第31話 新たな夢と止められない想い
公民館は、市役所と図書館のちょうど中間知的にある。この辺りは市の中でも公共施設が集まっているようだ。ちなみに図書館の近くには母のカフェもあるが、今日も亜子やタケルで運営されているらしい。
公民館にある大ホールは、観客も五百人ほど収容でき、舞台や映画鑑賞などのイベントも定期的にやっているらしい。大ホールへ入ると、今後の予定のチラシやポスターも壁に貼ってあり、賑やかだ。
「こんな大ホールって、市民でもなかなか来ないね」
「確かにな。俺もこんな所に来たのは始めただ」
綺麗な大ホールのロビーに二人で向かった。ロビーでは、すでに砂浜美羽のファンらしき客で溢れていた。アラサーやアラフォーの女性が多いと思ったが、男性もちらほらいる。女性はオシャレなキャリアウーマン風の女性もいて、母や亜子のような自然派は全くいない。やはり、今日は自然派ファッションではなく、サエにプロデュースして貰ってよかったと安堵してしまう。
ホールはすでに会場が始まり、前方の良い席は美羽のファンで埋まってしまっていた。ホールの前の扉は警備員がいて、目を光らせいた。市民祭りのイベントの一環にしては、雰囲気がピリピリしている。
「美羽先生はアンチ多いもんね」
「全くアンチ添加物の自然派や陰謀論者って面倒よな。人に価値観押し付けたり炎上させるのは、ちょっとね」
茜達の目の前を女性二人組がそう話していた。茜は心あたりがありすぎて、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。
「あああ、うちの母が本当にごめんなさいって感じ」
「いやいや、そこは娘の黒澤が責任感じる事じゃないよ。黒澤自体は、誰かに何かの食べ物を強要したりしてないじゃん?」
恥ずかしさで居た堪れなくなっていると、品川の優しくて落ち着いた声がした。心臓も悪い音くぉたてていたが、この声を聞いていたら、少し落ち着いてきた。
「親は親。黒澤は黒澤だ」
「そ、そうだね」
「うちの親も医者だけど、別に俺は病院なんかで働きたくねぇし」
はじめて品川の口から親の話を聞いた。
「病院は兄か姉が継ぐだろうしな」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるの?」
これも初めて聞く話だ。品川も茜に心を開いてくれているのだろうか。だとしたら、茜は嬉しくなってきた。さっきまで感じていた母への恥も忘れてきた。家族のことはあまり質問するのもどうかとお思っていたが、こんな風に自分から話してくれるのは嬉しい。
「じゃあ、ホール入るか」
「そうだね」
警備員の鋭い姿勢を感じながら、ホールへ入る。ホールは段差もあり、階段が意外と急だった。前の方の席は警備員がさらに厳しく目を光らせている事もあり、後の端の方席に二人揃って座った。
「そういや、タケルは来てるのか? 見当たらない」
なぜか品川は落ち着きがなく、キョロキョロと辺りを見回していた。もう客席はほぼ人で埋まっていたが、タケルの姿は見えなかった。もっとも息子であるだけのタケルがここに参加する義務もないが。
「今日は母のカフェでバイトだね」
「そうか。タケルはまだバイトやってるのか」
「本当に反ワクチン沼に沈めてしまったのは、悪い事しちゃったかも」
「まあまあ、あいつも好きでやってるならしゃーないだろ」
そんな事を話していると、トークショーがはじまった。座席が暗くなり、舞台がスポットライトに照らされる。
薄暗い場所で品川を見るのは初めてだった。理由も分からずドキドキしてくる。さっきハンバーガーを一緒に食べた事より恥ずかしいなってくるのは、なぜだろう。
そんな茜の戸惑いも無視し、会場では拍手が鳴り響く。そこに司会者と砂浜美羽が登場す、深くお辞儀をしていた。
後方の席の方でよく見えないが、確かに美羽は可愛らしい雰囲気の女性だった。今日は花柄にワンピースを着ていたが、エプロン姿が一番似合いそうだ。
マイクから聞こえる声も可愛らしい。アラフォーという年代なのも驚きだ。タケルがマザコンになってしまうのも無理がないかもしれない。
隣にいる品川は最初は興味がなさそうだったが、話題が料理にうつると身を乗り出して聞いていた。
「私は添加物入りの調味料を使うので、よく叩かれていますが」
その話題は茜にとって耳が痛かったが、美羽はふんわりとした笑顔を見せていた。優しい笑顔だったが、芯は強そうな目だった。こんな人を炎上させている母が改めてあ恥ずかしい。料理への熱い想いも語り、仕事や家事に追われる忙しいアラサーやアラフォー女性の生きにくさも語っていた。
やはり母のようの呑気に手間をかけた料理を作り、娘に押し付けてくる自然派は、世間では少数派だと思わされた。美羽は忙しい女性でも料理初心者や苦手な人でも楽しく料理をして貰いたいという想いを語り、客達を感動させていた。
茜も美羽の熱い想いに触れて、明日から勉強なども頑張ろうと思うほどだった。
ふと、隣にいる品川を見る。目がうるうると赤くなっていた。泣く寸前のような表情で、美羽の話にかなり感動しているようだ。
「私は料理で人を笑顔にしたいです。『ご馳走さま』って笑顔で言ってくれるのが、生きる目的みたいなものです。生きがいですね」
こんな美羽の言葉でトークショーは幕を閉じた。茜は母について恥ずかしい思いもあったが、こうして美羽の熱い言葉も聞く事ができ胸がいっぱいになってきた。料理で人の笑顔をつくる事ができる美羽には、尊敬しかない。茜も自分の環境に不貞腐れたりもせず、美羽のように前向きに頑張りたいとも思う。今までは全部母のせいにして悲劇のヒロインのような事をしていたが、間違いだったかもしれない。誰かの笑顔を見たいと思えば、自分の不幸に酔っている暇もないだろう。
「いいトークショーだったね」
ホールから出て、市役所の方へ帰る道すがら。しばらくトークショーで胸がいっぱいだったが、なぜか隣にいる品川は無言だった。
「品川くん? どうしたの?」
しかもちょっと震えているようだった。風邪だろうか。もう秋も終わり、冬へ向かっている事を思い出す。今日は風も暖かいが。そろそろ期末テストの事も頭に浮かび、時の流れの早さを実感してしまう。
「震えてる? 寒い? 風邪引いた?」
「……」
品川の目はぽんやりとしていた。まだトークショーの感動から冷めていないのだろうか。
「どうしたの?」
いつもと違う様子の品川に良い予感はしなかった。むしろ嫌な予感。
「お、俺は」
「え、何か言った?」
「俺は料理人になる!」
「は?」
突然叫ぶように宣言していた。市道の交通人もこちらを振り向き、怪訝な表情を見せる。
「俺は料理人になるんだ!」
まるで某アニメの主人公のような口調だった。目はいつになくキラキラと輝き、頬も血気さかん。
どういう事? あのトークショーが良くも悪くも品川に影響を与えている?
「こうしちゃいられない! 夢ができたぞ! まずは料理をやってみないと!」
「え、品川くん、待って!」
茜を置いていき、走ってどこかへ行ってしまった。まるで暴走機関車のように一直線に走っていた。
「え、どういう事?」
一人残された茜は、困惑するしかなかった。もしかしたら品川は、一度火がついたら止められないタイプか?
新たに知った品川の一面。見た目は怖いけど、本当は優しい人だと思っていた。実はこんな一面があったなんて全く知らなかった。
「は? 何これ? どういう事?」
茜はこの事実は受け入れない。混乱するしかない。こんな暴走機関車のような品川を手懐ける事はできる?
かなり難しい気がした。




