第29話 女子達のお茶会
案外メイクは難しいものだ。そもそも道具も必要。想像以上に慣れやスキルも必要だった。
土曜日、茜は自室で一人、メイクをやってみた。サエの教えてもらった通りにスキンケアから、下地、ファンデーション、チーク、アイメイク、リップと続け、一時間以上もかかってしまった。貯金も崩してメイク道具一式を購入したが、ドラッグストアにあるプチプラを上手く活用すれば、金額も抑えられた。プチプラコスメに関してはサエはマニアのように詳しかった。
あれ以来、サエにメイクやヘアケアを教えてもらっていた。最初はサエの方がやる気があったが、だんだんとオシャレするのも楽しくなってきた。こうすればあの派手な品川の隣を歩いても違和感がないのかもしれない。最近は積極的にサエにファッションの事を聞いていた。
しかも明日の日曜日は品川と一緒に市民祭りのいく約束もしている。自ずと気合いも入ってしまう。
ちなみに両親は相変わらず反ワクチン活動で忙しく、手伝いにきている亜子と一緒に生活していた。最初はメイクやファッションに興味をもつ茜にコスメの化学物質や着色料の陰謀論をふっかけてきたが、無視していたら、向こうも大人しくなっていた。そもそもスキンケアは相変わらず自然派でまとめていたし、片思い中だと言い張ったら、意外と受け入れられてしまった。もっとも積極的に応援はされていないが。
茜はメイクが終えた自分の顔を写真を撮り、サエに送った。色味などが合っているかどうか確認してもらう。特にチークが難しい。少し粉をつけすぎてしまったか自信がなかったが、サエからはこれで大丈夫だという返信がきた。短期間の付け焼き刃の割にはナチュラルメイクができているという。
メイクは出来ているとしてもファッションがおかしいとダメ出しされた。特にナチュラル系のシャツなども絶妙にダサいという。色々と心当たりがあり反論できない。という事でサエと一緒に服を買いに行くことになってしまった。
ここまでお節介焼いてくれるのは、元々サエもヲタク風のファッションから気の強いギャルに変えたら、周囲の扱いが変わって得をしたからだという。それに品川と茜がくっついてくれたら、余計な嫉妬心も持たずに済むからと応援してくれた。完全な善意とは言い難かったが、こうして味方ができたのは心強い。昨日の敵は、今日の友か。やはり勇気を出してサエとの誤解を解いてよかったと思う。
「だから、そういうナチュラル系とか自然派のお店は行かない!」
駅ビルでサエと落ち合い、まずは服選びも為、店にいこうとした。たくさん女性向けに服屋があったが、やはり見慣れたナチュラル系の雰囲気の店に惹かれてしまうのだが、サエには止められた。
今日のサエもメイクもファッションもバッチリだ。ざっくりとしたニットに短めのスカートにブーツ。髪はくるくると巻き、メイクも決まっているが、サエ的には通常運転らしい。
一歩茜はナチュラル系のシャツにカーディガン、中途半端の丈のスカート。靴も全くヒールのないぺたんこのもの。全部母が選んだものだが、サエの隣に歩いていると、ババ臭いというか老け込んだ気にもなる。
それに土曜日の駅ビルの客達をみる。茜のようなファッションをしている若者は皆無だ。サエのようのオシャレをしているものが大半だった。こうしてみると、茜は自然派二世である現実を目の当たりにしてしまい、恥ずかしい。せめて明日だけでも可愛い服を着たいと思ってしまった。
「サエちゃん、たぶん私はファッションセンスは絶望的だよ。絶望的な自然派二世だよ」
「絶望的な自然派二世ってなんだよ」
「ファッションもメイクも親の言う通りにしてたって気づいちゃった。そう思うと、やっぱ自分って……」
「変なマイナス思考になるんじゃないよ。前向いて新しい服を探そう!」
気の強いサエだったが、茜のようなマイナス思考はないようだった。こうして二人で四苦八苦しつつも新しい服をえらんだ。サエのおすすめの若者向けに店へ行き、ざっくりとしたニットとスカートを選んだ。スカートの丈は少し短い気もしたが、試着したら意外とそうでもない。ニットも茜の髪や目の色とマッチする薄いブラウンのものを選び、意外と派手すぎない。
「ありがとうサエちゃん! 私一人だったらずっと自然派二世のままだったよ!」
服を買い終えたら、感動してしまい、サエに抱きつく。
「ああ、もうウザイよ。次は靴だよ。そのぺたんこ靴はいかにも自然派二世っぽい!」
「うん、これが一番やばい空気が出てると思う!」
「自覚はあったんだな!」
サエは呆れていたが、すぐに一緒に靴屋に向かう。色々と二人で考え、歩きやすく活発に見えるスニーカーを選んだ。これだったら通学にも履けるし、今日買った靴にも合っている。流石にヒールつきの女っぽい靴は似合わないし、明日の市民祭りにも合わないだろうという結論になった。
「あれ、茜じゃん。それにサエ? 何やってんの?」
靴屋からちょうど出た時だった。真希と偶然会った。
「え、メイクでサエと仲良くなったとは聞いてたけど。えー、一緒に服や靴も選んだんだ」
事情を説明すると、真希は驚いていた。
「ちょっと茜、だいぶ大人になってない?」
真希はしみじみと呟いていた。茜にはそんな自覚もなかったが、確かにぼっちだとため息をついていた時と比べてたら、少しは変わってきているように思う。これも品川のおかげなのだろうか。単なる恋だったはずなのに、茜の心を変化させているようだった。
「まあ、三人でどっかお茶しない? 立ち話もなんじゃない?」
真希が天真爛漫に提案した。確かに服や靴選びに疲れ、お腹も減ってきた。
「確かにもう昼過ぎだ」
珍しくサエも子供っぽい表情を浮かべてきた。気が強そうなサエだが、空腹には勝てないという事か。
「真希ちゃん、私もお腹減ったよ」
「よし、カフェでも行こう!」
という事で三人でお茶する事になった。駅ビルの中にあるパンケーキ専門店へ向かう。行列は出来ていたが、十五分ほどで入店できた。
白を基調にした店内のテーブルは、すべて女性客で埋められていた。店員も女性の為、女子校のような雰囲気さえする。窓も大きく、店内には秋の明るい日差しが降り注いでいた。
運の良い事の三人は窓際のテーブルに案内され、景観もいい。窓の外から赤や黄色に染まった木々も見える。店内は女性客の話し声や笑い声で決して落ち着ける場所でもないが、ふわりと甘い香りも漂い、三人はパンケーキやお茶を注文した。
粉砂糖やクリームがたっぷりとトッピングされたパンケーキ。生地は空気のように軽く、茜は目を輝かせて感動しきりだった。母は米粉でパンケーキを作ってくれる事も多いが、こんなにクリーミィで甘いものは初めて食べた。温かい紅茶も美味しく、気分は天国にでもいるみたいだった。
「ああ、美味しい。こんな美味しいものがあったなんて。初めてだよ。こんなの初めて」
「いや、茜? そういう発言は男性の前では誤解されるよ?」
「そうだよ、無自覚にやってるのか?」
感動している茜に真希やサエが突っ込むが、美味しいものは美味しい。品川と一緒に食べたら、もっと美味しい気もしたが、それは明日の楽しみだろう。
サエはカバンについているぬいぐるみを取り出し、パンケーキと一緒に写真を撮っていた。どうやらヲタクである事は本当らしい。しばらくサエのヲタクトークも聞いていたが、話題はなぜか恋愛の方へ転んでいく。
「やっぱ菅谷先生の声はいいわ。イケボすぎる」
サエは片思い菅谷について語っている。その表情はいつもの気の強さが見えない。むしろ恋に恋する少女のようま初々しさに満ちていた。
「声だったら品川くんもかなり良くないですか? 低めで優しげでー」
「は? 菅谷先生の方がいいに決まってるだろ」
「茜もサエもどうでもいい事でマウント取らないの」
そういう真希は、今は恋愛に興味はないらしい。ラブアンドピースらしい。どの異性も博愛の視線で見るという独自な事を語り、サエをドン引きさせていた。
そういえばサエと真希はさほど親しくはなかったようだが、こうして一緒にパンケーキを食べていると、すっかり打ち解けていた。
女子だけでお茶をするのも楽しい。テーブルの上には美味しいパンケーキやお茶。笑顔とおしゃべりも声。
ぼっちだったら考えられない事だった。ため息をつき、全部母のせいにして悲劇のヒロインをやっていたら、見えない景色だったのかも知れない。
一歩勇気を出せてよかった。品川との出会いが、茜を良い方に変えているのも事実だった。もし恋が成就しなくても、それはそれで良いのかもしれない。むしろ、世界を変えてくれた品川に感謝の気持ちも溢れてしまう。
「私、品川くんに出会えてよかった。嬉しいの。本当に」
自分の今の素直な気持ちを打ち開けていた。確かに嫉妬心を持ったり、恋のすべてが幸せだとが言い切れない。それでも品川への感謝と喜びの気持ちが溢れてしまう。好きだって直接告白なんてできないが、この気持ちだけは伝えたくなってしまった。
こんな茜を見ていたサエも真希もすっかり毒気が抜けてしまった。孫を見つめるおばあちゃんのような優しい視線で茜を見ていた。
「茜、明日は頑張れ!」
いつになくサエも優しい声で応援する。
「メイクもファッションも私は頑張った。もうあとは茜が頑張るだけだからな!」
「そうだよ、茜。自信持って。もう暗くて陰キャな自然派二世じゃないよ。お母さんは関係ないよ」
二人からも応援されてしまい、茜の胸もいっぱいになってしまう。
品川への想いは成就しなくてもいい。そもそも付き合うとかよく分からない。それでも自分の気持ちを品川に伝えたくなってしまった。好き。大好き。ありがとう。嬉しい。そんな気持ちが溢れて止まらなかった。




