第26話 たこ焼きと作戦会議
あれ以来、茜は変わる事を決めた。まだ母に関しては、向こうも忙しくて会えない日々が続いていたが……。
当面の問題はサエだ。相変わらず廊下ですれ違った時や教室で睨まれていたが、茜は逆に笑って挨拶をしていた。
無視される事も多かったが、「カバンについてるアニメキャラって何?」と聞くとペラペラとヲタクトークをしてきた事もあった。好きなアニメや声優を語るサエは、普通の女子高生に見えた。故に茜に敵対心を持ってくる理由は全くわからない。
「そんなアニメ好きなんだ。今度詳しく教えてよ」
誘ってみる事もあったが、サエは「うるさい!」と言い拒否された。向こうは殻に閉じこもった小動物のよう。茜は限界を感じてしまうが、今までのように陰キャみたいに人を嫌っているのも違う気がした。ぼっちだったの自分が間違っていたよう。母にも原因もあったが、ずっと環境のせいにしているのも違う気がした。何より、今までのように陰キャっぽく人を嫌っているのは、品川の隣にいる女の子としては相応しくないだろう。
そんなある日。放課後、品川と一緒に帰ることになった。放課後に会えるのは久々だった。というのも品川は古典や現代文で赤点をとり、教師のワンツーマンで補講を受けていたからだった。こんな赤点科目がある一方、英語や数学は満点だったという。菅谷はそんな品川を褒めているのを見かけたが、本人はあまり納得はしていないようだ。
お昼は会えていたが、放課後に品川に会えるのが嬉しい。最近は茜も弁当を持って来れないので、学生食堂で定食や麺類を食べることが多かったが。
「今日の定食は、不満だったな。腹減ったよ。スーパーよらね?」
「そうだね」
今日の学生食堂は目当ての定食も全部売り切れ。仕方がないので二人ともカレーを頼んだが、なんと具が全く入っていなかった。食材高騰や人手不足の為、一部のメニューの具材が減らされているというお知らせは出ていたが。具なしカレーに消化不良になり、二人とも何か食べたい気分だった。
こうして校門を抜けて、住宅街に入ると、スーパーに向かった。
「しかし、今日のカレーはないわな。具が入っていないとは」
意外な事に品川は根に持っていた。
「仕方ないよ。飲食関係って人手不足なんだって。母が言ってたよ」
両親は腐っても飲食店経営者だ。父は若い頃の店で働きながら、調理師免許を取ったこともある。飲食関連は労働の割に儲けが少なく、昔から若者は来ない業界らしい。それがコロナで余計に大変になったという。
「そうか。飲食店関係は若い人がいないのか」
「あれ、品川くん。なんかそっちの方面に興味あるの?」
そんな風に見えた。確かに品川だったら英語で接客も出来るし、体力もある。優しい性格も客に喜ばれる対応が出来るだろう。飲食店への適性はあるかもしれない。
「そうかな?」
「まあ、興味あったらうちの両親に聞いてみるといいよ。うちの父はサラリーマンやってた時期もあるけど、基本的に飲食店で働いている期間の方が長いから」
「そうか、そういう進路もアリだな」
「私はとりあえず大学に行こうと思うけど」
「大学か……」
その話題になると、品川の表情が暗くなった。これは触れていい話題でもない。そもそも茜も希望している有名私立大学へは偏差値も足りず、悩んでいるところだった。
「あ、スーパーで今日もフードトラック出てるよ。たこ焼きだって!」
話題が暗くなりかけた時、スーパーの駐車場の前までつく。今日も駐車場にはフードトラックが出ていた。しかもたこ焼き。たこのイラスト付きの可愛いフードトラックも目にとまる。行列もできていた。
「たこ焼きはいいな」
「そうだね。たこ焼きにしよう!」
すぐに行列に並び、たこ焼きを買った。船型の器には、丸いたこ焼きが六つも盛られていた。ソースの上の鰹節が踊り、湯気とともに香ばしい匂いが漂う。店員のたこ焼きをひっくり返す手捌きも見事だ。これだけでも遊園地にでも来た気分になり茜のテンションも上がり続けていく。
「品川くん。このたこ焼き、宝石箱みたい。美味しいそう」
「たこ焼きが宝石? 変な例えだな」
品川は呆れていたが、スーパーの前のベンチに座った。熱々の湯気を冷ましつつ、たこ焼きを食べ始める。想像以上に生地がトロトロ。出汁も想像以上に効いている。それに表面だけはカリっとし、たこの食感も楽しい。たこ焼きの見た目も眺めるだけで楽しい。丸くて小さな食べ物は、人を楽しませる何かを持っているみたいだ。
そういえばたこ焼きやお好み焼きなどの食べ物については、母もあまり文句を言っていなかった記憶がある。もっともお祭りの屋台の食べ物は何が入っているか分からないから嫌ってはいて、お祭りで食べるたこ焼きやお好み焼きも食べた事がないが。そもそもお祭りも自然派関連のイベントに行くことが多かった。
「そんなたこ焼き美味しいか?」
「美味しいよ。もしかして呆れてる?」
「いや、呆れてないけどさ。よく食うな」
「え?」
「まあ、食えよ。黒澤は食ってる時が一番いい顔してる」
褒められているのかわからず、恥ずかしい。確かに最近は食い意地が張りすぎていたかもしれない。
「ところで赤沢サエの件はどうなったか?」
「それが」
美味しくて口の中が幸福感でいっぱいだったが、サエの話題で笑顔は消える。現状はあまり変わっていない。何の進展もなかったが、今の状況を説明した。
「そうか。でも、そんな話しかけられたんなら、進歩じゃないか?」
「そうかな?」
「そうだ」
あまりにも自信満々に言うので、茜もつい頷いてしまった。
「まあ、赤沢サエと話すんなら、ホームで行った方がいい」
「ホーム?」
「自然派カフェとか」
「なるほど!」
サエを自然派カフェに誘い、話を聞いてみるのもアリだろう。他には品川には強気な話し方や自信があるように見える表情の作り方など、いろいろと教えてくれた。まるで二人で作戦会議をしているようだ。これだったら、サエにも負けないかもしれない。
「でも世の中には決して分かり合えない人物もいるからな。あんまり気負わずに」
品川がそう言った時は、たこ焼きの器の中身も空になっていた。まさにあっという間に食べ尽くしてしまった。器の上に残るソースが、少し寂しく見えた。
「そうかな」
「そうだよ。まあ、何かあればすぐに俺んとこに連絡するんだ」
意外と品川は過保護らしい。同じ歳なのに、やっぱり大人に見える。
「まあ、中間も終わったし、来週の日曜日。市民祭りに行かね? 前食べ損ねたハンバーガーだってリベンジしてないし?」
「本当? いいの?」
「ハンバーガーのリベンジはしないとな」
「やった、嬉しい!」
思わず茜の目もキラキラと光ってしまう。前、品川と一緒に出かけた時は、結局自然派カフェに行く事になってしまった。本当はハンバーガーを食べるつもりだった。そのリベンジがようやく果たせると思うと、心は弾む。
「あの市民祭りでもハンバーガーのフードトラックが出るんだってさ」
「楽しみだね。そういえば砂浜美羽さんのサイン会とかイベントがあるってチラシも見た」
「それも見てみるか。息子のタケルには、俺らもちょっと責任もあるしな」
「た、確かに……」
タケルは今も反ワクチン沼に沈んでしまい、母のカフェでバイトをしているぐらいだった。あのタケルの事を思い出すと、やっぱりホームでサエと戦うのが良いだろう。
「まあ、タケルくんについては忘れよう……」
「そうだな、アレはしょうがないな……」
茜も品川も苦笑しか出来ない。タケルはあのままの方が良いかもしれない。




