第35話 お見舞いの鍋焼きうどん
品川が住むマンションは、茜の家、図書館、公民館などは逆方面にあった。駅からも少しはなれている。街の南側で隣町にも近い。
そこは元々は工業地帯だった。戦時中は軍事関連の工場もあったようだが、今は都市開発されて新しいマンションや病院が建てられていた。二年後あには新しい駅もできるらしく、この一帯は田舎らしさはなく、新鮮な空気が漂う。新しいマンションが多いせいか、道は若い主婦や小さな子供が目立つ。
品川のマンションは、総合病院のすぐ裏にある。品川総合病院。彼の家族が運営している大きな病院で、一同はそれを眺めつつも、目的地に向かった。
新しいマンションだった。七階建てでオートロック。真希はチャイムを押し、オートロックを開けてもらい、エレベーターの乗ると、品川の部屋の向かった。七階にある部屋だった。
「おっきなマンションだな。品川って坊ちゃんか? 家族はいるのか?」
エレベーターに乗っている間、タケルはビビっていた。確かに庶民の茜も真希も慣れない場所だった。
「品川くんは今は一人暮らし状態だよ」
「おお、栗田。お前はよく知ってるな」
「私は顔が広いからね!」
「真希ちゃん達、七階についたよ!」
三人でワイワイ騒ぎつつ、品川の部屋の前へ。すぐに品川も扉を開け、玄関に案内してくれたが。
やたら広くて明るい玄関だった。玄関にはオシャレな自転車も飾ってあり、雑誌のワンページのようだが、そんな事は問題ではない。
品川はいつもと違い、髪の毛をセットされていなかった。ぺたんこな前髪だ。ちょっとボサボサで根元は黒い。しかも顎のあたりは無精髭も見える。素というか、いつもよりナチュラルでオスっぽい品川の姿にドキドキしてしまう。ざっくり着たスエットからも色気を感じてしまうのだが。
「おお。お前らか」
しかし品川はいつもと調子が出ていないようで、喉はガラガラだった。目元も熱のせいか赤くなっている。いつもはオカメインコのようだが、今は濡れたカラスのような。しかも少々色気つき。茜の顔は火照ってきた。
「まあ、上がれよ。といってもお菓子やお茶もないんだが」
品川に案内されたリビングは、広々とした空間だった。ふかふかなソファに大きなテレビ。それに大きな窓もあり、景観も良い。晴れていたら富士山も見えるかもしれない。今は夕暮れ時だったが、グラデーション色の空がよく見えて綺麗だ。明らかに金持ちの家のリビングだ。茜はさっきと違う意味でドキドキしてしまう。
「品川くん、ウチら鍋焼きうどんとか買ってきたから、作るよ」
「キッチン勝手に借りんぞ」
真希とタケルはさっさとキッチンの方へ行ってしまう。キッチンはリビング空近く、声も筒抜け状態だが。
残された茜と品川は、ソファに並んで座る。なぜか二人になるような空気だ。茜はキッチンの方へ手伝いに行こうとしたが、真希とタケルに止められてしまったし。
リビングのテーブルには砂浜美羽のレシピ本や調理の基礎的な教科書も積んであった。品川が料理人を目指してこんな事になっているのは、事実のようだ。茜にも親の問題があり、人の心配どころでも無いが、隣にいる品川はしゅんとしていた。落ち込んでいるようだった。
聞くと調理人の夢を両親に反対され、自身の暴走している思いとジレンマもあり、悩んでいるという。
「親や菅谷先生はせめて高校卒業してから調理の専門学校行けってアドバイスされたが」
「それじゃダメなの?」
茜は思わず首を傾げてしまう。
「ダメだよ。なんか思いだけが暴走しちゃって止められないんだよな……」
「どういう事?」
もしかしたらサエが言う発達障害とかハンデが関係あるのだろうか。茜はそれとなく聞いてもるとビンゴだった。
幼少期の頃から思い立つと暴走し、止められなくなり、ADHDグレーゾーンだと診断された事もあった。ただ、本人としては病名をつけられた事に違和感。父親の知り合いや親戚の医者にも見てもらったが、「あの品川先生の息子さんがね……」と見下げられる事もあった。その上、姉や兄、母にまで病名を馬鹿にされるようになり、中学の後半からグレてしまった。今も教室で授業を受ける事でも特性が出てしまう事もあり、保健室登校を続けていた。
「そ、そうだったの……」
品川の事情が全てわかり、言葉が見つからない。
「治療はしてるの?」
「いや、父に連れていかれる医者がどれも最悪。薬も合わないし、二度と飲みたくねぇ。あれは覚醒剤だと思う。あんなのずっと飲んでたら廃人になるわ」
これはかなり拗らせているようだった。
ふと、細川が言っていた事も思い出す。医療を受ける事も本人の意思が一番かもしれない。本人は苦しいかもしれないが、茜は今まで通りで何も変えず接するしかない。品川の意思を尊重するのが一番だろう。
「もしかしたら、うちの母の超自然派料理で少し良くなるかも? 私もアトピー治ったし。健康には悪くないと思う」
「いいや……」
品川は微妙な表情だった。ここで自然派二世のような事を言ってしまったのは、空気が読めなかったか。少し品川も不機嫌になったように見えて、こんな事を言ってしまったのを後悔したが。
「品川、拗ねんなよ!」
そこのタケルが戻ってきた。真希が出来上がった鍋焼きうどんを品川の前に置く。お盆の上には、ふわふわな湯気をたてている鍋焼きうどんがあった。お肉や野菜もたっぷりのうどんだ。どちらかといえば、シンプルで無機質なリビングだったが、このうどんだけは温かみがあるような。
「拗ねてねぇよ!」
珍しく本当のヤンキーのように睨んでいた品川だが、どこか寂しげにも見えてしまう。
「いいや、拗ねてるぜ? 学校行かずに義務を放棄して、夢追いかけるとかおかしくね? 単に親への反抗だろ。いや、現実逃避か?」
「タケルはマザコンだから、親へ反抗してるのが気に食わなんだよね」
「栗田は茶化すなよー」
珍しくタケルは怒っているようだ。というか、品川を心配して叱ってる? 真希は相変わらず天真爛漫だったが。
「俺だってずっとカフェでバイトしたいよ。でも学校行かずに好きな事やるのって逃げみたいじゃん。夢に逃げんな。夢叶えても嫌な事もあるぞ」
タケルの言葉に品川も完全に無言。すっかり諭されてしまったようだ。他の面々も言葉が出ず、品川は大人しくうどんを啜っていた。
元気がない品川だったが、うどんを啜りながら、目元が少し明るくなってきた。茜はこっそりと胸を撫で下ろす。ハンデとか発達障害とかはよく分からないが、とりあえずこれで品川の元気が戻りそう。
タケルの言葉も品川に刺さったのだろうか。体調が良くなったら学校に戻り、ちゃんと期末試験も受けるという。
「品川くん、更生した?」
真希はからかい、コンビニで買ったプリンやパフェも品川に差し出す。
「更生って言うほどグレてはいないから!」
必死に否定する品川も、子供みたい。あれほど大人に見えた品川も、自分とさほど変わりないと気づき、ホッとしてしまった。
「まあ、いつも通りに学校戻るんだぞ」
念を押すタケル。タケルは嫌がらせの手紙を送っている時と違い、成長しているようだった。
品川に向けられたタケルに言葉も、今は茜の心にもチクチクと刺さっていた。
確かに自分も拗ねている可能性がある。また反抗期をしているのは子供っぽい。それに品川も自分の言葉で言えと話していた事も思い出す。こんな反抗期は、やっぱり間違っていたのかもしれない。
この後、品川のマンションを後にしたが、茜もちゃんと家に帰った。相変わらず自給自足や許嫁を押し付けられたが、怒って拗ねるという選択肢は選ばない。
「私、自給自足生活も結婚もしません。いつも通り、このままで生活するから!」
ちゃんと両親にも自分の希望宣言していた。父は意外な事に茜の意見を尊重してきれたが、母は発狂したように怒ってしまった。
「いいえ、茜も結婚して自給自足生活をしてもらいます!」
母は一切聞く耳は持たないという感じだ。この母を説得するのはかなり大変そうだが、と一歩踏み出せた。そう、子供のように拗ねていても仕方ない。ここは徹底的に戦わなければならないようだった。
戦争の幕が上がった。これは最後の戦いになりそうな予感もするが、絶対に負けられない。やっぱり品川の側にいたい。自給自足はともかく、細川の妻にななんて絶対になりたくなかった。




