第17話 和解と米粉パン
それにしても品川も真希も走るのが早い。犯人のタケルも逃げ足は最高だ。褒めてはいないが。こうして茜達を睨みつけた上に逃げるているのは、どう考えても犯人だろう。そこはもう疑えない。
「正直にいえ! なんで黒澤見てた? 嫌がらせの手紙もお前が犯人だろ?」
品川の声が響く。
茜は何テンポも遅れたが、どうにか彼らに追いついた。図書館から森の近くの道。気づくと、母のカフェの前の目に前だった。
タケルは道の上にしゃがみ込み、プルプルと震えていた。まるで蛇に睨まれたカエルだ。確かにメンチ切っている品川は怖い。クレープを一緒に食べたりしている時と全く違う表情だ。怖い鷹になっている。とはいえ、犯人を捕まえる為にやっている事。全ては茜の為なので、仕方がない。むしろ想像以上に怒ってくれる品川に嬉しく思うなんて口が裂けても言えない状況だが。
「でも、タケルくんなんで? マザコンなん? 料理研究家のママを守るため?」
一方真希はちょっとこの状況を楽しんでいるようだ。好奇心いっぱいの目でタケルを見ていた。
「うるさい!」
タケルは牙を向くが、陽キャな真希とヤンキーの品川に囲まれると、小さなカエルにしか見えないものだ。少し可哀想になってきた。
「ちょっと、品川くんも真希ちゃんも責めないであげて。何か事情があるんでしょう。こっちこそうちの母があなたのお母さんに炎上仕掛けてごめんなさい」
過激派の母に代わって謝る事は慣れていた。茜は一応タケルにも頭を下げる。
「なんで黒澤が謝るんだよ」
「そうだよ、茜。これはタケルが悪い」
「俺は悪くねぇ! 反ワクと自然派のお前らが悪い! うちの母の事を悪魔崇拝料理研究家とか言いやがって!」
タケルはより激高。茜の謝罪がより火に油を注いでしまったようだが、動機は砂浜美羽だろう。茜の母の自然派や反ワクチンっぷりが許せなかったのだろう。全く関係のない茜に八つ当たりをするのは良くなかったが、こうして品川達に責められているタケルを見ていると、本当に可哀想になってきた。
「あんたたち、何を騒いでいるのよ。あら、茜?」
タイミングは悪かった。カフェの方から母が出てきてしまった。今は仕込み中なのかエプロンをつけ、黒い髪の毛も三角巾でまとめていた。地味に見える母だが、肌も髪もツヤツヤ。姿勢もよく、実年齢よりかなり若く見える。美人でもある。こうして母の姿を初めて見た一同は、言葉を失っていた。特にタケルは口をポカンと開けている。
「茜、この子達友達? なんなの? 柄の悪い子もいるわねえ」
母は品川や真希の方を見る。さすがに品川も睨むのをやめ、真希も笑うのをやめた。
「栗田真希です。茜ちゃんと友達です」
「品川藍です。クラスメイトでです。はじめまして」
「そう。私はこの子の母ね。ふうん。ファッションヤンキーって感じ? まあ、立ち話もなんだし、カフェに入る? 今は準備中でお客様もいないから」
母は笑っていた。ただ口角だけ上げているだけで目はちっとも笑っていない。これは長年の経験から怒っているサインだと気づくが、もう逃げられない。それにタケルから詳しく事情を聞く必要もある。
結局、タケルを含めた一同はカフェに入る事になった。
両親は経営する自然派カフェ・ムーンナチュラルは、森に囲まれていた。立地自体も自然派で庭にはハーブや野菜も植えられていた。
店は古民家を改装している。木造の一階建て。築は三十年ぐらいだろうが、改装して自然派カフェに生まれ変わった。中に入ると木の匂いもする。
テーブル席は二つ、カウンター席は七つ。全体的にチョコレートカラーのインテリアでまとめられ、オレンジ色の照明も居心地が良い。こじんまりとしていたが、リラックスできる空間である事は事実。
といっても店の壁は反ワクチン、反添加物、ベジタリアンやビーガンのチラシが並び、ここは穏健派では無い事を実感させられた。前、品川と行ったカフェとは全く違う。茜以外の面々も明らかに居心地は悪そうにテーブル席につく。タケルに至っては、顔が真っ青だ。
母は水と大皿に乗った米粉パンを出すと、厨房の方へ行ってしまう。今日は夜から深夜にかけて反ワクチン活動家達の予約が入っているので、その準備で忙しいという。父と一緒に仕込みをしに行ってしまった。
母が厨房に行ってしまうと、茜は安堵していたがタケルは相変わらず顔が青い。こんな品川や真希に取り囲まれ、壁には相容れない思想のチラシがある。彼にとっては地獄のような瞬間かもしれない。
「ま、とりあえず。この米粉パン食べよう。たぶん素材はオーガニックの良いものだと思う。お水も天然水のはず」
「茜。でもこの米粉パン、だいぶ歪に丸いね?」
「そうだな……。ふわふわだが形は歪んでるぞ」
「ごめん、品川くん。わざと歪に焼いてるんだって。その方がナチュラルで自然派だから。もちろん添加物は入ってないよ!」
「お、おお……。そうか」
一度ドン引きしながら、歪な米粉パンを齧る。確かに形は悪いが、ふわふわで甘い。味は全く悪くない。
「お、美味しいじゃん」
「だな。味は悪くない」
品川や真希にこの米粉パンが気に入ってくれたようでホッとした。しかし、タケルは相変わらず顰めっ面だ。米粉パンにも全く手もつけない。
「タケルくんもどうぞ。無添加でグルテンフリーだから」
茜は気を使ってタケルに話しかけるが、そっぽを向かれる。子供だ。拗ねた子供のようで、嫌がらせの手紙をやっている事にも納得してしまった。
「でも何で嫌がらせの手紙なんて書いてたんだ? 直接言えばいいだろ」
子供っぽいタケルに品川も呆れ、もう睨みつけたりはしていない。米粉パンのおかげか、この場の空気も多少は柔らかくなってきた。
「そうだよ。マザコンなのは個性だよ。誰も何も言ってないよ」
「栗田、マザコンって言うなよ!」
タケルは再び機嫌を損ねるが、事情を話はじめた。タケルの母・砂浜美羽は料理研究家として成功するまで苦労を重ねてきたらしい。少しでも働く女性や専業主婦に手抜きして家事の時間を楽にしたいという願いもあった。こうして何年も試行錯誤を重ねたレシピ。それなのに、自然派ママ達から猛攻撃を受け炎上。今は塞ぎ込む事もあり、CMやテレビの仕事は断っていると語る。
そんな事情を聞いてしまうと、タケルも責められない。むしろ母の行動の方が悪いんじゃないかとも思い、再び謝ってしまう。
「黒澤が謝る事じゃないだろ。完全な八つ当たりだ。黒澤はむしろ迷惑してる方だ」
「ちょ、品川くん! 睨むと怖いよ!」
また睨みつけている品川を必死に止めるが、嬉しい気持ちは隠す。茜はこんな風に自分の為に怒ってくれる人がいるだけで十分。飛び上がって喜びたいぐらいだったが、タケルも人の子だった。茜が普通に謝ってくるので、罪悪感がたまっていたらしい。女々しいぐらいに泣いてしまった。
「もうしない? だったら私はどうでもいいよ」
茜は泣いているタケルにハンカチを渡す。タケルも頷きながらハンカチを受け取り、一応は和解という空気になった。
「全く茜はお人よしだね」
「そうだ。こんなヤツ、俺は許せない」
真希や品川は怒っていたが、これ以上タケルを責めても仕方ない。罪を憎んで人を憎まずの精神で、水に流してしまった方が良いだろう。
茜がこうして許してしまったので、この空気がさらに柔らかくなっていた。米粉パンのようにふわふわと柔らかな空気。そう、これで良いと納得するしかない。
「あら。私抜きで勝手にハッピーエンドみたいにしないでくれない?」
ちょうどその時、厨房から母がやってきた。
「タケルくんだっけ? 事情は聞いたわ。少しお話ししましょうよ」
母に口元は笑っていたが、目は鋭く光っていた。ハッピーエンドのような雰囲気は母の登場によって消えてしまった。




