第30話 リベンジのハンバーガー
翌日、日曜日。お祭り日和といって良いぐらいの快晴だった。空を薄いベールがかかったような水色。大きな雲も見えず、太陽の光が地上に降り注ぐ。
空はこんなに綺麗だったが、茜の心は緊張し続けていた。
これから品川と一緒に市民祭りを楽しむ予定だった。待ち合わせの場所、市役所の門の近くで立っているだけで心臓が跳ねる。
もうすぐお祭りが始まる時間だ。午前十時から始まる予定だったが、茜は早く来すぎてしまったようだ。
市役所前面にある駐車場にフードトラックや特設ステージが出来ていた。周辺の市道も歩行者天国となり、屋台連ねてあった。
まだお祭りは始まっていないが、すでに親子連れや友達グループで賑わっておた。カップルと思われる男女もいる。
特設ステージの方からは音楽も鳴り響いていたし、笑い声や足音でうるさいほどだ。屋台からは焼きそばのソースの焦げる匂い、焼き鳥の炭火の匂いもする。朝から何も食べていない茜の腹がなりそうだ。
昨日、サエにプロデュースしてもらった服やメイクで着ていた。爪も昨日真希にピンク色に塗ってもらっていた。いつと違うメイクやファッションだ。それだけでも心臓が爆発しそう。
こんな格好をした茜に亜子は「波動が悪い」と斜め上の方向で注意されたが、無視して朝ごはんもスキップして来てしまっった。おそらく亜子経由で両親に連絡が届いていると思われるが、反ワクチン活動に集中してもらいたいものだ。
このお祭りも疫病は落ち着いたので、去年から再開されていた。もっとも歩行者天国の方では反ワキクチン活動家達もチラシを配っているようで、茜も一枚もらった。こも活動家達は「ワクチンは獣の刻印」という事を主張しているらしい。母達の宗派とは少し違うようだ。反ワクチンといっても色々あるらしく、ため息がでそう。
そんな事を考えながら、茜は心臓の音をどうにか沈めた。反ワクチン活動家のチラシを眺めていると、別の方向で恥ずかしくなり、少しは気が紛れてきたが。
「黒澤!」
ちょうど品川もやってきたので、反ワクチン活動家のチラシを慌ててカバンに押し込んだ。こんなものを見ているとは、決して悟られたくはない。
「本当に黒澤か? いつもと雰囲気違くねーか?」
品川は茜のメイクやファションがいつもと違う事をにすぐに気づいた。もっとも髪の毛は自然派シャンプーや寝癖直しの賜物で、いつものように黒髪ボブで天使の輪ができていた。サエのよると髪に関しては自然派でOKという事になった。
「そ、そう? 実はサエちゃんと仲良くなってプロデュースしてもらった感じなんだけど」
「いやいや、全然こっちのがいから!」
品川の顔は真っ赤だ。いつものように髪は鳥のように派手。前と同じような黒地のパーカーにジーンズ、スニーカーといったファッションだった。前と違って今日の品は眉毛はちゃんとあった。剃ってしまうより、こっちの方がいいかもしれない。こうして外で見ると、派手な男子高校生だ。ヤンキーに見えてしまったのも、学校という狭い世界にいたからかもしれない。
「まあ、まずはぶらっと歩行者天国でも見て回ろうぜ」
「うん! 今日は晴れてよかったね!」
「いや、まあな」
品川は頭をかいていたが、こうしてゆっくりと歩行者天国を見てまわる事にした。
お祭りは始まったばかりだが、すでに人混みはできていた。普段の市道は満員電車状態だ。押しつぶされそうだったが、さりげなく品川が前にでてくれた。それに歩調も合わせてくれるので、意外と歩きやすかった。サエの言う通りスニーカーを選んだのも正解だった。
「しかし、赤沢サエとは中良くなれたんか?」
「うん! 実はサエちゃんもいい子だった」
そんな事を話しながら、屋台を見て回る。焼きそばやたこ焼きなどの食べ物系の屋台だけなく、ヨーヨーすくいやカラーボールすくいの屋台もある。特にカラーボールすくいは、小さなプールに色鮮やかなボールがたくさん浮かんでいて、茜も子供のように楽しくなってしまう。二人でカラーボールすくいで遊び、笑顔がたえない。
「品川くん、これすっごい楽しいね」
「そうだな。カラーボールすくいだけでも妙に楽しいよな」
二人とも子供にかえったかのような笑顔を浮かべていた。亜子や両親の事、期末テストの事もあるが、今は日常を忘れて楽しみたくなった。
カラーボールすくいが終わると、特設ステージのご当地アイドルやキャラクターのステージを見たり、再び反ワクチン活動家の演説なども聞いた。
茜も品川も彼らの主張には、さほど驚いていない。周囲の客達はドン引きしていたが、二人に限って母の事で免疫がついてしまっているのだろう。
「あ、あういう人達も人それぞれだよな」
「そ、そうだね……。あその人達は聖書系反ワクチン活動家みたい。獣の刻印とかファマーキアとか聖書に書いてある事を推してるね」
「おお。色々宗派があるんだな。黒澤の母ちゃんは宗派はどこだ?」
「基本的に自然派で、波動とかスピリチュアルっぽい事を言う派閥……」
「そ、そうか。色々あるんだな……」
品川も少しは免疫があったようだが、詳しく反ワクチン活動家の人達の主張を聞いていると、さすがに引いているようだ。彼らの主張をいつまでも耳を傾けても仕方がないだろう。お腹も減ってきたし、お昼ごはんを買うことにした。
「やっぱりハンバーガーだよな!」
「うん!」
二人はハンバーガーのフードトラックの列に並ぶ。人気のお店のようで行列ができていた。地元でとれたレタスを国産小麦で作ったパンズが売りのよう。別に自然派のお店ではないようだが、良い食材を使っているのは嬉しい。薄いグリーンのフードトラックもレトロな雰囲気で可愛い。色々とメニューはあるようだが、目玉になっているベーコンレタスのハンバーガーに二人とも決めた。サイドのフレンチフライはLサイズにし、二人でシェアするのがお得だそう。列の目の前にいるカップルがアドバイスしてくれた。
そのカップルは大学生ぐらいの若い男女だったが、手を繋いだり、熱く見つめあったり、イチャイチャしていた。
思わず茜も品川もカップルから目を逸らしてしまう。特に茜は付き合うとかカップルの具体的に何をするのか不明だったが、こうして目の前に突き出されると恥ずかしい。一瞬でも品川とそんな事をしている自分をイメージしてしまった事に後悔しかない。それでも美味しいそうなハンバーガーやフレンチフライの匂いを吸い込み、どうにか理性を保ち、ベーコンレタスハンバーガーを購入できた。
二人で出来上がったハンバーガーを持ち、休憩コーナーへ向かう。市役所のそばの駐車場でテントが張られ、そこに椅子やテーブルがあり、休憩スペースになっていた。昼過ぎという事で混み合っていたが、どうにか座席を取る事ができてホッと一息だ。
近くに子供連れがいる落ち着かない席だったが、まあ、悪くないだろう。さっそく買ったハンバーガーを広げる。
「おお、これは……」
品川の方がハンバーガーに感動しているようだった。普通のファストフードのものと違い、パンズがふわふわで大きく、肉や野菜も丁寧に作られているという。
茜は正直、ファストフードに行ったことは無いのでその差はわからないが、美味しそうなのは確かだ。
肉やベーコン、レタスが丁寧に重ねられ、肉の良い香り。肉からはジュワッと肉汁も。それを大きくふわふわなパンズが挟んでいた。不味い可能性は一つも考えられない。
前は茜が体調を崩し、ファストフードのハンバーガーを食べ損ねたが、今となってはそれでよかったのかも知れない。今、こうしてオシャレして品川と一緒にハンバーガーを食べられる事の方が嬉しい。この時でしか感じられない何かがありそうだった。
「いただきます。ハンバーガーのリベンジだな!」
品川は無邪気な笑顔を浮かべ、ハンバーガーに齧り付いた。
大きく口をあけて齧るのは、恥ずかしかったが、品川はいつもより美味しそうに目を細めている。茜も見よう見真似でハンバーガーに齧り付いた。
「うん!」
美味しい。パンは想像通りにふわふわだったが、レタスがシャキッとし、ベーコンや肉の味が口の中で溶け合う。パンは味が薄いようだったが、逆に肉やレタスの味を引きたて、ふわりと包み込む。少し濃いめの味のベーコンや肉だったが、パンのお陰で全くしつこくない。
大きく口を開けるのは恥ずかしかったが、この味には逆らえない。茜は頬を赤らめ、目をきらりと輝かせながら、夢中でハンバーガーに齧り付く。
「美味しい!」
語彙力はなくなり、そうとしか言えなかった。ハンバーガーはずっとお預けになっていた事もあり、余計に美味しい。母がきっとハンバーガーも添加物入り、虐待した牛を使っていると忌み嫌うだろうが、この美味しさには逆らえない。フレンチフライもホックリと芋の味が楽しめる。二人とも無言で食べ続け、あっという間に空になってしまった。
「お、美味しかった。これ以上のハンバーガーは思いつかない……」
茜の頬は感動で林檎のように染まっていた。
「そうだな。これは美味かった……」
品川が「美味しい」というのは珍しい。よっぽど気に入ったのだろう。感動でしばらく声も出せないようだった。茜も言葉がない。
「なんかさ、美味しいものっていいよな」
しばらく無言だった後、 品川は呟く。隣のテーブルも子供達もお好み焼きを食べ、満足そうな笑顔を見せている。その笑顔を見ていたら、茜もより幸せな気分になってきた。
「うん。美味しいものっていいよね」
「だよな。美味しいもので誰かの笑顔が見られるっていいよな……」
いつになく品川は真剣な目つきだった。もしかしたら、調理や料理にも興味があるのだろうか。茜はなぜか品川がキッチンに立っている姿が目に浮かんだ。それは全く違和感がない想像だった。美味しいものを作り、茜を限りなく喜ばせているシーンが目に浮かぶ。
「そうだ、品川くん。午後からは公民館の方へ行かない?」
茜は一枚のチラシを取り出す。そこには市民祭りのイベントの一つ賀記載されていた。今日の午後、公民館のホールで料理研究家・砂浜美羽のトークショーとサイン会がある。残念ながらサイン会は事前の予約が完了してしまったが、トークショーは自由に参加できるらしい。
「品川くん、これ興味あるんじゃないかな?」
「そうだな。あのタケルの親っていうのは引っかかるが、面白そうかも」
という事で午後からは、市役所の近くにある公民館の大ホールに行く事のなった。
「何かヒントが得られるかも?」
そのヒントはわからないが、行かないよりは行った方が良い気がした。
「そうだな」
品川の腕を組み、深く頷く。根拠は全くないが良い予感がしていた。




