉強の方が大事だ。細川の誘いはスルーし、勉強机に齧りつく日々。
「ねえ、茜ちゃん。このたい焼きパフェ美味しいそうじゃない?」
それでもある日の夕食時。両親と味の薄い蕪のスープを食べている時、細川がやってきてチラシを一枚見せた。
そこには可愛らしいたい焼きがあった。普通のたい焼きのクリームやチョコ、ポッキー、アラザンがトッピングされ可愛い。SNS映えもすると流行っているらしい。クリスマス限定のものもあるらしい。駅前近くの公園でフードトラックで売られているとか。
「た、確かにこれは可愛い……」
茜は明らかに誘惑されていた。
「いや、でも。これ動物性の生クリーム使ってるし、チョコレートも光沢剤使ってるよ。たぶんアメリカの農薬まみれの小麦粉を使ったたい焼きだと思う。添加物を考えると、こんなものは食べられない」
茜はいつも母が言っている事を逆手にとり訴えた。こんな事をいわれたら、母も反対するだろう。
「たまには良いじゃない」
「は?」
母はたい焼きパフェに限っては許すと言い、変な声をあげてしまう。父は苦笑。この件に関しても蚊帳の外にいて関わりたくないという意図を感じる。
「うん。たい焼きパフェいいんじゃない? 別にたまに食べても死にやしないわよ。テストの帰り、細川さんと行ってらっしゃいよ」
「は? 添加物はダメじゃないの?」
とんでもないダブルスタンダード。茜は怒るより呆れてしまう。
「お母さんが良いと言ったら良いの! 細川さんとたい焼きパフェ食べに行ってきなさい!」
なんというジャイアニズム。茜は反論するのもバカバカしくなった。それにこのたい焼きパフェは美味しそう……。別に一回ぐらいたい焼きパフェを食べに行っても良いか。可愛いたい焼きパフェにすっかり誘惑されてしまった。
「行けばいいんでしょ!」
ヤケクソになりながら言う。細川はニコニコ笑っているだけだったが、茜が行くことの決まると、口元をニヤニヤさせていた。
そして翌日。
テストの為、午前中で学校は終わる。茜は特に細川に会いたいわけでもなかったが、たい焼きパフェは気になっていた。たい焼きパフェを食べたらさっさと帰ろう。どうせ明日も期末試験なので、勉強の為に早く帰る必要がある。
それにしても母の身勝手さにはため息しか出ない。いつもは添加物はダメと言っているのに、たい焼きパフェがオッケーなのは何故だ。相変わらず砂浜美羽ともネット上で炎上している。この事もうんざりさせられた。タケルによると美羽は添加物の重要性を解説した書籍を出版する予定があるという。自然派ママに炎上させられ、出版社から依頼されたという。多方面に迷惑をかけているようで娘としては本当に恥ずかしいのだが。
そんな事を考えながら、下駄箱に向かい、校門の方へ。確かここで細川と待ち合わせしていた。彼らの姿を探すが。
「え?」
外に出たので冬の風の冷たさに震えてくるが、それだけでない。全く別の意味で震えていた。
校門には細川がいた。相変わらず黒髪短髪の清潔感がある細川。今日は寒い為かダウンジャケットを着ていたが、品川と向き合って立っていた。
その品川は仁王立ちで細川を睨みつけていた。品川は細川よりは若干背が高く体格も良いので、少し怖いぐらいだ。下校中の生徒もヒソヒソと噂をしていた。
「俺は茜ちゃんとたい焼きパフェを食べに行くだけだよ。許嫁として。両親公認なんだが?」
「その両親は自然派陰謀論者の反ワクチンのアタオカじゃねーか。そんなの良いわけないだろ。このロリコン。大人が高校生に手を出していいんか?」
品川はさらに目を光らせていた。
「こ、これは何?」
まるで少女漫画にあるような「私のために争わないで!」というシチュエーション?
茜はこんな状況にパニックになりかけたが、他の生徒の視線が痛い。先生に通報されたら、期末試験どころでも無い。茜はとりあえず二人の中に割って入り、校門から移動する事にした。
意外な事に二人とも茜の言う事は聞き、三人で駅の方へ向かう事になってしまった。何故か三人でたい焼きパフェを食べるはめに。
こんな状況になってしまったので、もうたい焼きパフェなんて食べたくなくなってしまったが、駅近くに公園につき、たい焼きパフェのフードトラックを見た時には、気が変わってしまった。
遊園地にでもありそうなピンク色の可愛いフードトラック。それにメニューも見ていたら、あまりにも可愛く、あらゆる欲望が刺激されてしまった。
「ちょっと、品川くん! このたい焼きパフェ見てみて。すごい可愛い! 可愛いとしか言えない!」
フードトラックのそばには看板があった。そこにはSNS映えしそうなたい焼きパフェの写真があり、茜は目がうっとりとする。可愛すぎて。それにフードトラックからは甘い匂いも漂い、それだけで楽しくなる。行列もできていたが、一刻も早くたい焼きパフェが食べたい。テストで脳内の糖分もなくなっていたので、余計に食べたい。公園にあるフードトラックというシチュエーションも余計に食べたくなる。今日を逃したら二度と食べる機会がないかもしれない。
「茜ちゃん、そんなにたい焼きパフェが気に入ったか。よし、大人の財力でたい焼きパフェを買ってきてあげよう。俺はヤンキーくんとは違って株やFXで億万長者だからね」
「わーい! すごく食べたい!」
「黒澤、わーいじゃねえよ!」
品川は間抜けな程の笑顔を見せる茜にイライラし、貧乏ゆすりをしていた。なぜか彼が怒っているのか、茜は見当もつかない。とりあえず公園の噴水のそばのあるベンチに二人で座った。
たい焼きパフェの行列は細川に並んでもらう。三人で並んでも無意味だし、その間に場所とりした方がいいだろう。
噴水の側には他にも幾つかベンチがあり、たい焼きパフェの客で溢れていた。噴水は冬の為か、水は止まっている。冬の風が吹き抜け、すっかり乾燥していたが。
「品川くん、一体何を怒ってるの?」
隣に座る品川にも冬の風が吹いていたが、なぜか頬が赤い。その赤みは、怒りが原因にも見えた。
「まさか何か拗ねてる?」
以前、品川の家に行った時も拗ねていた。あの時に逆戻りしてしまったのだろうか。
「黒澤の母ちゃんには、本当にイライラさせられてる」
「え? まあ、そうだね。娘としては、本当に恥ずかしい人だと思うよ」
「勝手に許嫁とか意味わかんねーよ。自給自足なんて素人が上手くいくわけないっての!」
「確かにそうだけど、本当に何を怒ってるの?」
品川の怒りの原因が特定できず、茜はオロオロするだけだ。
「だから! 黒澤に餌付けしていいのは、俺だけだから。許嫁ってなんだよ。明治時代じゃねぇよ。黒澤はあんな胡散臭い男と結婚なんてすんな!」
品川の頬はさらに赤く上昇していた。いくら鈍い茜でも、これは「告白」というものだと察してしまった。こんな台詞はどうでもいい異性には、出てこないだろう。
「は、はい。細川さんと結婚なんてしません」
まだたい焼きパフェは食べていないのに、二人の間に流れる空気が甘ったるいのだが。フードトラックから漂う匂いよりも、さらに甘ったるいピンク色の何かが空気に染み込んでいく。
「本当に黒澤に餌付けしていいのは、俺だけだから」
「私も品川くん以外の人と美味しいもの食べたくない。品川くん、大好き!」
たい焼きパフェはまだ食べていないはずなのに、舌は滑らかに甘い言葉で溢れてしまっていた。
「私、ずっと品川くんと美味しいものが食べたいです。それに品川くんとだったら、不味いものも美味しくなりそうな気がするの」
学生食堂の具のないカレーだって、品川と一緒だったから不味くはなかった。あの超自然派弁当も品川と分け合って食べたら、意外と不味くもなかった。
「俺も……。俺も黒澤に美味しいもん食わせたい。笑顔にしたい。いい料理人になりたい」
「うん! 私は品川くんの夢を応援する」
「ありがとう」
「私こそ。ぼっちの私にバターブレッドくれてありがとう」
胸がいっぱいになり、涙が出そう。最初のあのバターブレッドのお礼は、初めてちゃんと言葉にした気がした。
二人はさらに距離をつめ、見つめ合う。冬の風は冷たいはずなのに、全く寒くない。むしろ熱いぐらいだ。もう他の人の声も聞こえない。二人で熱く見つめあっていると、たい焼きパフェ以上に甘い空気に包まれてしまう。
「は? 俺って噛ませ犬だった件……」
たい焼きパフェを買い終え、茜達の前に戻ってきた細川だったが、この空気を壊す事は無理だと悟った。
「まあ、噛ませ犬は退場しましょう。でもこの件は茜ちゃんのママには報告するわ。これぐらいは噛ませ犬でもやってもいいだろ?」
そんな細川に二人は全く気づいていない。熱く見つめ合いながら、甘い世界の中にいた。




