第18話 大豆の唐揚げと初めての反抗期
母が登場した。この場所の空気は、再び硬くなっていった。特にタケルは顔が真っ青だ。
真希はわざとらしく神妙な表情を浮かべている。この空気には決して邪魔をしないという意思表示だろう。
一方品川は、頬の辺りが引き攣っていた。もう睨んでもいない。なぜかタケルのように怯えているようにも見えた。
母はタケルの側の席に腰を下ろす。口元は笑っていたが、目は限りなく鋭い。自然派ママながら、強い肉食動物のような目。さすが過激派といったところだろうか。こんな母には慣れているつもりだったが、茜は息を飲んでいた。
過去の映像が茜の頭に中で再生される。幼稚園や小学生の頃、友達と遊んでいたら、母に「あんな子と付き合うんじゃありません!」と怒られた日々が再生されて消えない。また同じような目に遭うと思うと、身体が震えてしまう。
そんな茜の気持ちは知ってか知らずか、母は添加物やワクチンの危険性について冷静に話し始めた。
「タケルくんだっけ? あのね、日本で許可が降りている添加物は海外に比べて桁外れに多いの。日本のお菓子が海外では発ガン性があるって注意喚起が出ている事は知ってるかしら? イギリスのショートブレッドとか添加物全く使ってないお菓子が多いのも知ってる? これも全否定します?」
「そ、知らない……」
タケルは下を向きながら呟く。この状況はタケルにとってはかなり不利だろう。敵陣に一人で戦うようなものだ。茜の母は口達者でもある。ここで論破なんてしても逆に取り込まれるだろう。カルト教団に論破しにいったら、逆にとり込まれるケースも多いと聞く。ミイラ取りがミイラになる。茜はそんな言葉を思い出していた。
「百歩譲って保存を効かせる為の添加物は理解できる。でも見た目を良くするだけの着色料とか、自然の味を壊してまで美味しくする為の添加物って何? それって必要? 企業利益の為だけよね。タケルくん、その点はどう思ってる? 同じ添加物でも保存料と着色料の違いはわかるわよね? 何か意見はある?」
「そ、それは」
「私は信念を持って自然派ママをやってるわ。そんなネットで聞き齧った情報でやってるわけじゃないのよ。健康な生活が送れる人を少しでも増やしたい」
母の口の上手さにタケルはタジタジだ。もう何も反論できないようだ。
「茜のお母さん口達者すぎるよ。今はワクチンの被害者の話してるけど、めっちゃ情熱的で涙で誘うよ……」
真希はこっそり茜の耳元で囁く。
「そ、そうなのよ……。この状況ではタケルくんも負けると思う……」
ワクチンで家族を失った主婦の話を聞きながらタケルは涙を流していた。取り込まれている。ミイラ取りがミイラになっている。茜はこの後タケルにフォローする必要性も感じて、めんどくさくなってきた。
「という事でこれが反ワクチン活動家達のチラシね。今度ここでワークショップもあるから、是非タケルくんも参加してね!」
「はい!」
完全にタケルは母に取り込まれていた。犬のように従順。反ワクチンのチラシを貰い、満足そうに帰っていった。
こんな解決方法で良いのかは疑問だが、これでタケルからの嫌がらせの手紙は終わるだろう。茜はその点についてはホッとしていたが、隣にいる品川は渋い顔。微妙な表情を浮かべていて、茜は声をかけるタイミングを失っていた。
「大豆ミートの唐揚げ作ったわよ。試作品なんだけどみんなでいただきましょう。感想を聞かせてね」
残された面々も母にペースに巻き込まれ、このカフェで試食会をする事になってまった。三種類の大豆ミートの唐揚げを出され、茜達も試食していく。
「美味しい! この塩麹味の大豆の唐揚げは柔らかくて美味しいです!」
真希はコミュ力がある。この大豆ミートの唐揚げを褒めたり、ワクチンの危険性に興味があるなどと人懐っこく言い、母とは打ち解けていた。
「俺は帰る」
残念な事に品川はこの状況に居た堪れなくなったのか、試食会はほとんど参加せずに帰ってしまった。
「お母さん。正直全部同じ味に感じるんだけど、どこが違うの?」
茜は一応全部の唐揚げを食べてみたが、美味しくない。品川と一緒に食べたイチゴのクレープが美味しすぎた。あの味と比べてしまうと、改良を重ねたらしい大豆の唐揚げも全く美味しくない。もしかしたら品川もここに残って一緒に食べたら、少しは美味しく感じられたかもしれないが。
「何言ってるのよ。丁寧に作ったオーガニック素材の唐揚げよ。何でそんな事を言うのよ。お母さんは悲しいわ」
そんな茜に母は明らかに不満げだ。子供のように口を尖らせている。
「そもそもあのヤンキー風の男の子は誰? 品川くんだっけ? 茜は何であんなヤンキーくんと友達なの? まさか悪い影響受けているんじゃないでしょうね?」
鋭い。
さすが自然派の直感力だろうか。茜はビクビクして小動物のように震えてしまうが、品川を悪く言われた事に腹もたってきた。子供の頃からそうだ。仲の良い友達の悪口を一方的に言われた。友達との仲も引き裂かれた事もあった。その事を思い出すと、心の中に怒りのようなものが溜まっていく。大豆ミートの唐揚げも全く美味しくないのも辛い。
タケルの嫌がらせの手紙は許せたのに、母のこんな態度は腹がたってきた。思わず大豆ミートの唐揚げを睨みつけてしまう。この大豆ミートの唐揚げには何の罪はないが、見た目は石っぽいし、硬いし、味も薄いし、全く美味しくない。むしろ不味い。とっても不味い。
「お母さん。品川くんの事は悪く言わないで。タケルくんの嫌がらせ行為について相談のってくれて、守ってくれたんだよ。何でそんな悪く言うの?」
言いながら、怒りというより悲しくなってきた。涙が出そう。近くにいた真希は、こんな茜を宥めようとしてきたが、怒りも悲しみも止まらなかった。
「茜、私は心配して言ってるのよ。まさか何か品川くんに添加物入りのパンとか貰ってないでしょうね?」
母の鋭さには舌を巻きそう。真希は笑いを堪えていたが。
「とにかくお母さん。品川くんの事は悪く言わないで。私の大切な友達だよ」
そう友達。今は勝手に片思いしているが、品川が大切な友達である事は変わりない。
「ああ、そう。だったら勝手にしなさい。私は茜の為を思って言ってるのよ。心配しているの」
罪悪感が刺激されていたが、今は母への嫌悪感の方が勝る。気持ち悪いぐらいだった。
「もう帰る!」
子供のように不貞腐れてカフェを出る。真希は何も言ってこなかった。母も追いかけたりもしてこなかったが、こんな子供じみた行動をとってしまったのは、初めてだからったのかも知れない。いつもは雛鳥のように母の言うことに従っていた。こんな反論する事は初めてだった。
「茜の初めての反抗期?」
後でトークアプリに真希からそう連絡がきた。そんな言葉を見ながら、確かに反抗期かもしれないと思う。
どうやら反抗期に入ってしまったらしい。しかも初めての反抗期だった。




