第27話 豆のスープと波動研究家
今日は品川と一緒に帰る事ができて、たこ焼きも食べられた。ファションヤンキー直伝の自信があるように見せる表情や姿勢も知り、茜は楽しい気分で帰宅した。
あの後、品川は参考書が欲しいと駅の方へ行ってしまった。やはり根は真面目らしい。なぜヤンキーをしているかは、菅谷に聞いた話で察するが、無理に理由を聞き出す必要もないだろう。
そんな楽しい気分で帰宅した。庭は母がやっている家庭菜園もあるが、今は雑草も生えつつあった。自然派ママなのか反ワクチン活動なのかはっきりして貰いたいところだが、家に帰って来ないのは嬉しい。超自然派弁当は品川にあげていたが、やっぱりあの癖の強い料理を好きな人にあげるのは、気分の良い事でもない。
「ただいまー」
誰もいないはずだが、一応そう言って靴を脱ぐ。母や父の靴が無い事は分かりきっていたが、玄関に見知らぬ靴がある。編み込み式のブーツのような独特な靴だった。古代ローマ人などが履いてそう。
嫌な予感しかしない。自然派の匂いがプンプンするが、母のいつも履いているものは違う模様。この家に謎の人物がいる?
さっと緊張感が走る。思わずスマートフォンを握りしめた。何か変な人がいたら品川に連絡しよう。なぜか警察や近所の人に助けを求める選択肢は頭に浮かばなかった。
「茜ちゃん! おかえり!」
しかし茜のそんな不安は無駄に終わった。遠い親戚の黒澤亜子が来ているだけだった。といっても亜子も自然派だ。独身なので自然派ママではないが、波動研究家という怪しい仕事をしているらしい。年齢はまだ三十歳ぐらいだが、どっぷりと自然派沼に浸かっているような人。
メイクもせず、髪も真っ黒だ。服装も真っ白なワンピース。「カルト信者みたいに見える」という言葉は、絶対に本人には言えない。
亜子は母から頼まれてこの家にしばらく滞在するという。食事や家事などなんでも頼ってねと言うが。
「あ、ありがとう」
茜の顔は引き攣り、お礼の言葉もガタガタと震える。母の料理でもしんどいのに、亜子が作ったものは一体どんなものか。不安しかないのだが……。
亜子はずっとキッチンに引きこもり、今日の夕飯や明日の弁当を作っていた。手伝うと申し出ても無視される。鍋をかき混ぜている亜子の姿は魔女のよう。料理に毒でも入っていない事を祈りながら、自室で勉強していた。
「茜ちゃーん! 夕ご飯できたわよ!」
その声は地獄へのサインかと思われたが、リビングの食卓へ行くしかない。テーブルの上には鍋が一つ。そこには薄い色の豆のスープがあった。キャベツや蕪などは入っているようだが、色が見えない。匂いもコンソメ風のようだが、先程食べたたこ焼きと比べると見劣りする。あとは米粉もパンや水が並ぶが、母の料理よりも過激派に見えてきた。
ちなみにこの水は重曹を混ぜたものらしい。重曹水はガンに効くらしいが、おそろしくてこんな水などは飲めたものではない。さすがにこれはやんわりと辞退した。
豆のスープは意外と野菜の味は染みていた。確かに無農薬野菜は不味くは無いのだが、とびきり美味しいとも言えない。胃腸や肌には優しいと自分に言い聞かせて、どうにかスープを飲み込む。
「茜ちゃん。あなた好きな人がいるでしょう?」
「ええ?」
スープを吹き出しそうになるが、無理矢理飲み込む。むせそう。一方亜子は平然とした表情で米粉パンをたべていた。
窓の外からが秋の虫の鳴き声も響く。日本人は虫の音を聞き分けられるらしいが、今はそんな事はどうでもいいだろう。
「私は波動研究家よ。茜ちゃんからはピンク色の波動がでてる。恋してるよね?」
品川への気持ちが亜子にばれているとか、笑えない。茜の表情はさらに引き攣る。
「じゃじゃーん。これは私は研究して作った波動測定器なの。茜ちゃんの恋の波動を測定してみましょう」
しかも亜子は変なヘッドギアを持ってきた。逃げたい。この濃厚な自然派の空気が耐えられなかったが、恋の波動などと言われると気になってしまう。亜子の押しに負けた。恋の波動とやらを見てもらう。
「え、茜ちゃん。あなた、二人の男性から好かれてる」
「えええ?」
心当たりがなさすぎて変な声しか出ない。
「しかも身近な人物と一回しか面識の無い人ね」
「ええ?」
ますますわからない。もっとも亜子の診断など当たっているのか不明だが。しかしヘッドギアは重かった。数分で終わったが、何か新しい世界に行った気分だ。
「それと、茜ちゃんを恨んでいる人が一人いる。ばっちりと波動が乱れたの」
「えー? 誰かわからない」
何しろ母は強烈なキャラクター。その影響で勝手に恨まれている可能性はある。タケルはまだ自分を恨んでいるのだろうか。
「心当たりは無いんだけど」
「適当に名前言ってみて」
「えー。栗田真希ちゃん」
「この子は大丈夫よ」
「何でわかるの?」
「声の波動でわかるの」
いまいち亜子の主張は信頼できない。ただ、あまりにも自信満々なので、だんだんと嘘でも無いような気がしてくる。事実、真希の名前を出した時は当たっていた。
「菅谷先生?」
「いい先生よ。この人も大丈夫」
なぜわかる?
当たっているので、反論もできない。すっかり豆のスープは冷めてしまったが、だんだんと亜子との会話が楽しくなってきた。反ワクチン沼に沈んでいったタケルもバカにできない。
「砂浜タケル?」
「なんだ、タケルくんじゃない。私もカフェを手伝っているから、タケルくんもよく知ってるわ。あの子も根はいい子」
亜子とタケルには面識があった。だったら、タケルが恨んでいる可能性も低そうだ。
「し、品川くん! 品川藍くん!」
思い切って彼の名を出す。
「ああ……」
なぜか亜子は微妙な表情でこれ以上何も言わない。気になるのだが、恨んでいる人ではなさそう。
「うーん……。赤沢サエ?」
「ビンゴ! あなたを恨んでいる」
「確かに敵対心はありそうだけど……」
恨んでいると聞くと、怖いイメージもある。おそらく母がらみの逆恨みと思われるが、やはり彼女と話す必要があるようだ。
「私、サエちゃんと話をしようと思う。明日カフェ行ってもいい? 今は亜子さんとタケルくんが母のカフェを手伝ってるの?」
「ええ。しばらくはね。そうね、カフェで話すといいわ」
サエが来るかは不明だが、母のカフェで話すしか無いようだった。
再び冷めかけたスープを啜る。波動とか信じていないが、サエが自分を嫌っているのは事実だろう。友達にはなれそうに無いが、誤解が解ける事を願うしかなかった。




