第23話 勘違いとチキンカツ丼
スーパーは一種のアミューズメント施設のようだ。ソーセージの試食も茜にとっては、遊園地にいるような気分にさせた。今まで母に連れられて行った自然派系のスーパーでは、こんなに楽しくなった事はなかった。
こうしてソーセージの試食を終えた茜達は、多くの客に揉まれながら、調味料のコーナーを見て回る。
唐揚げやハンバーグなども簡単に作ることができる調味料も売られていて、茜は目から鱗が落ちそうだった。
「よ、世の中のお母さんはこんな手抜き、いえ、楽してたの?」
「そうだな。黒澤のところの母ちゃんは手間かけすぎてたんじゃねえか?」
「そ、そうかも」
調味料を見ながら、やはり母は浮世離れしているというか世間知らずである事を自覚してしまった。
他にも砂浜美羽が広告塔になっている焼肉のタレも大々的に並んでいた。茜の目の前でも何本か売れていく。売れている様子だ。やはり世間では美羽が圧倒的に支持されているようだ。母が美羽に噛みついているのも恥ずかしくなってきた。
「まあさ、黒澤と母ちゃんは別人格だ。母ちゃんの言う事もあんまり鵜呑みにせずに、適当に相槌打っとけばいいんじゃね?」
「そ、そうかも」
隣にいる品川はまた大人びた事を言っていた。確かにその通りかもしれない。昔は母の言うことを神様の言葉のように信じていたが、視点を広くすれば、一個人の意見でしかない。そしてどちらの意見が正しい、間違っている、敵や味方という事でもない。実際茜だってそうだ。自然二世の茜だが、砂浜美羽のレシピ動画は嫌いでもない。グレーで割り切れない領域というのもあるかもしれない。ステレオタイプ的にレッテル貼れるものでも無い。そう思うとだいぶ気持ちも楽になる。
「しかし腹減ったよ。惣菜コーナー行こう」
「うん!」
次は二人でスーパーの出口周辺にある惣菜コーナーへ。
からあげ、コロッケ、オニオンフライ、天ぷらなどの惣菜がずらりと並んでいた。他にも卵焼きや枝豆、ポテトサラダのパックなどもある。揚げ物の惣菜はセルフ形式で客が袋に詰めていく形らしいが、揚げたての油の良い香りがする。
「あー、いい香り。美味しそう!」
揚げ物の衣の色、枝豆の緑、卵焼きの黄色。目にも鮮やかだ。母の料理は茶色やグレーのような地味な色合いだ。モノクロの世界から、カラー映画の世界に来たみたいだ。茜はそれだけでも感動してしまう。
「食べ物って色があったんだね」
「そんな事に感動しているのか……」
さっきまで穏やかだった品川だが、じんと感動している茜に言葉も出ないようだった。
「まあ、確か惣菜の色は派手だよな。こっちは弁当コーナーだぜ、行ってみよう」
「うん!」
品川の後に続き、弁当コーナーにも行く。親子丼、天津丼、ステーキ重、チャーハン、チキンカツ丼、のり弁……。こちらも惣菜に負けず劣らず色鮮やかに見えた。空腹でお腹もなる。全部美味しそうで迷うが、きっとどれも当たりだ。近くにあったチキンカツ丼を選ぶ。
ご飯の上にチキンカツとソース。ほんの少しキャベツの千切りも入っている。免罪符という事か。これで背徳感が免除される事は無いはずだが、キャベツもあるのが嬉しい。それ以上にカツが重要だ。衣によく染み込んだカツを眺めながら、口の中は涎でいっぱいになりそうだ。
「俺もチキンカツにすっか」
「一緒だね」
「レジ行こう」
スーパーのレジはほぼセルフ化されていた。客も多かったがすぐにセルフレジで会計をすませ、イートインスペースに向かった。
イートインスペースはコンビニのそれよりも広々とし、四人がけのテーブルやボックス席もある。観葉植物も置いてあり、コンビニのイートインスペースより景観も悪くない。
客は数人いた。全員老人で静かに寿司やパンを食べているのが見える。
「お、ここは無料でお茶も貰えるのか?」
「品川くん、本当?」
冷水機は水だけでなく、お茶ももらえるようだった。紙コップに冷たいお茶を注ぎながら「ここって天国では?」と呟いてしまった。スーパーのイートインで無料でお茶が飲めるなんて初めて知ったのだが。
そんな茜を見て品川はさらに笑っていた。正直、このスーパーのイートインスペースでは品川は目立つ容姿だ。近くのサービスカウンターの方から店員の視線が刺さる。しかし奥の方の二人がけの席で大人しく食べ始めたら、そんな視線も止まった。
「衣がサクサク……。そしてソースが染み込んでジュワッとしている所も最高なんですけど……」
チキンカツは想像以上に美味しく、茜の目は下がりっぱなしだった。
母が揚げた大豆ミートのカツは不味くはなかった。本当にチキンぽかったが、やはり歯応えや肉汁、衣とのコンビネーションは実物には勝てないものがあった。ご飯との相性も最高で夢中で食べてしまう。無料のお茶も美味しい。パン屋でも無料のコーヒーを貰ったが、やはりここは天国なのかと勘違いしそうになる。
品川はチキンカツ丼もお茶も珍しくないのか、ガツガツとすぐに食べてしまったが、茜にとっては目に映るもの全てが新鮮だ。まるで巣から初めて外の世界に出た雛鳥のような気分だった。まだまだ巣立ちへは遠いが、外の世界も案外怖くないと思えてきた。目の前には大好きな品川がいる。だったら外の世界ももっとキラキラと色がついて見えるのかもしれない。
ただ、一つだけ外の世界も気になる事があった。サエだ。今日は悪口など言われていないが、廊下ですれ違った時にきつく睨まれた。自分に敵対心を持っている事は確実だろうが、睨まれるだけなら何も言えない。いっそタケルのように嫌がらせでもしてくれた方が楽ではないかと思うほど。
「うん? 黒澤、どうした?」
サエの事を思い出し、顔が暗くなっていた茜。どうやら品川を心配させてしまったようだが、このまま隠しておくのも違う気がした。思い切ってサエの事も相談してみた。
「そうか……」
品川は腕組みをし、考え込む。
「そのサエってやつ。俺はよく知らんが」
「そっか」
「タケルの時みたいに母ちゃんのアンチじゃないか?」
「わからない……」
「とりあえず栗田にも相談しとけ。あいつは顔も広いし、何か知ってるんじゃないか?」
「うん」
「すぐやれ。もし酷いようだったら、これはすぐに担任の菅谷に相談した方が良いかもしれない」
茜は品川の言う通りにした。トークアプリを開きサエの事を打ち込み、送信。真希は友達同士でカラオケへ行っているそうだ。返信はすぐには来ないだろう。
「まあ、母ちゃんの件じゃなかたら、嫉妬だろう」
「嫉妬?」
嫉妬と言われても意味がわからない。
「黒澤、可愛いし」
「え?」
ボソボソと言っていたので、茜はよく聞きとれなかったが。可愛いと聞こえたような? 可愛いって何?
「いや、一般的に顔が整ってるって意味だから! そういう意味でよろしく!」
品川は今までで一番顔を真っ赤にしていた。オカメインコというよりは、ちょっと鬼のようにも見える。何かを我慢しているように睨んでいるからだろうか。
「わ、わかった!」
茜もアワアワしながら、顔を赤くしていた。
何この空気? 自分の事を可愛いってどういう事?
勘違いしそうになる。もしかしたら品川も茜と同じ気持ちなのか。そんな甘くて優しい勘違いをしそうではないか。
そう、勘違いだ。別に品川が茜に告白してくれたわけでも無い。
「お、俺は図書館行って勉強したいからな! じゃあ!」
品川は顔を真っ赤にさせたまま、飛ぶように帰ってしまった。
もうテストは終わったのに、今更図書館で勉強?
疑問に思ったが、茜はその答えを聞く事はなかった。




