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第2話 朝のオートミール

 茜の朝は早い。まだ薄暗い時間に起き、身支度を全て終える。


 家の洗面所は、母が作ったお手製の寝癖直しスプレーがある。ほんのりラベンダーの良い香りもするが、これを髪につけると一発で寝癖が直る。直るというよりは、消える感じだ。茜の黒髪ボブもこのスプレーをかけるだけで、魔法のように寝癖消えて、綺麗にまとまり、天使の輪もできていた。


 この寝癖直しスプレーは母が独自にブレンドしたもので、一体何が入っているか不明。おそらく天然塩やハーブ、アロマなどの自然派の材料で作ったものだろう。食べ物などには自然派に不満がある茜だったが、このスプレーだけは否定できなかった。


 洗顔も母が作った塩スクラブでざっと洗い、 タオルで拭き取る。このタオルも自然派のものらしい。確かに手触りもよく、フカフカだ。最後に母が作った化粧水をつけ、歯を磨き、制服に着替えたら身だしなみは完成だ。


 外見は悪くない茜は、この自然派コスメによって肌、髪、歯も綺麗な状態をキープしていた。その点については、母を責められず、むしろ感謝しているぐらいだったが、余計に弁当を食べるのが憂鬱になってきた。


「ま、身支度も終えたし、勉強しよう」


 その後は勉強だ。茜は成績の良い優等生でもある。成績も上位にキープし続けたい。実は勉強もさほど嫌いでもなかった。自然派の母は、学校教育や医学も全否定していたものだが、学歴は役に立つと言う。むしろ学校の勉強は強制されている事のが多かった。


 ちょうど勉強が終えた頃、一階から母の声がした。朝食ができたようだ。


 茜の家は、一見は普通の二階建て。しかし、庭は自然派栽培の野菜やハーブがある。自然災害の時のためのシェルターや井戸もあり、ご近所からも有名な自然派ママ。正直恥ずかしいが本人を目の前にすると、否定などはできない。


 今日は食卓に父はいなかった。なんでもカフェで売る無農薬野菜の仕入れがあるようで、朝から農家に行っているようだ。


 こうして母と二人きりになった。食卓の上は、オートミールのお粥にサラダ。朝食はだいたいこんなものだ。母は朝ご飯は基本的に何も食べない。今日もカップに入れた白湯をすすってる。


 食卓があるリビングは、テレビが無いのでしんと静か。テレビは母によると「洗脳装置」らしいので、もう十年以上見た事がない。窓からは庭のハーブや野菜も見える。あとは、葉っぱが色づいている梅の木も。今の季節は秋で空も高い。


「ねえ、茜。オートミールのお粥は美味しい?」


 母は白湯を啜りながら聞いてきた。自然派らしくノーメイク。髪もハーブで染め、麻のワンピースを着ていた。自然派の賜物かは不明だが、母の肌や髪も綺麗。髪はツヤツヤ。枝毛も一本もない。肌も二十代から三十代後半ぐらいに見える。外見だけなら実年齢より二十歳ぐらい若い。バッチリとメイクしたら、自然派というよりは美魔女系のルックスに見えるだろう。


「え、いや。普通」


 茜はオートミールのお粥を食べながら呟く。正直味も薄く、かみごたえもない。サラダも無農薬らしいが、スーパーで売っているものとどこに違いがあるのかわからない。


「そう。それとワクチンは打ったらダメよ。添加物の入ったパンも学校で買ったらダメだからね」


 母はそう言うと、ランチバッグに入ったお弁当を渡してきた。どっりしりと重く感じる。茜はすぐにそれをカバンの中に入れた。


 なぜかここでワクチン? なぜ添加物?


 頭には疑問が浮かぶが、深く追求しないでおこう。最近母は余計にそればかりに囚われて、神経質なところがあった。


「それに最近出てきた料理研究家の砂浜美羽って何よって感じ」

「砂浜美羽? 誰?」


 それは茜は聞いた事のない名前だった。


「ネットで人気の料理研究家らしいわ。でもレシピに添加物の『美味しさの素』をいっぱい使ってるのよ。本当に嫌ねえ」

「へ、へえ」

「ネットでも炎上してた。当たり前よ。あんな悪魔みたいな添加物を使ってるんだから」


 母はイライラし、親指の爪を齧る。これは母の癖だった。イライラすると、どうしてもも爪を齧ってしまうらしい。茜はこの癖を見る度に内心ゾクゾクし、良い気分はしなかった。


「へ、へえ。あ、こんな時間だから学校に行くね」

「ええ。行ってらっしゃい。変な友達と付き合ったらダメよ」

「変な友達?」


 友達なんて博愛主義の真希だけだ。心の中で毒づいている事を悟らせないように、茜は笑顔を作っていた。


「ええ。例えばヤンキーみたいな変な子と付き合ったらダメよ。絶対にダメ。茜には悪い虫なんてつけさせないわ。波動が悪くなっちゃう」

「う、うん……」

「無農薬野菜に虫がついているのは、良いんだけど。じゃあ、茜。行ってらっしゃい」


 不味い朝食を終え、茜は学校に向かうが、何か釘を刺されたようで、楽しい気分は全くなかった。


 学校までは徒歩十分。学校は住宅街のそばにあり、アクセスしやすい場所にある。周りはコンビやスーパー、病院もあり、典型的な暮らしやすい地方都市。両親は田舎で自給自足の夢もあるそうだったが、カフェも持ってるし、家のローンも残っているので、引越しが当分無さそうなのは、茜も安心すているところだった。


 校門は登校してきた生徒で混み合っている。ラッシュ時間だ。


 ぼっちの紅音には、当然のように挨拶するものはいない。真希は部活(漫画研究会)に入っている。朝も部活があるようで、真希とも会えなかった。


 そんな寂しさを思い浮かべながら、下駄箱に向かう。


「ああ、また手紙……」


 茜の下駄箱を開けると、また変な手紙が入っていた。チラシの裏に「反ワクチン(笑)」と書いてある。それは両親だけだからと否定したくなるが、現状、茜も彼らの命令通りに医療行為を否定している。嫌がらせの犯人は不明だが、茜もそう見えても仕方ない。手紙を眺めながら涙が出てきそうになるが、仕方がない。いじめとも言えない微妙な嫌がらせなので、先生に言う事もできない。


 下駄箱の前で手紙を握りしめながら、悔しさや理不尽さに耐えていた時、誰かが肩にぶつかった。


「いた」


 思わず声を上げてしまう。


 ぶつかったのは、同じクラスも品川くんだった。確かフルネームは品川藍。ヤンキーとして有名。今日もインコのような派手なヘアスタイル。ブレザーの制服も崩して着こなし、上履きも踵の方が潰れていた。手首のはジャラジャラとしたアクセサリー。耳にはピアノ。そして三白眼の鋭い目に睨まれてしまうと、茜はリスのように怯えてしまい、顔も真っ青になっていた。


「なんだよ、ぶつかったのかよ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、おめーが謝る事はないじゃん」


 品川は体格もよく、茜はすっかり怯えていたが、彼はその事に気づかない。さらに茜をギロリと睨み、舌打ちして裏校舎の方へ行ってしまった。おそらくホームルームや授業をサボりに行くのだろう。


 他の生徒達も、こんなヤンキーの品川を腫れ物のように見ていた。この学校は進学校でもあるので、優等生タイプが多い。ヤンキーみたいなのは、おそらく彼一人だけ。一匹狼みたいだ。


 ヤンキーなんて怖いから。関わりたくないし。


 すっかり怯えてしまった茜は、品川の背中を見つめながら、泣きそうになっていた。しかも同じクラスの陽キャ・赤沢サエにもクスクス笑われてしまい、恥ずかしい。きっとぼっちがヤンキーに絡まれている所を見て笑っていたのだろう。


 恥ずかしい。本当に恥ずかしい。本当にぼっちなんて嫌だ。穴があったら入りたい気分。


 こうして午前中は、下駄箱での出来事を引きずり、授業中も泣きそうになっていた。


 授業中は品川はサボりに行ったのか、教室にはいなかった。それだけが茜にとって唯一の救いのように思えて仕方ない。

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