第36話 自由意志とアイスクリーム
品川のマンションに行った日の翌日。母は相変わらず怒っているようで、超自然派弁当も持ってこなかった。朝食も親子三人で食べたが、見事に無言だった。しばらくこの戦争は続きそうだった。
それでももう期末テストが近い。ちゃんと学校に行き、授業を受けなければ。
こんな朝の風景は憂鬱でしかないが、茜は気持ちを切り替えて学校へ向かった。
「おはよう!」
下駄箱で品川の姿が見えた。久々に学校で品川に再開することができ、茜は花が咲くように笑顔になってしまう。
「おお、おはよ……」
品川の髪の毛はいつもりだいぶ落ち着いた色になっていた。アクセサリーも外し、制服もちょっとだけ普通に着こなしていた。眉毛もある。やっぱり眉毛が剃ってあるよりも、ナチュラル系の方がイケメンに見える。この品川の変化にヒソヒソと噂していた生徒もいたが、茜は普通に受けとめた。
「まあ、いつまでもファッションヤンキーやってるのも拗ねてるのかなって。それってダサいし。タケルの言ってる通りかもしれない」
よっぽど昨日タケルに叱られた事が刺さってしまったらしい。ヤンキーを大人しくさせる威力があったとは。
「やっぱり現実でちゃんとしている人間だけが夢見る権利があるのかなって。料理人になる夢を現実逃避にしたくないかも……」
そう語る品川は、いつもよりシュンとして見えた。昨日は濡れたカラスのように見えたが、今日はその雛のようにも見える。
「じゃ、俺、菅谷先生と話があるから」
「うん」
「昼は何も買ってきてないから学生食堂でいいか?」
「私も今日は超自然派弁当持ってきてないから。うん、学生食堂で」
「わかった。待ってるからよ」
手を振ると、品川は職員室も方へ行ってしまyた。これで品川の反抗期(?)も終戦を迎えたという事か。まだまだ問題は残っていそうだが、これで元の日常に戻ったようだ。
テストが近いので気合いを入れて勉強していたが、今日は昼休みが来るのが楽しみだ。体育の時間は寒さで死にそうだったが、どうにか乗り越えられそうだった。
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、茜は早歩きで学生食堂へ行き、品川と落ち合った。食券機に前に並び、どれを頼むか悩む。一方出遅れたせいでチキン南蛮のA定食は売り切れだった。肉類は品切れになるのも毎回早い。
「ちょっと物足りないけど、塩鯖のB定食にする?」
「 そうだなー」
「母によると鯖は健康にいいらしいけど」
「黒澤の母ちゃんは魚は食うのか?」
「肉と卵、それに牛乳は取らない派。自然派界隈にも色々あるみたい」
「そっか。一口に自然派ママといっても色々あるんだ」
「そうだよ。こんなの人それぞれだよ」
こんな下らない雑談をしながら列に並び、食券を購入した。ずっと学校で品川に会えなかったので、こんな何気ない雑談も楽しい。茜はずっとニコニコ笑ってしまっていた。
こうして列の並び、無事に塩鯖のB定食をもらう。お盆の塩鯖、ご飯、味噌汁、糠漬けが載っている。典型的な定食だが、今は品川と一緒にご飯が食べられるのなら、なんでも良かった。
二人で学生食堂の席に座った。今日はぼっち席ではなく、周りにもグループたちが多い陽キャ席だが、ここに座れるだけでも嬉しいものだ。
「塩鯖、案外おいしいな」
目の前に座る品川は、しみじみと塩鯖を味わっていた。確かにシンプルな一品だが、塩がしみ、しみじみと美味しい。基本的に人の料理は否定的な母だが、この塩鯖だったら気に入るかもしれない。
「うん。おいしいね」
茜も笑顔で頷く。
「やっぱさ。美味いもん食ってる時の笑顔っていいよな」
「そうかな?」
「料理人の夢は捨てきれない」
ぼそっと呟いていた。周囲はうるさいが、その声は聞き逃さなかった。
「諦めなくても良くない? まずは高校卒業した後に追いかけてもいい夢じゃない?」
「そうだな。菅谷先生もそう言ってたし、今は期末テスト乗り越えるしかないな……」
タケルだけなく、菅谷にもこっぴどく叱られたという。大人の言う事にはとりあえず従っておくしかないようだ。もっとも茜の今の状況は、反抗するしか方法はないわけだが。
「塩鯖美味しかったけど、なんか物足りないな。売店行くか?」
「そうだね。確かに何か物足りないかも」
品川も茜もまだお腹に余裕を感じた。食べ終わった食器を片付けると、売店へ。今は新作の限定アイスを推しているらしく、二人とも惹かれる。マロンクリームのアイスモナカで、ちょっと珍しい。結局このアイスを買い、学生食堂へ戻って食べる事にした。
「お、このアイスおいしいよ!? なんでこんなにカワがパリっとしてるの!? アイスとマロンクリームが絶妙に合うよ!」
茜は若干興奮しながらアイスの味を語っていた無邪気に喜ぶ茜を見ながら、品川は吹き出す。笑いを堪えられないようだ。
「品川くん、そんなに笑わないでよ」
「いや、黒澤って面白いよな。黒澤らしいというか」
あまりのも笑われるので、居た堪れなくなってきた。アイスはおいしいが、早く食べてしまった方がいいかもしれない。
「私も品川くんらしくいて欲しいなって思うよ」
「は?」
「別にいいじゃん。医者とかに親に勝手の病名つけられても、品川くんは品川くん。何か変化ある?」
茜は今の自分の気持ち素直に語った。本人はハンデとか発達とかグレーゾーンと言われて苦しんでいるようだが、茜の目からは何も変わらないように見えた。
「そうか?」
なぜか品川は驚き、アイスを落としそうになっていた。その大きな手から。
「そうだよ。別に品川くんがちゃんと治療を受けたいんだったら受ければいいし。嫌だったらら今のままでもいいし。いざとなったら母の自然派料理で治してもいいし?」
「そこは譲れないんだな」
品川は苦笑。
「うん。私は品川くんが思う通りにしたらいいと思う。品川くんの自由意思を尊重するよ。このアイスみたいに食べても食べくてもいい感じじゃない?」
茜の混じり気のない笑顔に、品川もすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。しかも目の辺りが赤くなっている。泣くのを我慢しているような目だった。
「う、そうだよな。そうだよな……」
品川は深く頷き、アイスを完食していた。
「私は母の料理は嫌いだけど、健康に良いのは確かだと思うし。それに細川さんにも相談できるし」
「は? 細川さんて誰だ?」
なぜか品川の目が鋭く光っていた。もうすぐ授業も始まる時間なので、学生食堂も人が減ってきた。塩鯖定食を食べている時より静かになってきた。もう期末テストも近いので、生徒達の顔つきもどこか緊張感が漂う。
そういえば品川には細川や自給自足生活問題を話すのをすっかり忘れていた。茜は仕方なくそ事情を全部話した。もちろん、この事で絶賛反抗期中の事も話したが、品川はさらに鋭く目を光らせていた。昨日は濡れたカラスのようにも見えた彼だったが、今は何故か野生の狼のような目を見せていた。単なる気のせいだろうか。オカメインコのような品川とはずっと会えていないとも気づく。
「そんな事ありかよ……。絶対わた……」
「え? 何か言った?」
予鈴がなり響き、品川が何を言ったかは聞き取れない。まあ、どうせ大した事は言っていないだろう。
茜は慌てて教室へ。品川は保健室の方へ向かった。




