第32話 困惑とのり弁
あの市民祭りの日以来、品川は学校に来なくなってしまった。ニ週間たち、もうが校内では期末テストの雰囲気になってきた。スーパーもクリスマスケーキやチキンのチラシも目立ち始め、風も冬らしく変化してきた。
風以上の茜の心境も冷えてきた。別に品川を嫌いになったとか失望したわけではないが、トークアプリで連絡しても既読すらつかない。
担任の菅谷によると、進路は料理人に決めたと言い、学校も辞めると主張し、親と揉めているらしい。菅谷からは「品川に何か悪い影響与えたか?」と睨まれているところだった。その通りなので、責任も感じ困惑してしまう。
当然、毎日一緒に食べていた昼ごはんも一人になってしまった。真希やサエ、タケルなどを誘って食べる事も多かったが、品川と一緒に食べた数々の背徳料理を思い出すと、心に空洞ができるようだ。その上、両親の反ワクチン活動もひと段落し、そろそろ帰ってくるという。亜子との生活も慣れてきたところで、また超自然派の料理生活になると思うと、ため息しかでない。
今日も午前中の授業が終わり、教室にチャイムが鳴り響いたが、困惑している思いは消えない。期末テストの勉強もちゃんと勧められるのか、不安にもなる。相変わらず品川の席は誰座っていないが、彼と一緒に食べた数々の料理を思い出し、もう会えないような気もしてきた。
「茜!」
そんな茜にサエが話しかけてきた。いつもは陽キャグループと昼ごはんを食べる事が多いサエだが、あまりも茜が憂鬱な顔をしていたので、心配して声をかけてきたようだった。昼ごはんも一緒に食べる事になった。教室で机をくっつけ、弁当を広げる。多くの生徒は学生食堂に行ってしまうので、教室で弁当を食べるのは少数派だ。教室内は茜とサエ、あとは優等生風も男子グループと数人の女子しかいないので、静かだが。
茜は亜子が作ってくれたのり弁だった。白いご飯の上に海苔。その上に白身フライやちくわ天が載せられている。亜子は茜の波動を読み取り、一般的な弁当を作ってくれていたが、それはそれで不気味だ。ちょうど茜が食べたいと思うような弁当を毎回出してきて、さすが波動研究家という事なのだろうか。見た目は美味しそうなのり弁だったが、困惑は色んな意味で深まってしまう。
一方、サエは玄米おにぎりや大豆ミートにハムカツの弁当だった。見た目だけなら自然派弁当のようだった。
「サエちゃんのお弁当、自然派ママっぽい」
「これは美容目的で作ってる弁当だし。なんでもかんでも自然派とか、コロナ脳とかレッテル貼るなって」
「そうかな?」
「人それぞれ色々あるでしょうよ。茜みたいな自然派二世だって、実はジャンキーな料理が好きだったりさ」
「そ、そうかも」
のり弁のご飯を咀嚼しながら頷く。
「視野を広く持った方がいいんじゃない?」
「確かに……」
サエの言う通りだ。今も品川が学校に来ず、料理人になりたいと暴走している件も悩んでしまっていたが、もう少し視野を広げてみてもいいかもしれない。本当に品川が料理人になれば、悪い夢でもないはずだ。なぜ授業も放置して暴走しているか。それだけはどうしても気になってしまうが。
美味しい白身魚のフライも食べるが、品川の事が思考に絡みつき、いつもように感動などできない。この弁当も無邪気に楽しみたかったが、そういうわけにはいかないようだ。
「あーあ。でも品川くんがあんな暴走するタイプだって知らなかったよ」
「それは私も意外だけどなー」
サエは玄米を咀嚼しながら頷く。こうして共感して話を聞いてくれる友達がいるのは心強いが。
「もしかしたら、品川って発達障害じゃないかな?」
「えー、そう?」
「うん。うちの親戚にもいるけど。まあ、人によって色々と症状の出方や治療方法も変わるみたいだけど、これだけ教室に馴染めていないと、本人も生きづらいんじゃないの?」
品川が発達障害というのは、想像もしていなかった事だった。ただ、何かハンデがあるとしたら、辻褄が合ってしまう部分もある。
「でも、そんな障害でレッテルつける事もないよ。うちらは医者じゃないし、病名を勝手に診断できないよ」
「そうだね、サエちゃん」
「さっきも言ったけど、そんなレッテル貼っても良い事ないんじゃない?」
サエの言う事はもっともで深く頷く。確か何かハンデなどがあっても品川は品川だ。顔は怖いけれど、本当は優しい人だと知っている。医学的に何かレッテルを貼られたとしても、品川の本質は何も変わらないだろう。
「うん。品川くんは品川くんだよね」
「そうだよ。別に発達とかでもうちらの態度は変わりないって感じだよな」
サエと話しながら心も軽くなってきた。品川の事を考えすぎても仕方がない。今は勉強をしつつ、彼が学校に帰ってくる事を待つしか無いだろう。
今は品川に出来る事は限りなく少ないが、それだけだったら出来る。まずは期末テストに向けて勉強を頑張ろう。
そう決めた茜は、期末テスト対策で英語や数学乃参考書を買うことに決めた。放課後、駅ビルの方へ向かい、三階に入っている書店に向かった。
「どれがいいかな……」
書店の参考書コーナーを見渡す。どれも良さそうで迷ってしまうのだが。
「数学だったら、この出版社のがいいですよ」
誰かに話しかけられた。
若い男だった。どちらかとえばイケメンと言われる部類の男性だった。短めも黒髪はセットされ、清潔感がただよう。爽やかの好青年という雰囲気だ。パーカーやジーンズといったシンプルな服装も小物使いのおかげで、オシャレに見えた。
どこかで会った事があるような?
「もしかして自然派カフェにいましたか?」
以前品川と自然派カフェへ行った時、話しかけられた男性ではないか。確かあの人も反ワクチン等とか言っていたが、こんな顔だったと思い出す。
「ああ、あのカフェの! カップルで来てた、あの子。思い出しましたよ。この参考書はいいですよ。是非是非」
「ありがとうございます」
「そうだ、一応名刺渡しとうかな」
「え?」
なぜか男から名刺をもらう。反ワクチン活動家をしているという実に不穏な名刺だったのだが。名前が細川秀。連絡先も名刺に書いてあった。
「何か困ったら連絡してね?」
「は、はあ……」
細川はアイドルのようにキラキラした笑顔を振りまいてきた。そういえば以前会った時も空気が読めない感じの男性だった。外見はイケメンだが、反ワクチン活動家らしいし、中身は母に近そう。そう思うと警戒しつつも妙に親近感も持ってしまう。長年母の洗脳はそう簡単には消せないのかもしれない。
「じゃあね?」
名刺を渡して満足したのか、細川は颯爽と消えていく。
残された茜はとりあえず細川おすすめの参考書を買ってみた。分かりやすい参考書で勉強は進んでしまう。細川についての警戒心は、和らいでしまっていた。




